7-89 グルグル巻きの神依君
抵抗する間もなく俺は縄で全身を縛られ、医務室のベッドに転がされることになった。
「おい、何するんだ?」
「…博士は、呼ばせない」
「は…?」
何を言っているんだコイツは。ハカセを呼ばなきゃイヅナ以外にこの緊急事態に対処する奴がいなくなってしまう。
セルリアンハンターもいるにはいるが、果たして火山の異変に気付くかどうか。少なくともそいつ等がいるから安心だ、なんてことを言える状況じゃない。
「イヅナ一人で戦って、何かあったらどうするんだ?」
「関係ないでしょ…カムイ? には」
「覚えてくれて光栄だ…だけど、関係ないとは気に食わないな」
祝明が意識不明の今、俺がアイツが戻るまでの時間を繋がなきゃいけない。同じ体を使っている以上、関係ないなんて有り得ない。
「それに良いのか、俺をこんな状態にしたら祝明の体も大変だぞ?」
「あ…うふふ」
「ど、どうした?」
キタキツネは突然頬を上気させ、うっとりとした表情で何かを口走る。
「グルグル…ノリアキがグルグル…ふふふふ…」
「おい、おーい」
呼びかけてみるもまともな反応は返ってこない。ダメだ、完全に自分の世界に入っている。
「あの時みたいに、あの時よりもっとちゃんと、絶対にモノにしなくちゃ…! 」
「大丈夫なのか…?」
いや、どう見ても普通じゃない。しかしこれはチャンスだ。
キタキツネが俺にあまり注意を向けていない今なら、縄抜け脱出その他諸々、試す機会は残されている。
頼むから気づかないでくれよ…?
「えへへ…イヅナちゃんに邪魔もされない、ギンギツネもいない、今度こそボクが好きにできるんだ…だから」
「うっ!?」
縄抜けしようと身をよじっていた時、キタキツネに背中を踏みつけられた。手首にある縄の結び目をピンポイントで踏まれたせいで身動きがさらに取れない。
「カムイは…ボクの邪魔しないで? あんまり邪魔されると、ノリアキがケガしちゃうから」
「…なるほど、な」
程なくして足は引っ込められ、俺を縛る縄は更にきつく縛られることとなった。
「で、やっぱりハカセは呼ばないのか、せめて火山にでも」
「……」
無視を決め込まれた。
研究所にやって来る可能性が少しでもあるなら、キタキツネは誰とも連絡も取らないつもりらしい。少なくとも、祝明が戻ってくるまでは。
そしてそれ以上に厄介なのは、実力行使の可能性だ。ついさっき、キタキツネにその意志があることがはっきりした。俺の抵抗を止めるためなら、多少祝明がケガをしても構わない、と。
むしろ、俺を牽制するために祝明を話に出したのかもしれない。
「~♪」
…こうなった今、俺に何ができる?
下手な抵抗はかえってキタキツネを刺激することに間違いないだろう。
”俺はどうなってもいい”とかカッコつけたことを言うつもりはないが、起きた時に自分の体が傷だらけだったら嫌だな。
多分、祝明も同じ気持ちだろうし、俺も痛いのは嫌いだし、まず大人しくしておこう。
ところで、ハカセはいつこの事態に気づいてくれるんだ?
ハカセ…博士か…そういえば、遥都は元気にしているかな。俺としては『博士』というと遥都の印象が強い。
頭の良いアイツなら、この状況を打開する策を思いつくのだろうか。アイツは、姿を消した俺を案じてくれているのだろうか。
…考えるまでもないか。アイツが最後に掛けてくれた言葉を忘れたとは言わせない。
”親友”と言ってくれた、”またな”と言ってくれた。けど俺は……
「コカムイ、いるか?」
「ッ!」
「この声、ヒグマかな…?」
ヒグマはセルリアンハンターの一人だ。祝明に用があるみたいだが、何だ?
助けを求めようかと思ったが、さっきまでの考えを思い出して踏みとどまった。
「カムイ、暴れちゃダメだよ? ボクも、ノリアキの体に傷をつけたくないもん」
「…ああ」
俺の体に布団を掛けて隠し、キタキツネはロビーへと足を進めた。
ドア越しに、辛うじてだが二人の会話を聞くことが出来た。
「ヒグマ、どうかした?」
「お…キタキツネか。コカムイに見回りの報告と、何か変わったことが無いか聞きに来たんだ」
「そっか…」
「そういうわけだ。今コカムイはどこだ?」
「ううん…わかんない」
全く、白々しいったらありゃしないな。
だが、ヒグマはキタキツネの言葉を疑ったりしないだろう。それどころかアイツが俺を縛り上げているなんて夢にも思わないはずだ。
セルリアンの襲撃を警戒しても、普通フレンズが同じフレンズを襲うとまでは考えない。
「そうか…じゃあ、会ったら聞くことにするか。邪魔したな」
「うん、またね」
だが残念なことにキタキツネは普通じゃない。
それを知っているのは俺にハカセたちにギンギツネ…ヒグマも知っていれば、状況は好転したのかもしれない。
そして逆に、知らなくてよかったとも言える。
俺が見つかりそうになった時、キタキツネがヒグマの排除に走る可能性も否定できないからだ。
縄に眠り薬にと道具には困っていない。セルリアンハンターと言えど十分やられてしまうだろう。
「ドキドキした~」
ヒグマが研究所を去った後、医務室に戻るなり間延びした声を出した。
呑気に背伸びなんてして、どうやら縛られている俺の気持ちが分からないらしい。
「そんなに睨まないで、違うって分かってるけど、ノリアキの体でそんなことされたら悲しいよ」
「……っ」
「ねぇ、ノリアキはまだ戻ってこないの?」
「さあな…」
今日は散々だ。イヅナもキタキツネも、揃って俺のアイデンティティをぶち壊しにかかってくる。
だけど、ちょっとだけ希望が持てそうだ。
「……」テクテク
キタキツネが医務室に戻るとき、赤いボスが一緒に部屋に入ってきた。キタキツネはまだ気づいていないか、或いは気にも留めていないか。
どちらにせよ、赤いボスが通信をしてくれれば火山に応援を頼むことが出来る。
お願いだ、俺の考えに気づいてくれ…!
「……!」
俺の視線に気づいたような仕草。もう少しだパークガイドロボット、俺の意志を汲み取ってくれ…
「…そうだ」
「…?」
いきなりキタキツネは何かを思い出したように布団を手にした。
そして、その布団で俺を巻き寿司のようにグルグルと巻いていく。
「…っ!?」
「これでもう動けないはず…!」
縄だけで十分動けなかったのに、これ以上の拘束を増やすのか。
キタキツネはそれで満足したのか医務室を出ていったようで、扉の音が僅かに聞こえた。
それにしても、く、苦しい。息ができているのはもはや奇跡だ。布団に阻まれて周りの様子も見えない。もう終わりか。
そう思った時、くぐもった声が外から聞こえてきた。
「…ワカッタヨ、マカセテ、カムイ」
「え…おい…」
赤いボスはそれ以上の呼びかけには答えず、医務室に再び扉の音が響いた。
「ハハ…気が利くロボットだ」
じゃあ、後はアイツに任せていいかな。
肩の重荷が降りたような気がして、苦しい姿勢にも拘らず俺は安らかな眠りに就くことが出来た。
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