第11話 パンと遭遇
チラッチラッと、時折ルトの様子を伺うルティア。
ルトは講義に集中しながらも、そんなルティアの視線に気づき、疑問に思っていた。
どうかしたのだろうか。
「えっと……僕、何か変かな?」
「……! いえ、あの申し訳ありません。あまり気にしないでください!」
ルトが小声で話しかけると、ルティアはビクッと身体を震わせた後、何とも言えない笑みを浮かべる。
明らかにいつもと様子が違っていた。
しかし、本人が何でもないと言っているのに追及するのも、良くないだろう。
「う、うん」
ルトはルティアから視線を外すと、教壇の方へと向いた。
そしてそのまま講義の方へ集中しているとと、ルティアが再度チラチラとルトの方へ視線を向け始めた。
「……えっと、もしかして体調が悪いとか……?」
「……いえ! 私は元気ですわ!」
「じゃあ、どうしたの? その、時折こちらをチラチラと見てるけど」
別に嫌じゃないけど、なんか気になって……と付け加え、笑いかける。
すると、ルティアはフーッと小さく息を吐くと、
「あの……自らここに来ておきながら、申し訳ありません。私友人の方と並んで講義を受けるという事が初めてでして……その、どうにも落ち着かなくて……」
言って苦笑いを浮かべた。
対しルトは、同様に苦笑いを浮かべると、
「僕も同じ状況だから安心して」
ルティアが視線を向けている事に気づくという事は、多少なりとも彼女を気にかけているという事である。
もし、講義に本気で集中していたのならば、視線など気にならないだろう。
結局、ルトもルティアと同じという訳である。
しかしだからと言って、このまま2人して気にしているようでは、講義どころではなくなってしまう。
そう思ったルトは、躍る心臓を何とか宥めながら、
「ほら、成績落としちゃうと困るし、何とか頑張ろ」
「はい、が、頑張りますわ……!」
ルティアは胸の前でグッと拳を握った。
◇
「では、ルトさん! また今度お会いしましょう!」
「うん、また今度ね」
何だかんだ講義の方へと意識を向けることのできた2人は、あの後無事終える事ができた。
そして、相変わらず生徒達の視線を浴びる中、別れを告げると、それぞれ次の講義へと向かった。
先程ルティアと並んで講義を受けたという事に未だどこか信じられないルトは、その後何とか2限目も終え、昼休みを迎えた。
いつも通り、持参したパンを持って食堂へと向かうと、その途中でアロンと遭遇。
ちょうど彼も昼食を取る予定だった為、共に食堂へと向かった。
道中、アロンがハッとすると、思い出したように話を始めた。
「そういやさ、草原でオーガが現れたんだってな」
「怖いよね。迂闊に草原に行けないよ」
遭遇した事を隠せとは言われていないが、別に話す事もないだろう。
それに、オーガが怖いのは事実だ。
「なー。とりあえず少しの間、狩場を変えなきゃな」
「だね」
「っと、ついたついた」
そうこうしているうちに、食堂へと到着した。中へ入る。
すると、ズラーっと並ぶ丸テーブルとそこに座り食事を取る多くの学生の姿が目に入った。
大抵は食堂のメニューを注文しており、ルトやアロンの様な弁当持参組は少数の様であった。
「さて、どこ座るか」
「うーん、あそことか?」
言って、ルトは最も端に位置する4人用の小さな丸テーブルを指差した。
食堂の受け取り口から遠く、中々に人気の無さそうなテーブルだ。
アロンはそちらへと目を向けると、頷き了承の意を示した。
移動し、向かい合って座る。
次いで、鞄を漁り、ルトは紙に包まれた安物のパンを、アロンは柔らかそうなパンと、一片の干し肉を取り出した。
「え、ルトまさかそれだけなのか?」
「……うん。いつもなら干し肉を持ってきたりするんだけど、実は昨日唯一の武器の短剣が折れちゃってさ。新しい短剣を買う為に少しでも節約をしなくちゃいけないんだよね」
言って、ルトはアハハと何とも言えない笑みを浮かべる。
「まじか〜そりゃキツイわなぁ」
想像したのかアロンは小さく顔を歪める。
そしてすぐに、何かを思いついたのか、ハッとした表情を浮かべると、
「あ、そうだ! ならさ、明日からパンじゃなくて干し肉でも持ってこいよ!」
「……え、いやでも」
話がよくわからなかった。
確かにパンと干し肉の値段に大きな差はない為、どちらを持ってきても、金銭的に問題はない。
しかし、現状あまり食事の摂れないルトにとっては、同じ値段でも量があり、腹持ちが良い方が良い。だからこそ、あまり量のない干し肉を諦め、固いパンを食らっているのだ。
怪訝な表情を浮かべるルト。そんな彼の考えがアロンにも理解できたのだろう。
アロンはウンウンと頷くと、グッと笑みを作り、高らかに声を上げた。
「パンなら、俺が用意してやるからさ!」
「え……いやいや! いくら何でもそれはアロンに悪いよ!」
「大丈夫、大丈夫! 正確には用意してるのは、俺じゃなくて母親なんだけどさ。毎日朝学校前に焼いて渡してくれる訳よ。だから何個か多目に焼いてくれるように頼んどくわ!」
「流石にそれは悪いんじゃ……」
「なーに、問題ないさ! きっと、喜んで作ってくれると思うぜ!」
「いや、でも……」
アロンは庶民の出だ。きっと、そこまで裕福な家庭ではないだろう。
だからこそ、パン1つをとっても、貴重でそう簡単に他人に与えられるものではない筈なのだ。
だからと、ルトが中々首を縦に振らないでいると、アロンが少し真面目な表情を浮かべ、
「……この前ルトと知り合った時の事を親に話したらさ、泣いて喜んでくれたんだよ。アロンにやっと友人ができたーってな。大げさだよな、全く」
「……良い親御さんだね」
「おう! んでそん時に言ってたんだよ。もし友達に何かあったら、助けてあげなよってさ! だからよ、仲良くなったお礼……ってのも変だけどさ、とにかく受け取ってくれよ」
遠慮はある種の美徳だとルトは考えている。しかし、ここで遠慮するのは、何か違うと思った。
「わかった。じゃあ、頂く事にするよ」
「おう! 基本、昼はここだよな?」
「火曜日以外はここで食べるよ」
「なら火曜以外はこの丸テーブル周辺に集合でどうだ?」
「うん、わかった」
「よっしゃ! 決まりだな!」
アロンがどこか嬉しそうに笑う。そしてさてと、と話を続けた。
「とりあえず飯にしようぜ! ……っと、その前に……」
数個あるパン、そして大きめの干し肉をそれぞれ半分にわける。
「ほら、今日はこれやるよ」
言って、学園の盆に乗せルトへと差し出した。
躊躇おうとするルト。しかしすぐにそれを察したアロンは、
「遠慮しなくても良いぜ、だって友達だからな!」
「……ありがとう。じゃあ、いただきます」
言って、1つを手にとり、アロンが一口齧ったのを目にすると、同じようにガブリとかぶりついた。
抵抗少なく噛み切れ、口内に小麦の香りが広がる。
「……美味しい」
思わず声を漏らす。
それが本心だとわかったのだろう。アロンは嬉しそうに笑うと、
「だろ? うちの親が作るパンは、貴族が食ってる奴よりも美味いんだぜ」
「うん、僕もそう思う」
「だろ?」
正直貴族の食べているものがどんなものか、ルトにはわからない。
しかし、このパンから感じられる暖かさは、きっとどんなに高級なパン屋でさえも生み出すことはできないだろう。
そう、漠然と思った。
と、その後雑談を交えながら食事をしていると、不意にアロンがハッとした表情を浮かべた。
「あ、そうだ」
「…………?」
「今日2限の講義受けてる時に、近くの奴の話し声が聞こえてきてさ」
「うん」
「で、その中にルトの話題があったんだよ」
「…………え!? ど、どんな内容?」
「いや、何か噂が流れてるらしいんだが、内容を聞いていると、流石に非現実的過ぎるというか。まぁ多分誰かが流した嘘だとは思うんだが……」
「うんうん」
「……ルトが最近、あの『天使』ルティアちゃんと──」
と。
「あら……? ルトさんではありませんか!」
突然、そんな声が聞こえた。
パッと振り返ると、そこには何やらバスケットを手に持ち、パッと明るい表情を浮かべるルティアの姿があった。
「あ、こんにちは、ルティアさん」
ルトが微笑む。すると、ルティアがたったったっと早足で近づいてきた。
「こんにちは、ルトさん! ……ふふっ、先程の講義振りですわね」
言って、首を傾げにっこりと笑う。
そんな2人の姿を見て、アロンがあんぐりと口を開けていた。
「ルティアちゃんが……え? ルトさんって、え……!?」
そしてそのままバッバっと2人の顔を見比べる。
「あ……申し訳ございません。もしかしてお邪魔でしたか?」
「い、いえいえ……! とんでも御座いません! もう、どうぞ、お好きになさって下さい!」
言って、立ち上がり、椅子を両手で示した。
テンパり過ぎており、もはや普段のカッコ良さは無くなっていた。
「えっと……でしたら、昼食の方、ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
ルティアが微笑む。
「ええ! もう、勿論大歓迎ですよ! なぁ、ルト! そうだよな!」
「え? うん、勿論」
「ありがとうございます。では、失礼致しますわ」
言って、ルティアが椅子へと腰掛けた。
ざわめく食堂内。
そんな中で、慣れが生じたのかいつも通りのルト、どこか楽しそうに微笑むルティア、緊張かパニックか、ガチガチで汗がタラタラと垂れているアロンという、様相の違う3人の食事会が急遽始まった。
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