6-79 叶わぬニューゲーム


「キタキツネがいなくなったって、どうして?」

「それが、目を離した隙にフラっと出掛けちゃったみたいで……近くを捜しても見つからなかったから、コカムイ君のところに行ったんじゃないかと思ったんだけど……」


 ギンギツネは落ち着きなく部屋を歩き回り、ブツブツと文章にならない言葉を並べ立てている。時々頭を掻きむしり、髪の毛は右の側頭部だけ不自然に荒れていた。


 それと、ギンギツネからの呼び方が”コカムイさん”から”コカムイ君”へと昇格を果たしている。まあ、それはどうでもいいことだ。


「……早く見つけてあげないとね」

「だけど、一体どうすれば……!?」


 普段は冷静沈着でクールな印象のあるギンギツネだけど、今の様子を見るとやっぱり脆い面があるんだと思わされる。精神の面でも、また彼女の頭髪のためにも、解決は早ければ早いほど良いだろう。


「キタキツネは、どこに行っちゃったのかな……」


 早く探し出さなければならないのに、キタキツネが行きそうな場所が思いつかない。キタキツネは滅多に外出をしない性格だったからさ。


 だとすると、キタキツネが”行きそうな場所”から目的地を割り出すのは不可能に近い。


「ギンちゃんは、心当たりとか無いの?」

「あの子が行く所なんて、コカムイ君の場所以外思いつかないわよ……」


 長くキタキツネと共に過ごしてきたギンギツネでも分からないとなると、どうすればいいのかな……?



 一度、雪山で手掛かりを探すべきだろうか。でもキタキツネは、気紛れに出掛けて行ってしまったような気がする。


「誰かがキタキツネの姿を見てると良いんだけど、聞いて回るのも時間がかかるし……」

「入れ違いになる可能性も、考えられるわね」


『斯くなる上は、じゃないのか?』

『じゅ、絨毯爆撃って?』

『要はあれだ、虱潰しにやるしかないだろ』


 なるほど、神依君の言う通りそれが確実な方法だけど、一体全体どうやって島の全てを調べればいいのか……


「――あ!」

「何か思いついたの?」


 この方法なら、間違いなくキタキツネの居場所を探し出すことができるはずだ。


「赤ボス、この島にいる全部のボスに、キタキツネを探すように頼めるかな?」

「全部のボスに!? さ、流石にやりすぎじゃないかしら……?」

「……マカセテ、研究所ヲ通シテ”全ラッキービースト”ニ”キタキツネ”ヲ捜索スルヨウ通達スルヨ」


 よし、これで少し待てば、キタキツネの情報が赤ボスに入ってくるはずだ。


「ねぇギンギツネ、一度雪山に行ってもいいかな」

「いいけど、何かあるの?」

「別に……気まぐれ、かな、あはは」


 万に一つ、何か良いものが見つかるかもしれないし。



 赤ボスを抱え上げて、急いでロッジから出て出発の準備をした。……まあ、キツネの姿になったら準備完了だ。


「イヅナ……イヅナ?」


 僕が赤ボスを抱えているから、イヅナにギンギツネのことを頼もうと振り向くと、不貞腐れているイヅナがいた。

 両手の人差し指の先をトントンとくっつけて、如何にも不満気な様子だ。


「……ギンちゃんね、任せて」

「あ、うん……」


 ギンギツネが部屋に入ったタイミングが悪くて、イヅナのお楽しみが中断されちゃったせい、かな。

 後で、僕から何かフォローを入れておこう。今何かしても、駄目そうだし。




 今日の雪山はいい天気で、見上げると雲一つない青空が見える。

 こんな日は雲のある日よりもむしろ寒くて、飛んでいても風が冷たくて凍えそうになる。キツネの姿なら毛皮があるから多少マシにはなるけど、やっぱり寒いものは寒いな。


 宿に着いたら、一通り見て回りながら変わったことが無いかを調べた。

 概ね、前に来た時から何か変わった様子は無く、記憶の中の宿と同じ光景だ。


「ゲームは……持って行ったんだね」

「……こんなことを調べて、一体何になるのかしら?」


 ギンギツネは時間が経つにつれて苛立ちを募らせている。しかしどう足掻いても、赤ボスに発見の報せが入るまでは派手に動くことができない。

 ……自分にできることが何もないという歯痒さが余計に、ギンギツネの神経を逆撫でしているのだろう。


『俺、ギンギツネの気持ちが分かる気がするな』

『……神依君が?』

『ああ、なんでだろうな……』


 神依君とギンギツネ――共通点は見出せないけど、お互いに通ずるものがきっと何かあるんだろう。

 多分神依君は今、外での記憶を頭に思い浮かべているんだ。




 しばらくしても宿の中からは目ぼしいものが見つからず、僕は宿の周りへと足を延ばすことにした。

 ギンギツネの話によると、キタキツネが宿を立ち去ったのは今日の朝らしいから、まだキタキツネの痕跡が残されているはずだ。


「赤ボス、今日の雪山の天気は?」

「今日ハ、一日中『晴れ』ノ予報ダヨ」

「それはよかった」


 多少風は吹くだろうけど、今までの時間でキタキツネの足跡を消せるほどの強さではないはずだ。

 雪面スレスレを飛び回ってみると、簡単に足跡を見つけることができた。


「この足跡は……キタキツネ? ギンギツネのかもしれないけど……」


 足跡が向いている方向を見ると、どうやらロッジの方向に爪先がある。多分、ギンギツネの足跡だ。


「じゃあキタキツネのは……うわっ!」


 突如、胸に抱えた赤ボスが振動しながら音を発した。まるで携帯電話だ。


『受信中、受信中……別個体のラッキービーストから通信が入りました』

「もしかして、キタキツネを見つけたの?」

『”フレンズ-キタキツネ”を平原の屋敷にて発見しました』


 赤ボスから響いてくる声は、いつもの機械的な声とは違う明瞭な発音だった。

 ……それは良いとして、屋敷か。かつてイヅナが僕を軟禁するために使った場所だ。


 早く2人にも伝えて、急いでそこに向かおう。




「ねぇ、本当にそこにあの子がいるんでしょうね?」

「うん、ボスたちを信じよう」


 キタキツネの居場所を伝えてもギンギツネの不安は収まるところを知らず、空を飛びながらでも何度も僕に尋ねてくる。気持ちは分からなくもないけど、高速で飛びながら会話をすると口の中が乾いてちょっぴり辛い。


「大丈夫だよギンちゃん、落ち着いて」

「え、ええ……」


 テレパシーで僕の心中を察したのか、イヅナがギンギツネを宥めてくれた。こういう時ばかりは、テレパシーの存在を有難く思える。


『だったら、ずうっと聞かせてくれてもいいんだよ……?』

『……まだ、遠慮しておくね』

『あ……えへへぇ……!』


 まあ、イヅナが嬉しそうで何よりだ。これで、機嫌を直してくれたかな?


『べ、別に悪くなってないよぉ……?』


 それはそうと、イヅナの声が間延びしているのは何故だろう。……可愛いからいいけどさ。

 ……あっ! き、聞かれてないよね……?


『安心しろ、俺が守っておいた』

『き、気が利くね……』


 イヅナに対してこんな感情を抱いたことに、自分でも驚いている。

 発作が治りかけているからだろうか。しかし、これは飽くまで兆候でしかなく、確かな証拠が得られるまで油断はできない。


 ……でも、になり得るモノって一体何なんだろう。


 ――そしてもう一つ、僕はキタキツネに対しても、同じような感情を抱くことができるのだろうか?




 それらの答えを見つける前に、僕たちは屋敷へと到着してしまった。


「ジャア、通信ヲ出シタ”ラッキービースト”ヲ此処ニ呼ビ寄セルネ」


 赤ボスが簡単に交信を行うと、普通の青いラッキービーストが向こうからやって来た。恐らく、彼がここを管轄しているのだろう。


「キタキツネは中にいるの?」

「そうだよ、キタキツネは殆ど動かず、その場に留まっているよ」

「ありがとう、じゃあ迎えに……あれ?」


 イヅナとギンギツネが見当たらない。ボスと話し始める前は確かに後ろにいたのに。

 驚いてキョロキョロと探していると、空中でジタバタと暴れるギンギツネとそれを抑えるイヅナが見えた。


『……何やってるの?』

『えーと、キタちゃんは任せるから、私たちは雪山に戻ってるね!』

『な、何で?』 


 ギンギツネが暴れている辺り、イヅナの独断だと思うけど、どういう風の吹き回しかな? てっきり何か起こらないように率先して見張りに来ると思ってたけど。


「降ろしてイヅナちゃん! キタキツネの無事を確認しなきゃ……!」

「そ、それはノリくんに任せて、ね?」

「私だってあの子に会いたいわよ!」


 ギンギツネは語気を強めたけど、暴れることは止めて、こっちを見ている。……つまり、僕の答えが重要になる。


「……任せてギンギツネ、ちゃんと今日のうちに連れて帰るからさ」

「そ、そう……」


『じゃ、よろしくね、ノリくん♪』


 ギンギツネは大人しくイヅナに連れていかれた。

 でも、どうしてイヅナは……?


『多分、例の博士がした話が関係あるんじゃないか?』

『……2人とも、貰っちゃえって話?』


 まだ僕はそうすると決めたわけじゃない。……まだ。

 幾ら考えてもそれ以外の選択肢は思いつかないから、多分そのうちそう決断することになってしまうけど。


 でも、その話が関係しているなら理由は付けられる。キタキツネとの時間もちゃんと作って、ってことだ。……イヅナは、辛くなかったのかな?


『考えるのもいいが、早くキタキツネのとこ行ってやれよ』

『あ……うん!』

「じゃあ、案内を頼めるかな」

「任せて」



 ラッキービーストの先導に従うと、刀が置いてある部屋へと辿り着いた。


 キタキツネはゲームをしているみたいで、襖越しにも電子音が聞こえてくる。中に入ると、部屋の真ん中で寝っ転がりながらゲームをする彼女の姿があった。


「……ノリアキ!?」


 音に気づいたキタキツネが、振り返って僕を見つけ、驚きの声を上げた。素早い動きでゲームの電源を落とし、正座をして乱れた髪をテキパキと整えた。


「そんなに堅くならなくていいよ、僕は迎えに来ただけだからさ」


 僕がそう言うとキタキツネは姿勢を崩し、僕の方に足を伸ばした。キタキツネはスカートが短……何でもない。


「キタキツネ、どうして突然ここに来たの?」

「……前に、イヅナちゃんがノリアキをここに閉じ込めたでしょ? 何したのかなって、気になっちゃって」

「……そうなんだ」


 行動は突発的だったけど、キタキツネなりの理由があったんだ。……今日の僕の気まぐれと、よく似ている。


 理由も分かったし今回の件は解決したけど、このまま雪山に帰るわけにはいかないよね、折角イヅナが気を利かせてくれたんだから。


「もう少し、ここでゆっくりしよっか」

「……帰らなくてもいいの?」

「まだ大丈夫だよ」


 こんな時だからこそ、普段とは違う何かができるはずだ。


「ゲーム……は忘れちゃったから、何か、お話しようよ」

「お話……?」

「そうそう、最初に会った時は何したっけ、とか。色々あったけど、今は忘れてさ――」

「無理、だよ」


「……え?」


 キタキツネは僕に抱きついた。


「もう、こんな気持ちを知っちゃったんだもん。忘れられない、忘れたくないよ……!」


 そっか……甘い毒は、もうキタキツネの心を芯まで侵し、染め上げてしまったんだ。


「……そう、だよね」


 ――僕たちはもう戻れない。


「じゃあ、お昼寝でもしよっか」


 だけど、それでいい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る