3章 第9話 トレニアちゃんの瞠目
あの後も、特に何かがある訳でもなく、2人はただただ楽し気に街を歩いていた。
が。楽しい時間というのは総じてあっという間に過ぎてしまうもので、時刻は既に午後3時を回っている。
「いっぱい見て回ったね」
言ってルトはあいも変わらず柔らかな笑みを浮かべる。
対しエリカも、フードで見えないが恐らく微笑んでいるんだろうと、そう思えるような多少明るい声音で、
「ええ、おかげでだいぶ街の事がわかったわ」
「なら良かった。……あそうそう、実は最後にもう一箇所だけ行きたい場所があってさ。まだ時間は大丈夫?」
ルトの問いにエリカは多少の困惑を滲ませながらもうんと頷く。
「問題ないわ。それよりも行きたい場所って……」
「ふっふっふ。きっとエリカも驚く場所だよ……」
何やら含みを持たせた声を上げるルト。
そんな彼に、エリカは変わらず困惑したまま、しかし決して自身に害となる場所ではないのだろうと、ある種ルトへの信頼を見せながら、とりあえずルトについていく事にした。
エリカを伴いルトが歩く事数分。
到着したとでも言いたげにとある大きな店の前で堂々と立つルト。
そんな彼の横に並ぶエリカは、その場所があまりにも予想外だったのか、驚愕やら困惑やら様々な感情を滲ませながら、思わず声を漏らす。
「……え、ここって」
対しルトは、エリカを驚かせる事ができた事に多少の喜びを感じながら、声高々に、
「そう。国内最大の商会、アスチルーベ商会だよ!」
2人の眼前に佇む、国内最大にして王国に住む誰もが憧れる商会、アスチルーベ商会の名を口にする。
「それは、見ればわかるのだけれど……え、まさかここに入る訳ではないわよね」
エリカの言葉に、「そのまさかだよ」とでも言いたげな満面の笑みを浮かべる。
「ま、待ちなさい。アスチルーベ商会は会員制よ! 許可無く店内に入っては取り調べを……」
ルトのやつ早まったか!? とでも言いたげに、動揺した声音で止めにかかるエリカであるが、当然ルトは止まる事はなくあいも変わらずニコニコと人の良い笑みを浮かべ、
「まぁまぁ、良いから良いから」
と言うと、エリカの数歩前を行き、クイクイと手招きをした。
そんなルトの押しに負けたのだろう、エリカは一度小さくため息を吐くと、
「……どうなっても知らないわよ」
と毎度お馴染みの呆れのこもった声で呟いた後、しぶしぶルトの後を付いて行った。
店に入ると、前回同様ルトの目には、無機質な部屋とその中央付近に位置する謎の円柱型の物体が映る。
とは言え、前回とは違いルトはその物体が何の為に存在するのか理解している為、迷わず歩を進めると、ゆっくりとそれに手を触れた。
瞬間、術式のようなものが現れると、それが部屋全体に広がっていく。
その異様な状況に、ああ、終わったと思わず天を仰ぎそうになるエリカであったが、そんな彼女の懸念とは裏腹に、円柱型の物体の後方に店内へと続く階段が現れた。
「…………え?」
まさかの入店許可にエリカは呆然とする。
しかし、ルトが平然と、
「さ、行こうか」
と入店を促した為、エリカは多少の困惑を滲ませながらも、
「え、ええ」
と頷くと、2人は階下へと向かった。
◇
「ここがアスチルーベ商会……」
半ば夢見心地にエリカは声を漏らす。
しかし、それも仕方がないと言えるだろう。
何故なら、アスチルーベ紹介は会員制であり、また会員となるのは容易では無いのである。
誰もが憧れ、しかし憧れ虚しく訪れる事など叶わない。
それが、アスチルーベ商会なのだから。
「相変わらず凄いなぁ」
その事をルトも理解している為、2度目でありながら思わず呆然としてしまう。
そんなルトに、一足先に現実へと戻ってきたエリカが、多少の驚きと多大な感心を含んだ声音で声を掛ける。
「それよりもルト……貴方ここの会員だったのね」
「いや、違う違う」
まさかーとでも言いたげな表情で即否定する。
「え、ならばどうして……」
当然のように困惑するエリカ。
そんな彼女へ、ルトが説明しようとした……その時。
「んぁ? あれ? ルーくん?」
突如、可憐で幼さの残る声が2人の耳へと届く。
思わず2人が振り向くと、そこにはエリカと同じ位の身長である幼い少女がニコニコと可愛らしい笑みを浮かべ立っていた。
エリカはフードの下、怪訝な表情を浮かべる。
当然だ。会員制であるこの場所に、自身と同程度かそれ以下の年齢と思われる少女が居るのである。
何故ここに居るのか、まさかこの年齢で会員なのか? と、考えてしまうのも何らおかしな事では無いだろう。
と、そんなエリカとは裏腹に、ルトは疑問を抱いている様子など微塵も感じさせない、爽やかな笑顔のまま、
「あ。こんにちはトレニアさん」
2度目の対面となる少女へと挨拶をした。
それを何となしに聞いて、
「……えっ!?」
眼前の少女が、ここアスチルーベ商会の会長であるトレニア・アスチルーベであると認識し、フードの下、エリカは驚愕の声を上げる。
そんなエリカの前でルトは、
「早速、使わせていただきました」
と言うと、一枚の紙をヒラヒラと揺らす。
そこには、1度のみ入店を許可するといった内容の事が書いてあり……ああ、知り合いに会員が居るのかと、多少の驚きと共に納得したようにエリカは頷く。
「お、ちゃんとルーちゃんから貰ってたんだね。よかったよかった!」
トレニアは、ルトの持つ紙を見てカラカラと笑った後、キョロキョロと周囲を見渡すと、可愛らしく人探し指を口元に持っていきながらコテンと首を傾げた。
「ところで……今日はルーちゃんは一緒じゃないの?」
「はい。ルティアさんは母親と1週間の里帰りをしましたよ」
「あ、そっか。その時期だ! ……で、そちらは?」
納得したように小さく目を見開いた後、視線をエリカの方へ向ける。
突然向けられた視線に、ビクッとなりながらも、努めて冷静でいようとするエリカ。
そんな彼女へと、ルトは手を向けると、
「この子はエリカ。最近知り合ったんだ」
「こ、こんにちは」
ルトの声に合わせ、若干の緊張を滲ませながら挨拶をする。
そんなエリカに、トレニアは何やら含みを持たせた声音と、少しだけ細められた目で、
「……ふーん」
「な、何か……」
全てを見透かしているようなトレニアの視線に、多少の動揺を見せるエリカ。
対しトレニアは、表情をいつも通りの笑顔へと戻すと、
「ううん、何でもないよ! エリカっちだね、よろしく!」
「エリカっ……よ、よろしくお願いします」
エリカっちという謎のあだ名に先程までとは別種の動揺を見せながらも、エリカは言葉を返す。
それを目にし、トレニアはうんうんと頷くと、
「さて、じゃ私はまた仕事に戻るからゆっくり見ていってね」
「はい! ありがとうございます!」
「んじゃーね!」
言って、仕事へと戻っていった。
その数瞬の後、トレニアが視界から消えたのを確認した2人は、
「さて、じゃあ店内を回るか」
「ええ、そうね」
と会話を交わすと、念願の買い物を始めるのであった。
◇
ルト、エリカと別れた後、彼らの視界から外れるように物陰へと隠れたトレニアは、仲良く歩く2人を陰から目にしながら、ムムムと険しい表情を浮かべていた。
「まずい……これはまずいよ……」
そう、これは非常事態だ。
まさかこのような事が起きてしまうとは、トレニアにとってみればまさに想定外である。
トレニアはどこか芝居がかった様子で1人声を上げる。
「だーいじょうぶ!だいじょうぶ! ルトには仲の良い女の子は私しか居ないから!……って、言ってたのに! なのに、ルーちゃんに続いてエリカっちまで! これじゃあ、ルーくんに恋人が出来るのも時間の問題だよぉ!」
トレニアにとっての非常事態……いや、どちらかと言うと親友である少女にとっての非常事態か。
以前、体型を考えるならば、つるぺったんでちんちくりんな親友では勝ち目のない程にナイスバディであるルティアを連れてきたと思えば、一月もしないうちに、今度は別の少女──フードで顔はわからないが、幼い声音でどこか大人っぽく振る舞っている様子が背伸びをしているようで可愛らしい──と仲良さげに歩いているのである。
たった一月でこれなのだ。もしも、今後更に月日が経っていったらどうなるか──きっと、例え幼馴染というステータスがあったとしても容易に入り込む事などできない程、堅牢でスーパーなハーレムが形成されてしまうのではないか。
その様子を想像しただけで……いや、それを目にした親友の様子を想像しただけで──トレニアは思わず身震いしてしまう。
「早く、早く帰ってきて……リアたん……ッ!」
トレニアの心からの叫び。果たしてそれは彼女の親友にして、ルトの幼馴染である少女──リアリナに届いたのか。
現在、何も知らないリアリナが、ルンルンと楽しげに王都へと……正確にはルトの元へと向かっており、そう遠くないうちに接触する事になるのだが──それはまだ少し先の話。
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