第24話 死貴神《ハデス》

 と、ルトがハデスを纏い、不気味な声を発していた頃。


 ルトの精神世界では、デーモン戦とは別の戦いが起こっていた。


「……ッくっ……がッ………!」


 精神の端から端まで、侵食される感覚。

 まるで自分が自分では無くなってしまうかのような激しい苦痛に、ルトは苦悶の表情を浮かべながら、必死に堪えていた。


 なるほど、ハデスの言っていた『我が勝利を与える』とは、つまりルトの身体をハデス自身が動かす事だったようだ。

 そしてその際、力の差があまりにも大きいからか、それとも単にハデスの性質か。

 ルトの精神には現在のような侵食が起きているようだ。


 ……30秒耐えろってこれのことか!


 歯をくいしばりながら、精神世界でルトはそう理解すると、必死に自我を保ち続ける。


 右足が闇に染まり、左足が闇に侵食されても、それでも必死に。


 全ては、デーモン戦の勝利と……友を、みんなを救うために。


 ◇


 一方その頃、現実世界。


 ルト──実際に身体を動かし、喋っているのは霊者ハデスだが──は、大鎌を手に余裕の笑みを浮かべていた。


 対するデーモンは、先程まで雑魚だと、取るに足らない存在だと感じていたルトの変貌に、若干の動揺を見せていた。


 と、そんな中、ルトが口を開く。


『なるほど、魔物にも感情はあるのだな』


 ただの独り言。しかし、その思わず凍えてしまいそうになる声音に、言葉がわからない筈のデーモンはピクリと反応する。

 その姿には、どこか怯えの様なものを感じ……。


 と、ここでルトが更に言葉を続ける。


『怖いか。……しかしそれも仕方がない。我は冥の神。お主ら魔物の様なとは格が違う』


 デーモンが再び反応を示す。

 そこにはやはり、怯えの様な感情が見られ……しかしだからと言って、ここで引いては死を待つのみだと思ったのだろう。

 デーモンはその真紅の瞳を妖しく輝かせると、地を強く蹴った。


『ほう』


 ルトはどこか感心したように小さく笑う。

 そして、大鎌を軽く振るうと、再び攻撃を繰り出すデーモンを弾いた。


 力負けしたデーモンが地を滑り、必死にそれを止めようとする。

 地に爪の跡を残しながら踏ん張り、何とか止めると、すぐに警戒する様に後方へと跳んだ。


 しかし、ルトは攻撃を仕掛けない。

 代わりに、あいも変わらず余裕のある、だがどこか不気味な笑みをフードの下から覗かせると、大鎌を前に翳し、誘うようにくいっと動かした。


 デーモンの瞳が妖しく輝く。

 次いで必死の咆哮を上げると、デーモンは再び爪に魔力を纏わせていく。


『…………』


 ルトが何かを見透かすような目を向ける。

 そして、フッと妖しく笑うと、余裕を滲ませながら、


『……出来損ない相手に使うものでもないが……まあ良い。久方ぶりの戦闘だ。……に見せてやろう。我の力の一端を──』


 言って何かを懐かしむように、しかし背筋の凍るような声音でもって詠唱を口にした。


幽世かくりよのめん


 同時に、ルトの左手に禍々しい仮面が現れた。


 そしてデーモンが迫る中、ゆったりとした動作でその面を顔へと装着する。

 ……瞬間、ルトの姿が滲んだかと思うと、意識のあるルティア、迫るデーモンの前から突然姿を消した。


「──ッ!?」


 デーモンが動きを止め、周囲を見回す。

 当然だ、先程まで目の前に居たはずの人間が突然消えたのだ。驚いてしまうのも無理はないだろう。


 しかし、それでも隙は隙だ。


『ここだ』


「──ッ」


 振り向き、デーモンはその鋭利な爪を振るおうとするが……


『遅い』


 それよりも先にルトはそう呟くと、大鎌を地から天へと振るう。

 その刃は、デーモンの腕へと触れると、抵抗無くそれを分断した。


 鮮血が舞う。


 しかし、流石はA級魔物と言ったところか、多少の動揺は見せるも、すぐさまその場から離れようとする。

 だが、それよりも先に、ルトが接近すると、


『──30秒。終わりだ。──虚無ニル


 言って音すらも置き去る程の速さで大鎌を振るう。

 それにより、デーモン本人すらも気づかない程一瞬のうちに、身体が真っ二つになり……そして呆気なく絶命した。


『…………』


 無言で立つルト。


 ──と。


「……な、何が起きてますの」


 呆然と。先程までとは一変し、凄絶な雰囲気を醸し出しながら立つルトの姿に、ルティアは声を漏らした。

 目を見開き、信じられないといった様相である。


 身体が震えている。


 親友であるはずのルトに、ルティアは自身の感情を否定しながらも、やはりどこか本能的な恐怖を感じてしまっている。


 それがルティアにとって、堪らなく悲しかった。


 と、そんなルティアの眼前で、ルトは1人ニヤリと妖しい笑みを浮かべると、


『……ほう、耐えたか。意外と強い意志を持っているようだ。しかし……果たして今後狂わずに我を操る事ができるかな』


 ポツリと、そうルティアにとって、意味のわからない事を口にする。

 そして数瞬の後、ルトは突然まるで糸が切れたように、バタリとその場に倒れた。


「……ルトさんッ!」


 ルティアが声を上げる。


 そして、戦闘により蓄積されたダメージに耐えるように。

 また先程の戦いを目にし、震える身体を鼓舞すると、何とか立ち上がり、ゆっくりと倒れ伏すルトの元へと近づいていった。

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