7-90 甦る悪夢
「ついに『火山に行け』で終わるようになるとは…コカムイも長遣いが荒くなったものです」
「今回はそれほどの事態なのでしょう、急ぎますよ、博士」
「分かっているのです」
しんりんちほー上空、横並びに飛ぶ私たちの間に言葉が交わされる。博士は文句を口にしているものの、嫌な予兆を感じているのか表情は真剣そのものです。
「ラッキービーストに来た通信は、あの赤いラッキービーストからのものに間違いない…のですよね」
「多分そうですね、それが何か?」
「…妙に思うのです、声が聞こえなかったので」
なるほど、そうでしたか。
何か理由があるのなら、よほど急いでいたのか若しくは声が出せなかったか。
いくら急いでいてもラッキービーストなら持ち運びできるので、声が出せない状況にあった可能性の方が高そうですね。
どんな状況かは想像しにくいですが、大方例のキツネたちが何かやらかしたのでしょう。
…あるいは、通信を出したのがコカムイではない誰かだとしたら。
「とにかく急ぎましょう、博士」
「…それしかありませんね」
罠の可能性も無きにしも非ず。ですが、羽ばたきを止めることは許されないのです。
進むのをやめれば、落ちてしまいますからね。
「…見えてきましたね」
「ええ、しかし…コカムイたちの姿は見当たらないのです」
火山の近くまで飛んできた私たち。足元にはやや開けた林が広がっています。博士の言葉通り、地上には一人のフレンズも見当たりません。
向こう側にならいるのでしょうか。
「しかしいつも通りの景色ですね、博士」
「そう…ですね、そのはずなのですが…」
博士は大粒の汗を額から流して息も荒くなっています。
心臓を鷲掴みにするような不安感。私も、少し背筋が寒くなってきました。
「急ぎましょう、よく分かりませんが、急がなければ…!」
「気持ちは分かりますが博士、落ち着きましょう」
慌てる博士をなだめながら火山上空を飛んでいく。丁度裏側に差し掛かった頃、我々はようやくフレンズの姿を見つけました。
「イヅナ…! そ、それと…」
そして、彼女の周りを埋め尽くすように蔓延るセルリアンの姿も。
「セルリアンが、あんなに…!?」
青、赤、紫、緑。
地上はセルリアンの色に汚染され、火山の岩肌が露わになっているところは非常に少ない。
奴らの狙いはイヅナただ一人。飛べることによる高い敏捷性と狐火、そして彼女が使う妙な技のお陰で孤軍奮闘の状態を保てている。
しかし、倒せど倒せど減る気配を見せないセルリアンに流石のイヅナも顔に疲労の色を滲ませている様子。
「アイツはなぜこんな時ばかり頑張るのですか! 助けの一つぐらい呼んだって…」
「博士、まずはアレを何とかしましょう」
「…その通り、ですね」
我々は急降下し、セルリアンの輪の中に飛び込みました。
「っ、博士、助手!?」
「イヅナ、色々言うことはありますが…今はこいつらを倒しましょう!」
「う…うん」
イヅナは我々の登場に驚いていますね。どうやら我々を呼んだのはイヅナではないようです。やはりコカムイでしょうか。
「このセルリアンの多さ、やはり普通じゃないのです。ところで、コカムイはどうしたのですか?」
「ノリくん? …研究所で寝てるよ」
「そ、そうなのですか…うわっ!」
「博士、気を付けてください」
「…面目ないのです」
しかし妙ですね、コカムイが通信をしてきたものと思っていましたが、寝ているのなら他に誰がしたのでしょう。
そういえば、コカムイの中に別の誰かがいるとかいないとか博士が聞いたようですが、それが関係しているのでは…?
「…後にしましょう」
後からいくらでも確認できるのです、博士も少し危うい様子ですから戦いに集中しましょう。
「博士は、この状況をどう見ますか」
「相手は数だけ、空には手出しできないのです…つまり、我々の体力がどれだけ持つかがカギですね」
「持久戦というわけですね」
「…イヅナは大丈夫でしょうか」
「はぁ、はぁ……」
息は相当荒いですね。動きも緩慢になりつつあるようです。攻撃も相当力任せ、余計に体力を消費していることでしょう。
…結論として、これ以上イヅナを戦わせるのは良くないと言えます。
「おそらくセルリアンは増えません、一度退いてイヅナを休ませてはどうでしょうか」
「…ええ、見ていられないのです」
二人でそれぞれを腕を掴み、イヅナを空へと連れ出しました。
「ちょっと、何するの!?」
「そんな状態で戦い続ける気ですか? 一度休息をとるのです」
「でも…! …うぅ」
「あの辺りが良さそうですね…助手」
「はい、博士」
イヅナを下ろした場所は周りよりも平らな地形でした。さらに戦っていた場所より高いので、ここからでもセルリアンの様子を確認できます。
「食べ物はありませんが、息を整えるくらいはできるでしょう」
「…そうね」
「それで、お前一人で戦っていた理由は何ですか?」
「…研究所にいたらサイレンが鳴って、火山にセルリアンが大量発生したって知ったの」
「それなら、コカムイも来ればいい話なのです。コカムイは研究所にいたのでしょう?」
流石は博士、私の考えていたことをしっかり言ってくれますね。
一旦セルリアンを見下ろすと、宛てもなく彷徨っている姿が確認できました。まだ放置しても問題なさそうですね。
「…カムイ君のことは知ってる?」
「カムイ…ああ、前にコカムイから聞いたのです。随分似ていてややこしかったのでかなり印象に残ったのですよ」
「今、彼が表に出てるの。その時はキツネの姿になれなくて戦えないから、私だけが来たの」
「…なるほど」
話の筋は通っていますし博士も納得しているからいい気もしますが、腑に落ちない部分が残るのでそれだけ聞いてしまいましょう。
「イヅナ、私からも一ついいですか? いえ、大したことではありません、お前がここに来るのが意外だったもので」
「…どういう意味?」
「…お前なら、セルリアンなんて放っておいてコカムイに付きっきりになると思いましたから」
「助手!」
「わ、私にだって…この島を大切に思う気持ちはあるよ」
「ふふ、では…そういうことにしておきましょう」
反論こそしてきたものの、ほんの一瞬イヅナの視線が揺らぎました。
私の見立て通り、やはり腹に一物抱えているようですね。
そして私が話し終わると同時に博士が腕を引っ張り、少し離れたところで話が始まりました。多分説教をするつもりでしょう。
「助手、あれはあんまりな言い草なのです」
「ですが、意味はありました」
「一体どんな意味が有ったと?」
博士が食い気味に尋ねてきます。
「さあ? 一つ言えるとすれば、ただの善意ではありません。そんなもので動くはずはないと、博士も薄々感じているでしょう?」
「そ、それは…」
博士にも、もう少し”裏側”を見ようとする癖が必要だと思います。今のままの純粋な博士も大好きですが、ね。
「この話は終わりにしましょう、セルリアンが先ですよ」
まだ納得いきませんか、博士?
でも大丈夫なのです、博士に足りないものは全て私が補います。全てを任せてくれたって構わない所存です。
「そうですね、戻りましょう」
でも、プライドの高い貴女にそんな不躾なことは言えませんね。
イヅナは座りこんで、そこら辺にある石を適当に放って遊んでいました。
「イヅナ、体力は戻りましたか?」
「…元から大丈夫だもん」
「また意地を張って…まあいいでしょう、行けますね?」
「もちろん…!」
まあ、暇を持て余して遊び始めるくらいなら心配はいらないでしょう。あとはもう少し落ち着いてくれたら完璧なのです。…二人ともね。
「時間こそ掛かれど、負ける道理はないのです」
「じゃあ早く行きましょ? 早く終わらせるために」
「もとよりそのつもりですが…その…狐火は、使わないでほしいのです」
「…ふっ、あはは!」
突拍子もない博士の弱音にイヅナは声を上げて笑い始める。私も少々頬が緩んだのですが、笑いはしません。この手の博士のギャグには慣れているので。
「笑うななのです! じょ、助手も同じ気持ちなのですよ?」
「おや博士、まだ狐火が怖いのですか?」
「助手!?」
「あはははは…!」
「イヅナも笑いすぎなのです!」
博士のギャグのお陰でいい感じに空気がほぐれました。
落ち着いたとは言えませんが、張り詰めていた緊張の糸が緩んだのでいいでしょう。
「では、行きましょう」
…実は私も、まだ火は怖いのです。
「…ていっ! やあっ!」
派手な掛け声と共にセルリアンが次々と散らばっていく。当然ながら、散らばっているのはセルリアンの体だ。
「博士、元気があるのはいいですが、その勢いだと確実に疲れてしまうのです」
「暑苦しいの、キライ…」
私が忠告しても博士は止まらない。
…それなら、博士がガス欠になってしまわないよう私が博士の手助けをするだけです。そういう猪突猛進な所も、嫌いじゃないので。
「では博士、援護します」
「…助かるのです、背中は任せたのですよ」
「…お任せください」
「あーあ、じゃあ私も頑張らなくちゃね」
時間にして1時間でしょうか。
飛び回って攻撃を回避し、石に攻撃を浴びせる。そんな単調な戦いが永遠に続くかのようでした。
しかし確実にセルリアンは数を減らし、地表を埋め尽くすほどにいたはずの奴らは綺麗さっぱり雲散霧消。文字通り影も形も消えてなくなりました。
「ふぅ、流石にこれだけ倒せば、もう終わりですね」
「うぅ、早くノリくんの所に行かないと…!」
戦いが終わるや否や、イヅナは愛しの彼の名を口にして飛び立たんとばかりに足を前に出した。
「何を急いでいるのです?」
「キタちゃんと一緒に置いて行っちゃったの!」
「……あぁ」
流石に、納得なのです。
キタキツネ、どうか妙なことはしないで下さいね? またイヅナに暴れられたら面倒なのです。
もしくは、二人で暴れるのですかね…?
「そういうことなら、後は我々に任せて行くといいのです」
「ありがと、はか……!」
「っ! これは…」
地面が揺れた。
「噴火…?」
揃って火口を見上げたのですが、特段変化は見られません。
この大量発生も噴火の予兆とすれば不思議ではないのですが…
「あ…あれ…見て…」
イヅナの震える声に驚き、彼女の指差す方に目を凝らした。
「…嘘、でしょう?」
研究所の方角、それよりも海沿いにある森。
あそこにも、研究所の施設があったと記憶しています。
そびえたつ木々よりも高く、深い緑よりも色濃く、ソイツはそこにいたのです。
「…黒い、セルリアン」
もう、過去の話だと思っていました。
ですが、忘れるはずもありません。
かばんとサーバルを一度は取り込み、かばんに至っては輝きを失う一歩手前まで追い込まれたのです。
島中の力を合わせて葬った、そのはずでした。
なのに、今、私たちの視界には、その忌まわしき化け物の姿があります。
「研究所…ノリくん!」
「っ、イヅナ!」
博士の制止を聞かずにイヅナは飛び出して、研究所へ見たことのない速さで飛んでいく。
あれはもう、どうしようもないのです。
「まさか、まさか再びコイツが…海のセルリアンもいるというのに…」
「博士! まずはこっちが先です」
「…ええ、これごとき倒せないようでは、海のセルリアンなど相手取れるはずもありません」
アレは相変わらず強大なのでしょう。
しかし、我々には”経験”があります、ヒトの力もあります。
…そして、奇妙なキツネの力も。
もとより、負けるはずはありません。
「博士、指示を」
「討伐隊に伝令を出すのです…『戦いの時が来た』、とね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます