0078あふたー「ヒグマのおりょうりにゅうもん」③

助手との会話を終えた私は、指示通りに水をなべに入れ、博士の元へ戻ってきた。

博士は次の指示への準備をしてくれていたようだ。



「戻ってきたですね。次はいよいよ、火を使うのです」



なべを机に置き、博士に指示を仰ぐと、次はとうとう火を使うらしい。

しかし、どうやって火を出すのだろう。

私は火は使えても、火の出し方は知らない。

私が使う火はパーク…主にこうざんでよく見るんだが、私が使う前からすでに出ている。



…よく見ると、博士が手になにか小さいものを持っているな。

あれを使うのか?一応聞いてみるか。



「で、火はどうやって起こすんだ?」


「これを使うのです」



そう言って、博士は持っているものを手に乗せて私に差し出してくる。

ただの小さな箱のようだが、やはりこれをつかうのか。


私は博士からそれを受け取り、まじまじと見てみる。

動かすとカシャッ、カシャッと音はするものの、これがどう火を出してくれるのかわからん。



「どう使うんだ?とても火が出そうにはないが…」


「それは”まっち”というもので、側面を押し出すと中身が出てくるです」



側面…ここか?

小さな箱の横の部分を押してみる。

…何も出ない。

博士と助手が少し呆れたような視線を向けてくる…。

あぁ、こっちか…押す場所を間違えていた。

中には、細く小さい棒のようなものがたくさん入っている。



「その棒の赤い部分を、さっきお前が間違えて押した場所…”がわぐすり”と呼ばれるのですが、そこで思い切り擦るのです」


「思い切り擦る…こうか?」



博士が手の動作を交えつつ教えてくれたので、早速棒を1本取って試してみる。

シュボッと音がしたかと思うと、自分の持っている棒の先が赤く揺らめいている。

小さいが、間違いなく、火だ。



…博士と助手が少し遠くで怯えたような視線を向けている。



「いいい、いきなり着けるやつがありますか!一旦消すのです!」


「びっくりしたのです!もっとゆっくり慎重にやるのです!」


「わ、悪い…」



相当怖いんだな…気をつけないとな。

博士が手を振るような動作をしながら言っていたから、振れば消えるのか?

本当だ、振ったら消えた。



「こほん…。では、火を着けたらどうするのか、ですが」


「まずは、火をここにある木に移すのです。まっちの火を近付けたら、いずれ燃え始めるのです」



2人に言われた通りに体を動かす。

今度は火を付けても、心構えが出来ているのか、2人は遠くに離れたりはしなかった。

怯えていることに変わりはないが…そんな中でも、指示は出してくれる。



「火が強くなってきたら、先ほどの鍋を上に乗せるのです」


「私が用意しておいたこれも一緒に乗せるのです」



助手が持っているのは、”おこめ”という食べ物が入った箱らしい。

徐々に強くなる火を恐れつつも、こっちへ持ってきてくれる。



さて、火の上の机になべと箱を乗せた後は、こうしんりょう?なるものを博士から受け取ってなべの中に入れたりしたが、中々刺激的な匂いがしたな。

嫌いじゃないが…。




次の指示は、”しばらく待つ”らしい。

ようやく休める…と思ったら、どうやら待っている間もやる事があるみたいだ。

待ってないじゃないか…。



「火を更に大きくするのです」


「強火にするのです。料理は火力なのです」


「えぇ?火を強くするってどうやるんだ?」


「ふーふーするのですよ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」



ふーふーってなんだ、息を吹きかけるのか?

大体、これ以上強くしたら2人も余計怖いんじゃないのか?

りょうりというものは、本当によくわからないな…。





それから少しして。

木を増やしたり息を吹きかけたりして、火を強くしたり弱くしたりしている中、博士にそろそろ鍋を上げてもいいと言われたので、言う通りにする。

おこめも上げていいようだ。

使わなくなった火は、水をかけて消しておいた。


次は、しばらく”寝かせる”らしい。

りょうりは寝るのか…?

寝かせると美味くなるらしい。

また謎が増えてしまった。





「そろそろですね」


「ですね」



りょうりを寝かせている間、外に用意されていた椅子に座って本を読んでいた2人が立ち上がる。

あまり時間は経っていないが、ちゃんと眠れたのだろうか…そもそも食べ物が寝るという意味がわからないが。



2人と一緒に、りょうりのもとへ戻る。

表情からはわからないが、2人とも待ちきれないといった様子が、歩く速さから伝わってくる。



「さぁ、早く開けるのです」


「料理のお披露目なのです」


「わかった、わかったから…」



急かされるように、私はなべのフタを開けた。

温かい煙が顔面を襲い、反射的に目を瞑る。

再び目を開けた時、そこにあったのは…茶色いドロドロとしたものだった。

これがりょうり、なのか?

なんだか見るからにヤバそうだが…匂いもなんだか不思議だ。



「こ、これが料理、ですか…。おどろおどろしい見た目なのです…」


「博士、これであっているのですか?」


「本にあった絵と大差はないですね。あっているのでしょう…。では、こちらも開けるのです」



次に私は、おこめの入った箱を開ける。

こちらも温かい煙が立ち昇っている。

中には…白い粒のようなものがたくさん入っていた。



「これがおこめか…白いな」


「ですね…」


「驚きの白さなのです…」



3人で真っ白なおこめをまじまじと見つめていたが、さて、と博士が本題に入るように切り替えた。

2人の手には、いつの間にか皿が握られている。

前にロッジで見た皿とは少し違うな…皿にもたくさん種類があるらしい。

じゃぱりまんを入れる以外に使い道は無いと思っていたが、どうやらりょうりにも使うようだ。



「この中に、りょうりとお米を入れるのです」


「このように、半分半分に分けて入れるのが望ましいのです」



博士が私に皿と、皿に入れるためのどうぐを差し出す。

皿が3つある…どうやら、私も食べることになっているらしい。

助手の方は、本を開いてりょうりの絵を見せてくれた。

なるほど、こんな感じに入れればいいんだな。

…つまり、これで完成か?


私は絵をみながら、りょうりを3つの皿に入れていく。

今日、1番慎重になった瞬間だった。

ここまでの苦労を無駄にしないように…あれ?私ハンターだよな?

何をしているんだ、こんなところで…というのも、今更だが。



一瞬我に返りながらも、りょうりを皿に入れ終わる。

とうとう完成したようだ。


各々外にあった机にりょうりを運び、その目の前に座る。

本当に食えるのか、これ…。

私は勇気を出し、皿を持ってりょうりに口を近づける…。



「待つのです!」



びっくりした。

博士が急に声を張り上げるものだから、りょうりを落としかけた…危ない。

一体どうしたというんだ。まだ何か足りないのか?



「りょうりを食べる時は、これを使うのです」



そう言って、博士は私に銀色のどうぐを渡してくれる。

なるほど、これを使えば顔が必要以上に汚れなくて済むのか…。

本当に、知識の量が凄い。尊敬してしまう。



「では…」


「いただくのです…」


「ああ…」



3人一緒に、どうぐを使って恐る恐る口に運ぶ。

飲み込む。一瞬の沈黙。そして…



「…からい!」


「からいのです!」


「なんだこれ!失敗じゃないのか?」


「そんなはずないのです!」



口の中を襲う、刺激。

みんな一斉に、一緒に用意していた水を飲み干す。

なんなんだ…ここまで来て失敗なのか?

そう思いつつ、私はもう一口食べてみる。

やはり辛い。これは失敗だな…。



「これはダメですね…もぐ」


「ダメなのです…もぐ」


「あれだけ頑張ったのに…もぐ…失敗なのか…」



…何故だろう。

3人とも、食べる手が止まらない。

こんなに辛いのに、痛いくらいの刺激なのに。

美味い…?うん、美味いぞ、これ!



「これは…もぐ……何故か…あむ……やめられないのです…!」


「やみつきなのです…もぐ……これが料理なのですか…もぐ」


「あぁ、確かに美味い…もぐ……いくらでも食べれるぞ…もぐ」



作った甲斐があった。

私たちの皿は、あっという間に空っぽになった。

まだ食べたいな…。



「おかわりをよこすのです」


「まだ残っているのです。早く入れてくるのです」



どうやら、2人もまだまだ満足していないようだ。

私は自分の分は後回しに、博士と助手の皿を持って席を立ち、おかわりを取りに行こうと振り返る。






──私は、作ったものを気に入ってもらえて、油断していたのだろう。

りょうりを食べる私たちの後方に、影が2つ、近付いていたんだ。


そして、おかわりを取りに行こうと席を立ち、振り返った私の視線の先に、それは居た。



「ヒグマさん……?」


「一体どんなオーダーを…」



あぁ、そういえば、私は”えぷろん”を着けたままだったな。

あぁ…見られてしまった……。


その場で固まる私にキンシコウとリカオンが駆け寄って来た気がしたが、あまり覚えていない。

思い出したくもない…。









その後、キンシコウとリカオンも交えて、再びりょうりを食べることになった。

どうやら、ショウジョウトキが助手に連れて行かれる私を見ていたらしく、私を探していた2人はすぐに図書館に向かったらしい。

2人には心配をかけたな…。


りょうりについては、2人とも気に入ってくれたようで良かった。

ついでにこの格好のことは忘れてくれると助かる。



しばらく5人で雑談をしながらりょうりを楽しみ、気が付けば空が茜色に染まっていた。

そろそろ、仕事にも戻らなければな。

私はキンシコウとリカオンに目線を配り、席を立つ。



「博士、助手。私たちはそろそろ行くよ」


「そうですか。…感謝するのです。おかげで念願だった料理を食べることが出来ました」


「私も、良い経験が出来た。その…2人には色々と世話になってるからな。また…作りに来てやらないことも…ない」



この島の長たちから、今までも色々なことを教わった。

私だけじゃなく、パーク中のフレンズが、そうなんだろう。



「ヒグマ。お前たちハンターは頼りにしていますが、くれぐれも無理は禁物ですよ。美味しいものを食べてこその人生なのです」


「暇があれば、ここに寄っていくといいのです。我々はおかわりを待っているのですよ」



…そんな長たちの、滅多に見られない笑顔が見れるのだったら、こうしてまたりょうりを囲むのも悪くないな。



私たちは2人の長に背を向け、こうざんへと足を進めた。














──しまった、えぷろんを外すのを忘れていた…。

どうやって取るんだ、これは…。

キンシコウが笑っている。リカオンも笑いを堪えている。

やめてくれ、これ以上見ないでくれ…。

私は急いで図書館へ引き返す。



……早くもおかわりの約束を果たせそうだな。

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