2章 第1話 帰ってきた平和

 学園の講義が再開してから初めての休日。


 数日前の悲壮感はどこへ行ったのか。

 人通りが多くワイワイとした賑わいを見せているアルデバード王国市街を、3人の少年少女が仲睦まじげに歩いていた。


 まず右側を優雅に歩くのは、この中で唯一の女にして、すれ違う男を百発百中で射止めてしまう程の美貌を持つ、金髪ロングの少女、ルティア。

 大して左側を歩くのは、どこか勝気な雰囲気の漂うワイルドなイケメン、アロン。

 そしてそんな2人に挟まれながら、灰色の髪を靡かせ、優しげな笑みを浮かべるのが、話の仲介役と化している、ルトである。


「次はどこへ行きましょうか?」


 と、ルティアが普段よりもテンション高めに顔を向ける。

 表情からも明らかにワクワクしている様子が見て取れる。


 ルトはそんなルティアの姿に、心の内で可愛らしいなと思った。

 そして同時に、ルティアと同じくどこか浮かれた様子で、うーんと頭を悩ませる。


 目的があればそこに行けば良い。

 しかし、実は3人は特に目的地もなく街に来ているのだ。

 というのも、偶には3人で遊びに行くのも良いんじゃないか。いつも通り昼食をとっている時にそういった話になり、この日その提案が実現したのである。


 と、ここで。

「クゥ〜〜」という、可愛らしい音がルトの耳に届いた。

 音の鳴った方、つまりルティアの方へと目を向けると、お腹を抑え恥ずかしさからか顔を赤らめている。


 どうやらお腹が鳴ってしまったようである。

 生理現象故に、仕方がない事ではあるが、女性からすればそうともいかないようだ。


 さて、どうフォローしようか。


 ルトがそう考えていると、先にアロンが快活な様子のまま口を開いた。


「……なあ、ルト! おれ腹減ったし、そろそろ昼飯にしよーぜ!」


 アロンの方に目をやり、ナイスと小さく笑う。

 次いでルティアの方を向くと、小さく首を傾げた。


「賛成。ルティアさんもそれで良い?」


「はい。……その、ありがとうございます」


 アロンの発言の意図がわかったようで、どこか恥ずかしげに、しかし嬉しそうにニコリと笑う。


 そんなこんなで、3人の次の目的地が決定した。


 と。そんなどこかほんわかとした空気を漂わせている3人であったが、その周囲は違って殺伐としていた。

 というのも、3人とすれ違う人の多くが、


 ──何故お前らみたいなのが、天使様の隣を歩いているんだ!


 とでも言いたげな、怨みがましい視線を向けているのである。


 ルティアはその力と美貌から、学園外でも認知されており、学園と変わらず『天使』という愛称で多くの人に好意を寄せられている。

 加えて、今までルティアに男の影は無かったのだ。

 故に、皆一様に険しい表情を浮かべているのである。


 そんな、人によっては辟易としてしまいそうな視線。


 しかし、もはやこういう状況に慣れてしまったのか、はたまた周囲の視線など気にならない程に自分達の世界を作っているのか。


 真相はわからないが、3人は大して気にした様子もなく並び歩き、ゆっくりと近くの食堂へと向かった。


 ◇


 食堂へと到着すると、学園の時と同様に4人用の丸テーブルへと腰掛けた。

 次いで店員へと各々好きなものを注文する。


 談笑を交え待つ事15分。


 ついに注文した料理が届いた。


 野菜のスープ、パン、焼き魚、ステーキなどなど、それぞれの個性が現れるような料理が、目の前に並べられている。


 因みにルトの前には、パン、スープに野菜炒め、ステーキと、普段では考えられない程豪華なものが置かれていた。


「ルト、今日は随分と注文したな!」


 アロンが驚いたように目を見開く。

 ルティアも同様に少し驚いた様子を見せる。


 2人の中では、ルトは食事にあまり重きを置かない印象があったのだろう。

 ルティアやアロンと共に魔物を討伐するようになり、格段に収入が上がったのにもかかわらず、尚も変わらぬ昼食メニューだったルト。

 その事からも、2人はそう判断していたのだ。


 そんな2人の視線を受け、ルトは小さくはにかむと、


「……ほら、この前の魔物の侵攻の時の報酬が結構な額だったじゃん。だから、2人と遊びに行く時位は、たまの贅沢も良いかなって」


 そう。実はあの後、術師協会に呼び出され、報酬としてかなりの額を貰っていたのである。

 だからといって、決して毎日贅沢な食事をする訳ではなく、今後の事も考え、大半を貯金へと回した。

 しかし、折角3人で遊びに行くというのに、節約をするのもどうかと考え、今回だけは好きに使う事にしたのだ。


 と、そんなルトの考えを聞き、アロンはどこか楽しげに、


「成る程な! ……よっしゃ! なら午後の為にも今日は食いまくろうぜ!」


 対し、ルトは、


「うん、だね」


 と言って微笑み、


「……沢山食べるのは構いませんが、動けなくならないように気をつけて下さいね」


 ルティアは小さく笑いながら忠告をする。

 それにアロンが、


「おう!」


 と、元気の良い返事を返し、3人の昼食が始まった。


 ◇


 食後。しばらく談笑を交えながら食休みを取ると、3人は会計を済ませ店を出た。


 店を出てすぐに、ルティアが2人の顔を覗き見ながら、口を開く。


「……さて、午後になりましたしそろそろ……」


「うん、パトロールに行こうか」


 頷き、ルトが答える。


 そう、実は午後の予定は決まっていた。

 内容はパトロール。

 魔物侵攻による脅威は去ったというのに、なぜパトロールを行うかと言うと、これにも特に理由などない。


 ただ集まり、共に魔物を討伐する。


 最早パトロールの名は、その為の理由付けとして利用しているに過ぎないのである。


 ということで3人は、パトロールと言えばココと挙げられる程、毎度訪れている草原へと向かう。


 門を抜け、前方に広がる緑の絨毯へと目をやる。


 青々と茂った草葉が風に揺られ、波を作る。

 広大な草原の、平和すら感じられるその様子に、3人は清々しい気分で、大きく深呼吸をした。


「……雲一つない青空に、海のように広がる草原。……パトロール日和ですわね」


「なんか、ピクニック日和みたいな言い方だね」


「……ふふっ。パトロールという名目上、本当はこんな事いけないのかもしれませんが……私、どこか浮かれた気分でいますわ」


 ルトの発言があながち間違いではないとでも言うように、ルティアが微笑む。


「俺も俺も! とりあえず危険が去ったから、それとも久しぶりに2人と過ごしてるからかわからないけど、なんかワクワクしてる!」


「……わかる気がする」


 そう言うルトも、やはりどこか浮かれた様子であった。


 ああ、このまま本当にピクニックに目的を変更しても良いのではないか。


 そんな考えすら浮かぶ。


 しかし、幾ら低級で異常が見られないとは言え、ここは魔物が発生する場所なのだ。


 あまり気を抜いてもいられない。


 だから、少々名残惜しさを感じながらも、ルトは浮かれ気分を外へと追いやると、真剣な面持ちで、


「……でも、ここには魔物がいる。だから、少しは気を引き締めていこう」


「おう」


「ですね。警戒は怠らないようにしますわ」


 言葉の後、ルティアはいつもの様に錫杖を、アロンは身体に風を纏わせた。


 そんな2人の姿をちらと見た後、ルトは体内に呼びかける。


「いける? ハデス」


『大鎌だけならば、問題はない』


「よし」


 2人の視線がルトへと向く。

 共にどこか心配しているような表情である。


 とそんな中で、ルトは右手を前へと翳すと、その名を唱えた。


死狩テト


 瞬間、ルトの右手に闇が収束していき、1つの形を作った。


 それは、闇より黒く、思わず震え上がってしまうような大鎌で──


 アロンとルティアの表情がほんの少しだけ強張る。

 そしてすぐに、軽く鎌を振るルトへと、アロンが意を決した様子で口を開いた。


「こんな事聞くのもどうかとは思うけど……ルトの力は、死神のもの……なんだよな」


「うん、そうだよ」


「……大丈夫なのかよ。その、力を使って」


「うん、現状使える能力には制限があるだけで、特にこれといって不利益を被る事は無いよ」


「だと良いんだけどよ」


 肩を撫で下ろしながら、アロンが声を出す。


「……もしなにかあった時は、その時は私達を頼って下さいね」


 続いて、ルティアは心配した声音で、しかし訴えかけるようにそう言った。


「うん。ありがとう、アロン、ルティアさん」


 2人の優しさに、胸が熱くなる。

 と同時に、罪悪感も芽生えていた。


 ──本当は代償があるんだ。


 黙っているのは心苦しい。しかし、どうしても2人に心配をかけたくないルトは、この言葉を彼らに伝える事ができなかった。


 代わりに、ルト本人しか気づかない程に、ほんの少しだけぎこちない笑みを浮かべると、


「さて、じゃあいつも通りパトロールでもするか」


「はい!」


「おう!」


 ルトに続いて、2人は少し落ち込んでいた空気を吹き飛ばす様に、どこか明るい声を上げた。


 ◇


 当然と言えばそうだが、草原に特にこれと言った異変はなく、至って平和であった。


 現れる魔物はゴブリンを始めとした低級の奴ばかりで、その数にも行動にも何らおかしな所は見られない。

 だからか、3人は決して気を抜かずに、しかしどこかリラックスした様子で魔物の討伐にあたった。


 そして時間はあっと言う間に過ぎ、時刻は17時。


 夏が近いからか、未だ太陽は高い位置にあり、辺りを明るく照らしている中、3人は大方パトロールが完了した為、帰る支度をしていた。

 しかしそんな中、1人黙々と片付けをしているアロンの表情に曇りが見えた。


「……どうかした? アロン」


 ルトが異変に気付き、思わず声を掛ける。

 対しアロンは、意を決した様子で口を開く。


「……なぁ、もし2人の時間が大丈夫だったらで良いんだけどさ」


「ん?」


 一拍開いて、


「……今から模擬戦しないか?」


 アロンはそう提案をした。


 確かに空の明るさを考えても、決して不可能ではない。しかし元々今日は模擬戦をしないと決めていただけに、ルトとルティアには多少の困惑が見て取れる。


「え、今からですか?」


「そう、今から」


 ルティアの問いに、アロンは真剣な面持ちで返す。

 それを受け、ルティアはルトの方へと顔を向けると、


「……ルトさん、どうしますか?」


「僕は良いよ。時間あるし。それに……この死狩テトがどれ程有用なのか、対人戦の中で判断したいとも考えていたから」


 言って、死狩を目前に翳す。

 それを受け、ルティアはうんと頷くと、


「わかりましたわ。では、やりましょうか」


 そう口にし、ニコリと微笑む。


「2人共ありがとう」


「じゃ、やろうか!」


「はい!」


「おう」


 こうして、アロンの提案により、急遽模擬戦を行う事が決定した。

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