7-88 火山からのSOS!
あれから数日、特に何か起きるわけでもなくただ時間だけが過ぎていった。
ハンターの3人は相変わらず見回りを続けているし、僕も研究所でセルリアンの出現情報を時々確認している。しかし目ぼしい情報は一つたりとも手に入れられなかった。
そもそも研究所のデータに海中の状態が含まれているかも怪しいし、幾ら体が大きくても海に潜むセルリアンを見回りだけで発見するのは非常に難しい。
セルリアンとの戦いではなく、その前段階にあった壁に正面からぶつかっているような状態だ。
「気長にやるしかないね」
何はともあれ、平和なのは良いことだ。戦いになれば嫌と言うほど緊張しなければならないのだし、可能なうちに休んでおこう。…せっせと働くボスたちを見ると怠惰にしている自分が申し訳なくなるけど。
「そんなに仕事があるものかな…?」
仕事の内容は分からないが何やら忙しいようで、3体くらいのボスが研究所の中を駆けずり回っている。
少数精鋭と言えば聞こえはいいが、実情は人手…というか労働力不足なようで、色々と雑になっている。時間が経てば経つほど、際限なく研究所の中は荒らされていく。
「手伝った方がいいよね、これ」
「ジャア、ノリアキニハ……ア」
「赤ボス? 何か――っ!?」
前触れもなく後頭部に受けた衝撃と共に、僕の意識はプラグを抜かれたテレビのようにプツンと途切れた。
「――くん、ノリくん!」
「…ん? どう、した?」
「よかった、目が覚めた…」
体を異常に強い力で揺さぶられ、無理やりと言っていいほど乱雑に意識を呼び戻された。
「…っ!? 痛てて…なんだこれ」
後頭部に走る鈍い痛み。コレのせいでまだ意識が朦朧としている。
何があった? 俺にはさっぱり分からない。
「来てみたらノリくんが倒れてて……もう、コレのせいね!」
俺のすぐ横には大きめの段ボールが横向きに転がっている。開いた口からこぼれる無数の資料を見るに、相当な重さだろう。
しかもこの段ボールは底が大きく凹んでいる。俺の意識を奪った凶器はコレに間違いないだろう。
「……ん?」
ここまで考えて、俺は違和感を覚えた。何か引っかかる。イヅナの言葉もおかしい。
俺は……俺は?
「ま、まさか…」
”血の気が引く”と表現するのだろうか。朝起きて遅刻に気づいたときの感覚に近いと言えば共感してくれる人も多いことだろう。
朦朧としていた意識は霧が晴れたように明るくなり、否が応でも頭が冴えてしまう。
脳内会議を無理やり開き、頭の中にいるはずの”アイツ”に声を掛けた。
『…おい、起きてるだろ? …祝明?』
『……』
返事がない。眠っているのだろう。
「ったく…」
砂漠の時と同じだ。祝明が意識不明になり俺の人格が表に引っ張り出されたのだ。
前と違うのは、その原因がマヌケだとしか思えないくらいだな。
砂嵐ならまだしも、段ボールに頭をぶつけて交代とは……気が緩んでるんじゃないか?
ま、こんな状況だし答えは望んでないけどな。
「大丈夫なの? なんか変だけど…」
「あ、ああ…大丈夫だ」
「…本当に?」
そうだ、隣にイヅナがいたんだった。マズいかもしれない。万が一交代がバレたらケガの責任を負わせられかねない。…隠さねば。
「見ての通り、大丈夫だって」
飛び上がって少し派手に動き、元気であると大々的にアピール。
しかし、イヅナの視線は非常に冷たい。
「ハァ…」
呆れるように大きくため息をつき、イヅナは俺の目論見の失敗を告げた。
「…そうじゃなくて、本当にノリくんなの?」
「え? いや、本当も何も――」
「嘘は止めた方がいいよ……えーと、カムイ君?」
「うっ…」
なんて勘の鋭い女だ。こんな短時間で見抜けるものなのか?
「やっぱりそう、言葉遣いが変だったし、テレパシーも通じないし…目は黒いし」
「は? 目がどうして?」
「ノリくんは私と同じように目が赤いの。確か、一度キツネになった時から」
「あー、そういえばそう聞いたような…」
一々そんなことを覚えていられるものか。それはさておき、つまりは初めからバレる運命だったって訳だ。仕方ない、今回もアイツが戻るまで俺がちゃんとやってやるか。
俺が椅子に座ると、イヅナはテーブルを挟んだ向こう側に座って俺を凝視する。まるで妙なことをしないように監視しているみたいだ。
やれやれ、俺は子供じゃないっての。
暇を持て余して何かを探しに立ち上がろうとすると、ちょうど牽制するように質問を投げかけられた。
「ねぇカムイ君、これが初めてじゃないんでしょ?」
「うおっと…まあな」
「いつ?」
「砂漠に行った時だよ、飛んでたら砂嵐に巻き込まれたらしくてな」
「それって大丈夫なの!?」
ガタッと分かりやすい音を立てて瞬時に立ち上がった。しかも身を乗り出して食いかかるような前傾姿勢を取るものだから何ともおっかない。
「落ち着け、大丈夫だったから今ここにいるんだろ」
「そ、そうね…ノリくんは大丈夫、問題ない…」
「ふう…」
大きく息をついた。言葉は何も出てこなかった。
イヅナはアレだ、依存的というか色々と不安定な気質を感じる。パッと見では特に問題なさそうだが、スイッチが入った時のこういう奴は経験上ヤバい。
それに、祝明の話だと”キタキツネ”なるフレンズも同じような状態らしい。”不安定”に”不安定”をぶつけて安定してくれるならまだしも、間違いなく悪化するんだから手が付けられない。
…まあ、最も度し難いのはこの状況を良しとして寧ろ安住を望んでいる祝明なのかもしれないけどな。
ともあれ今はイヅナしかいないのが救いだ、もう1人が来ないうちに早く戻ってきてくれ。
「…っくしゅん!」
「風邪でもひいたのか?」
「うぅ…キタちゃんのせいでね…」
「そりゃ、災難だったな」
実際にどうだったかは知らないが、話は合わせておく。大方都合よく記憶の捏造がされてるんだけどな。
俺にも経験がある。それはそう、中学2年の頃の……いや、やっぱり思い出したくない。
「体は大事にしないと、祝明も心配するぞ?」
「大丈夫、ノリくんの前ではちゃんとするから!」
「じゃなくて…まあいい」
不安にさせないよう気丈に振舞うと言えば聞こえはいい。あるいは別の所で気を引くつもりなのか。理解できないし、しない方が俺のためだ。どうせアイツが起きればまた頭の中で”もう1人の祝明”になるんだからな。
ともあれ、まだ時間は掛かりそうだ。ふて寝でもするか。
「ちょっと寝る…」
「…うん」
止められはしなかった。別に止める理由もないか。
…しかし実に間が悪いものだ。ゆっくり休めそうなときに限って、俺の所には災難と呼ぶべき出来事がいくつも舞い込んでくる。
「ノリアキ、いる…?」
今日という日も、その出来事は扉を開けて中に入ってきた。
「キタちゃん…」
「ん……?」
一応誰が来たのか確かめようと、伏せた顔を上げて入口の方を見た。
「……あ」
「…何か付いてる?」
「き、北城…?」
頭が回らなくなった。北城はもう死んだはずだ。目を塞ぎ頭を振って雑念を振り払った。そしてもう一度目を開ければ何のことはない、そこにいるのは紛れもなくキタキツネだ。
「ねぇ、今日のノリアキ変だよ」
「あぁ、いや、色々あって…」
直接見るのが初めてだったから勘違いしただけに違いない。見てくれは北城に似てる部分もあるからな。それに…他にも様々、ゲーム好きとか、一人称とか。
しかしまさか今になってアイツの幻影を見るとは、俺も未練がましい人間になったものだ。
「で、何て言えばいいかな」
「事情は省くけど、今ノリくんの体は別の人格…みたいなのが動かしてるの」
「どういうこと…?」
「そうね、誰かがノリくんに取り憑いてるようなものだと思えばいいよ」
流石の説明、かつて祝明に取り憑いていたイヅナだからこそのものだな。
「じゃあ、ノリアキは? 無事なの? ねぇ、ノリアキに何したの!?」
しかし説明を聞くと、キタキツネは取り憑かれたように俺に掴みかかり祝明の名前を叫んだ。ある程度は覚悟していたがコイツもそうなのか。
…それと肩に爪が食い込んで痛い。手加減を知らないのか?
「ええい、心配しなくても無事だから一々騒ぐな!」
「ひっ…」
「あ、すまん…とにかく一度落ち着いて、な?」
「ノリアキじゃない、怒鳴ったのはノリアキじゃない…」
「…ダメだこりゃ」
この二人はどちらかと言うと、実力行使よりも精神攻撃で攻めてくる傾向にあるだ。攻撃する方も心に問題を抱えているのがややこしい話だけどな。
「はぁ…今度こそ寝るぞ」
まさか今になってあの二人のことが頭から離れなくなるとは思いもしなかった。やれやれ、もう断ち切ったはずの過去なのにな。
もう解決できない問題になってしまったんだ、俺の感情も一生決着がつかないに決まっている。
『あーあ、お前が羨ましいぞー…』
『……』
次に目が覚めた時祝明が起きてくることを願って、誰にも聞かれたくない独り言を頭の中で呟いた。
次の目覚めは俺が思っていたより早く訪れ、そしてそれは危機を知らせるけたたましい警報によって引き起こされた。
人間の不安を掻き立てる実に素晴らしい音であった。これほどまでに”何かまずいことが起きた”と思うことは後にも先にもないだろう。
俺はあり得ない勢いで跳ね起き、叫ぶ。
「何があった!?」
「分かんない、急に音が鳴って…」
『緊急事態です、緊急事態です』
スピーカーからボスによく似た機械音声が聞こえる。しかしボスの声よりも無機質に聞こえ、状況もあってかなり不気味だ。
そんな俺の心情に構うことなく、研究所のシステムは”緊急事態”とやらの概要を告げる。
『火山に異常な量のセルリアンの反応が現れました。近隣のフレンズや職員の避難を行い、2次災害の防止に努めてください』
「海じゃないのね…」
「十分に問題だがな」
『また、巨大セルリアンの出現に留意してください』
「…もう、あんなの出ないよね?」
「さあな、出ないことを祈るしかないさ」
「……」
キタキツネは若干ナーバスな様子だ。イヅナも顔を伏せている。
「とにかくまず連絡だ。赤いの、手伝えるか?」
「マカセテ、ノリアキ」
「の…! まあいい」
研究所の機材を操作してとしょかんのボスに通信を繋げようと奮闘する。その最中、突如としてイヅナが動き出した。
「私、行ってくる」
「おい、行くってどこに…」
「火山、私が今度こそ止めなきゃ…!」
イヅナの目の中で何かが燃え盛っている。意気こそ良いが無鉄砲だ。
「待て、まず通信だ。それから向かおう」
「ノリくんの体が傷ついちゃダメ、カムイ君は待ってて」
「いや、俺も…」
「カムイ君、飛べないでしょ?」
「それは、でも……あ」
イヅナはそれ以上俺の言葉を聞くことなく出ていってしまった。
「仕方ない、とにかく通信だ。頼む、出てくれ…!」
「……ノリアキ」
それは、ここにいないアイツを想う囁きだろうか。少なくとも、俺の耳にはそう聞こえた。実のところは分からない。
はっきりした事実があるとすれば、その囁きの直後に俺が自由を失ったことだけだ。
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