第19話 王の名を冠するモノ達

 翌日、3人は昨日同様談笑を交えながら草原へと向かった。


 門をくぐると、すぐに一面に広がる草原が目に入る。

 まるで緑色に染まった海のような光景は、見る者を魅了する不思議な魅力があった。


 と、そんな草原ではあるが3人の目的地はここより遥か先にある。

 こんな所で立ち止まっていては時間も無くなってしまう為、並び歩を進めた。


 少しして。アロンがルトとルティアの方へと視線を向けた。

 そして兼ねてからの疑問をドカンとぶつける。


「前から気になっていたんだけどよ、2人はどこで知り合ったんだ? ほら、正直接点なんてほぼないじゃんか」


 言って、首を傾げる。


「いやー実はさ、以前魔物に襲われてピンチな時があって。その時に偶々通りかかって助けてくれたのがルティアさんだったんだ」


「あの時は間一髪でした……」


 言って、ルティアがホッとした表情を浮かべる。

 対してアロンは大きく目を見開いた。


「へぇー! 出会いとしては中々珍しいんじゃないか? てか、魔物に襲われるってルトはどこに行ってたんだよ!」


「それが、ここ、アルデビア草原なんだよね」


「は? なに、ルト、ゴブリンか何かに負けたのか? 学園に入学できるだけの力があってそれは……」


「いや、オーガに負けたんだ」


 表情を変えず口にするルト。


「あー、なんだ、オーガか。……はー、そりゃ勝てないわ…………ん?」


 ここでアロンが違和感に気がついたのだろう。

 ぐっと眉間に皺を寄せ一拍置くと、驚きからか目を白黒させた。


「えー!? まさか以前話題になってたオーガに襲われた奴って……」


「うん、僕だよ」


「まじかーー! そりゃ勝てなくても仕方ねーわ! てか災難だったなルト!」


 自身が当事者だったらと想像したのか、一瞬顔をくしゃりと歪めた後、すぐにアロンの瞳に同情の色が浮かぶ。

 対してルトは、当事者でありながら晴れやかな表情のまま、


「うん。でもそのおかげでこうしてルティアさんと仲良くなれた訳だし、良かったのかなと思ってるよ」


 言って、ニコリと微笑む。


「私もルトさんとアロンさんに出会えたので、オーガには感謝しておりますわ!」


「オーガが居なけりゃ、ルティアちゃんと知り合えなかった訳だもんな。……こりゃ感謝するしかないわな!」


 3人の意見が一致した瞬間であった。

 思わず、顔を見合わせて笑う。


 屈託のない笑みを浮かべる3人からは、未だ会って間もないにもかかわらず、どこか旧知の友と関わっているかのような、強い絆が見て取れた。


 と、そんなこんなで歩を進めること数分。

 3人は普段から模擬戦を行なっている地点へと到着した。


 草原の先に広がっている森の近くであるここは、ルトの思い出の場所の近くでもある。

 何故ここを選んだのかと言えば、別に特に深い理由は無かった。


 強いて挙げるのであれば、毎日同じ環境で戦いたかった為、目印となる物が欲しく、それがルトの思い出の地だったという事である。


 加えて、ここが街からだいぶ離れており、周囲に危険が及び難いというのもある。


 と、ここでアロンが小さく口を開いた。


「さて、始めようぜ……と言いたいところなんだけどよ」


 一拍置き、


「なあ……魔物が、居なくないか?」


 アロンが眉をひそめながら、真っ先に声を出す。


「……確かに居ないね」


「……そう、ですわね」


 言って2人は、2人だからわかる胸中の騒めきを共有するように、顔を合わせる。


「……ねぇ、ルティアさんこれって──」


「ええ、あの時と同じ……ですわ」


「ん? どうしたんだよ。てかあの時って……」


 事情のわからないアロンは眉を曇らせる。

 対しルティアは、一度アロンへと視線を向けると、小さく顔を曇らせ、


「……申し訳ございません、アロンさん。その話は後回しにさせて下さい。……何だか、嫌な予感がするのです」


 一拍開け、2人の姿をを目に収めると、真剣な表情を浮かべる。


「今は、急いで街へ戻り、術師協会の方へと向かいましょう」


「うん、急ごう」


「は? ちょ、どういう──ッ」


 困惑し、2人へと問うアロンであったが、2人の表情があまりにも真剣なものであった為、グッと口を結ぶ。


 そして、「……わかった。事情は後で聞く事にする」と言い、2人がそれに頷き、移動をしようとしたところで──


 突然、3人の耳に妙な地響きが聞こえてきた。

 それは、1秒また1秒と時間が過ぎてゆく度に、大きく強くなっていく。


 足音……だろうか。


 警戒心を露わにしながら、ルトが頭を悩ませる。しかし、足音にしては妙に不規則的であった。


「──ッ!? 祷りなさい! 天統者(セラフィム)!」


 と。ここで突然ピクリと反応したかと思うと、ルティアが詠唱を口にした。

 ドレスのような装備を身に纏い、手に錫杖を握る。


「なっ! どうしたんだよ、ルティアちゃん!」


「警戒してください! ……来ます!」


「は? 来るってなに……が…………」


 森の奥から響く地響き。数瞬の後、遂にその音の正体が判明する。


 巨大な筋肉質の身体に、異様に膨らんだ腹。


 人間と比べると明らかにバランスの悪い大きな頭に、ニタリといやらしい笑みを浮かべる大きく裂けた口と、そこから覗く鋭い牙。


 そして頭部には、ソレが異形の化け物である事を示す、2本の太いツノ。


 加えて、その体躯は、通常の個体よりも一回りは大きく──


「……オーガ、キング……!? な、何で……!?」


 アロンが狼狽した声を上げる。


「……いいえ。それだけではありませんわ」


 ルティアの言葉の後、オーガキングの後方から、2体の魔物が姿を現す。

 ……そのどちらもが、一体でさえ討伐に苦労をする、王の名を持つモノであった。


「オークキングに……ゴブリンキングまで……ッ!?」


「…………ッ!」


 ルトもピクリと反応を示す。


「な、なんだよこれ!? 一体どういうことなんだよ!!」


 信じられないといった様相で、レンズの奥の瞳を揺らしながら、アロンが声を荒げる。


「わからない。ただ、一つ言えることがあるのだとしたら──」


 ルトの発言に、ルティアが真剣な眼差しのまま、


「──明らかに異常な事態が起きているということですわね」


「何で2人はそんな冷静なんだよ!」


 アロンが、狼狽した様子で、2人の姿を見る。


「決して冷静ではないよ。ただ、喚いていてもどうにもならないから、口を結んでいるだけ」


 とは言え、例え口を結んでいたとしても、決して時間が増える訳ではない。

 一刻も早く何かしらの対策を立てる必要がある。


 ルトはそう考え、頭をフル回転させた所で、ルティアがルトとアロンを視界へと映すと、小さく口を開く。


「さて……解決案としてですが……」


 一拍置き、


「……ここは私が食い止めます。お二人は街に戻って助けを呼んできて下さい」


「…………ッ!」


「ちょっ、待てよ! いくらルティアちゃんでも、キング3体を相手にするなんて無茶だ!」


「無茶でも……やるしかありませんわ」


 言って、グッと口を結び、眉を寄せる。

 そんなルティアに、ルトは──


「……僕も残るよ」


「ルトさん!?」


「ルトッ!」


「……アロンと同感だよ。いくらルティアさんでも3体を同時に相手するのは無理だと思う」


「しかしルトさん……ッ!」


「大丈夫。倒すのは無理でも、避けるだけなら、囮としてなら役に立てると思う」


 例え相手が単体ですらBランク程度の力を有していたとしても、結局は魔物なのだ。

 そこに知性はあれど、大したものではない。


 ならば、避けるという、意識を少しでもこちらへ向けるという一点だけであれば、オーガ相手に時間を稼げたルトならば、そう難しくはなかった。


「……なら俺も──」


「ダメだよ、アロン」


 間髪入れずに、拒否をする。


「何でだよ! 2人を残して俺だけ戻るなんて、そんなの……!」


 今にも泣きそうな、恐怖と悲哀の入り混じったような表情でルトとルティアの顔を見る。

 そんな彼に、ルトは真剣な表情を崩さずに、はっきりと口を開いた。


「違うよ、アロン。アロンはここから逃げる訳じゃない。アロンには、一刻も早く助けを呼んでくるという役目がある」


「……それは俺じゃなくてもできる! ルトが行けば良いじゃないか!」


「いや、これは風属性に長けたアロンだからこそできることなんだ。僕には出来ない」


「……でも……ッ!」


「……全員が生き残る為には、アロンの速さが必要なんだ。だから……お願い」


「…………ッ!」


 ルトの視線に、アロンは再度何かを言おうとしたが辞め、グッと口を結んだ。

 そして、すぐに口を開くと、


「……わかった。すぐに戻ってくるから。……だから──死ぬなよ! 2人共ッ……!」


 言って、アロンは風を全身に纏う。


「うん」


「もちろんですわ!」


 そして2人の返事を聞くと、後ろ髪を引かれる思いを持ちながらも、アロンは街の方向へと駆けて行った。


 数秒後。


 強者の余裕か、はたまたこちらを警戒しているのか。

 こちらへと視線を向けたまま、尚動こうとはしないキング3体の前で、ルティアが小さく口を開く。


「……さて、ルトさん。2人だけになってしまいましたね」


「だね。対して敵はキングが3体……間違いなくAランク相当かそれ以上の事だよ」


「ふふっ、ですね。大変ですわ」


 ルティアが気を紛らわせるように、小さく微笑む。

 対し、ルトはここに来て視線を少し下へと向けると、


「……ねぇ、ルティアさん。アロンにはあんな事言ったけどさ、正直今凄く怖いよ」


「……大丈夫ですわ。ルトさんには、決して負けない私というパートナーが居るではありませんか」


 言って、ルティアが微笑む。

 ルトは、汗をたらりと垂らしながら、


「……はは。凄い自信だね」


「ふふっ。私戦闘には少しばかり自信がありますの」


 言葉と共に、ルティアがニコリと笑みを浮かべる。

 その瞳からは、ルトの知る強者の色が感じられ──


「そっか。それ聞いたら何かいける気がしてきたよ」


「でしょう? 何も問題ありませんわ」


 一拍開け、


「……さて、そろそろ来そうですわね。……ルトさん。ここが死地とならないよう、お互い頑張りましょうね」


「うん。死なないように、でも死ぬ気で頑張ろう!」


 まるで自分を鼓舞するかの様にルトが大きく声を上げ……同時に3体の『王』が動き出した。


「行きますよ! ルトさん!」


「うん!」


 対し、ルト達も地をグッと蹴り……一世一代の大勝負が幕を開けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る