1-11 らいぶらりー・りたーんず


僕たち三人が乗ったバスは、図書館のすぐ近くまで来ていた。

目が覚めたらそこは平原だった……と訳の分からないことが起きたので、まず図書館に戻って博士たちに話を聞こうという考えだ。



「着いたよ」


「結構、時間かかっちゃいましたね」


「ハハ、そうだね」


平原を出発するときはてっぺんにあった太陽が、今では4つぶんくらい傾いていた。



「博士ー、助手ー………ん?」


試しに呼んでみたら、二人が目にも留まらぬ速さで後ろから回り込んできた。


「うわぁ!? う、後ろから来た……」


「お前、コカムイなのですか?」


「え、コカムイだよ……?」


「本当なのですか?」


なんでそこから疑われなくちゃならんのか。

僕が平原に行っている間に偽物でも現れたのだろうか。


「博士たちどうしたの?」


「……おほん、別に、なんでもないのです」


「あの、ボクたち気づいたらへいげんにいたんですけど、何か知ってませんか……?」


「……なぜ平原に行ったのか、分からないのですか?」


「はい……」


「そうですか……」 「博士、どうしますか」


「少し考えるので、ここで待っているのです」


と言って二人は少し離れた場所で話し始めた。いくら博士たちでもそこまでは分からないのも仕方ないかもしれない。


「平原に行った張本人たちが、分からないんだもんね……はぁ」



博士たちが戻ってくるまで暇だから、図書館で何か読もうかな。そう思ってフレンズについての報告書などがあると教えてもらった地下の本棚をあさった。


「大体ホコリ被ってる……博士たち、手を付けてなかったのかな」


背表紙のタイトルだけ見ても漢字が多く、博士たちは読めないと諦めていたのかもしれない。一つだけきれいなファイルがあったが、それは昨日読んだものだった。


「なにか面白そうなのは……お、これいいかも!」


僕は、『ジャパリパーク全図』という本を手に取った。






コカムイさんが図書館に入ってすぐ、博士たちがこっちに戻ってきた。


「おや、コカムイはどうしたのですか?」


「本を探しに、図書館の中に……」


「そうですか、まあちょうどいいのです」


「今から話すことはコカムイには黙っているのですよ」


「えー、なんでー?」


「……できればサーバルにはあっちに行ってほしいのですが」


「……わかったよ」


サーバルちゃんは不満そうな足取りで図書館の方に行ってしまった。


「さて、『コカムイには気を付けろ』と言いましたが……少し訂正するのです」


「訂正……ですか?」


「普段は問題ないのです。ただ、性格が変わったとき、そのときは要注意なのです」


「性格が変わる……ってどういうことですか?」


「……博士」 


「そうですね、詳しく話す必要があるのです」



博士から、昨日の夜に起きたこと、そのときのコカムイさんの様子を話してもらった。


「覚えてませんし、なんだか信じられません……」


「ですが、実際に起こったことなのです」


「特に気を付けることをまとめると、自分のことを『私』と呼ぶ、青い炎を出す、という点なのです」


「助手が言ったことに加えて、ラッキービーストのことを『赤ボス』ではなく『赤ラッキー』と呼ぶことも判断点になるのです」


注意するところについては分かった。でも、まだ納得できないことがある。



「あの、コカムイさんに問題がないのなら、コカムイさんには話してもいいと思います」


そうボクが言うと、博士たちは困ったような表情になって顔を見合わせた。


「確かにかばんの言う通りかもしれません。ですが、まだ『すべて演技』の可能性もあるのです」


言うべきか迷ったのかもしれない。でもそれは、あまりに残酷な考え方だった。


「そんな、そこまで疑わなくても……!」


「コカムイ自身に悪意はなくとも、コカムイから『相手』に無意識に情報を渡してしまうことも考えられます」


「今は、我々だけで情報を共有し、様子を見るのです」


「……そうですか」


「かばん、重く考えなくともよいのです。……大丈夫ですよ」


「……はい。ちょっと、様子見てきますね」








かばんも建物に入った後、外には博士と助手だけが立っていた。


「ところで博士、コカムイに悪意がある可能性については、どう考えているのですか?」


「低いでしょうね、あそこまでしてここから逃げる意味がないのです」


「……なぜあんなことを」


「さあ……我々にもっとヒトについての知識があれば、分かったのかもしれませんね」

「そうなると、博士」

「ええ、『かんじ』というものを覚えるべきなのです」

「それはそうと博士」

「はい……?」



助手とは別の方向から声がしたのでそっちを見ると、

すぐ近くに本を持ったコカムイが立っていた。


「い、いつからいたのですか!?」


「い、今来たばっかりだけど」


「そ、そうなのですか……」


会話を聞かれていたわけではないと知って博士は安堵した。


「ところで博士、何の話してたの?」


「え、いや……気にしなくていいのです」


「そっか……じゃあ、もう一つ聞いてもいい?」


「なんですか?」


「僕、昨日の晩何かしちゃった?」


「……!?」


「……い、一体どういう意味ですか」


「ここに着いたときに博士、『本当にコカムイなのですか』って聞いたよね?」


「それが、どうかしたのですか……?」


「それって僕が、僕じゃないようなことをしたってことじゃない?もっと言えば、それのせいで、僕たち平原に行ったんじゃない?」


「…………」


「博士?」


「……はぁ……違うのです」


「……あれ、そうなの?」


「そうなのです、別にお前は何もしていないのですよ」



博士は言葉を発しながら、体の震えを抑えていた。


「……そっか。あ、この本借りていい?」


「え、ええ。ちゃんと返すのですよ」


「分かってるって」


数秒の沈黙が通り過ぎた後、助手が口を開いた。


「ロッジに戻るのですか?」


「うん、とりあえずやることはやったから戻ろうかなって」


「そうですか……気を付けるのですよ」


「心配しなくても大丈夫だよ」



その後、コカムイたちはバスに乗って図書館を出発した。









博士は、図書館の一番高いところで一人考えにふけっていた。


「コカムイのやつ、案外鋭いのでヒヤヒヤさせられたのです」


目を閉じ、昨晩のコカムイとさっきのコカムイを順番に思い浮かべた。


「まあ、あいつが本を返しに来るまで待つとしましょうか」


遠目に映る火山の輝きが、少し陰ったような気がした。

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