第3話 天使と呼ばれる少女

「……っと、そうこうしている内に、ほら何やら動きがありそうだぜ」


 ハッとした表情を浮かべると、アロンは手を離し、対峙する少年少女の方へと身体を向けた。


「あ、本当だ」


 ルトもそれに続いて向きを変える。


 状況は、先程に比べ大きく変化していた。


 というのも、イグザの方は直立していた先程とは違い、片膝を立てて手を差し出す体制へと変化しており、対するルティアの方は、イグザとの距離を詰め、彼の目の前へと立っていたのである。


 態勢を見るに、恐らくルトとアロンが小声で会話をしている最中に、イグザが更なる愛の言葉を口にし、ルティアがそれに何か返事をする寸前のようだ。


「……これ、どうなるのかな」


 ポツリとルトが言葉を漏らす。


 1年で最も有名で人気のあるルティア。

 そんな彼女がどちらを選んだとしても、大きな話題となる事は間違いないだろう。


 そんなルトの呟きを受け、アロンは腕を組みうーんと唸ると、はっきりと口を開いた。


「いやー、2年の序列3位の実力者で、その上イケメンときたもんだ。遂にあの《撲殺天使》が落ちるかもしれないなぁ」


「ぼ、撲殺天使?」


 聞き慣れない、物騒な言葉が耳に入り、ルトは思わず聞き返す。


「そ。撲り殺すが如く、告白してきた男を振り続けているから、撲殺天使。特に男の間で密かに囁かれている彼女のあだ名のようなもんだな」


 それにしても随分と物騒な名前である。

 もう少し、何とかならなかったのだろうか。


「最初にそのあだ名を考えた人は、彼女に何か恨みでもあるのかな……」


「……かもしれねーな。……なんか一時期殺戮天使なんて呼ばれていた時期もあったし」


 2人は何だか闇を見た気がして、何とも言えない表情を浮かべるとアハハと苦笑いをした。


 と、そう談笑を交えながらも真剣に2人の動向へと注目していると、遂にルティアが動いた。


 彼女は、その大きな双眸そうぼうでイグザの目を見つめると、小さく頭を下げ、上品に一言口にした。


「お断りしますわ」


 と。

 イグザの肩が揺れ、野次馬がワッと湧き上がる。


 そんな野次馬に混じって事の顛末を見届けていたルトとアロンは、驚いた表情を浮かべていた。


「……いや、まさか断るとはな」


 アロンが2人の姿を目に収めながら、苦笑いを浮かべる。

 彼は、本当に今回こそルティアが落ちるとそう思っていたのだろう。

 その瞳には、ただただ信じられないといった様子がありありと映っていた。


「……イグザ先輩ですら断られる。そんな彼女を落とせる人間なんているのかよ」


 一人、アロンはポツリと言葉を漏らす。


「…………」


 その横で、ルトは口を開かずじっと2人の姿を──正確にはルティアの姿を見つめていた。


「……何故だ」


 視線の先。野次馬達がザワザワと騒ぎ立てる中、片膝をついた状態で、イグザは肩をフルフルと震わせながら、小さくそう口にする。

 そして怒りが頂点に達したのか、すぐに立ち上がると、


「何故だ! 俺は、2年の序列3位だぞ? 間違い無く、上位の術師団へ入団できるだけの力を持った男だぞ? 将来が強く約束されてんだ! なのに何故断るッ! ルティア・ティフィラムッ!!!!」


 と、強く激昂した。


 そんな様子を目に収めながら、イグザと同様の疑問をルトも抱いていた。


 この世は強者がモテる。

 それは強ければ将来が約束されている上に、卒業後もなに不自由のない生活を送る事ができる為である。

 だからこそ、基本的に世の女性は、強く力のある術師団員や、学園の人間、その中でも上位に位置する者達に惹かれ、恋をする。


 それが、常識だ。


 だがそんな常識も、『天使』には通用しないらしく……。

 ルティアは静かに、しかし力のこもった声色でもって、それを口にした。


「──振られて最初に発する言葉が自身の戦闘力のことですか。…………確かに、この世界においては戦闘力が何よりも重視されますし、それを前面に押し出すのもおかしな事ではないと思います。しかし残念ながら、私という人間は、戦闘力でしか自身の価値を表現できないような方に心が靡くことはございませんので」


 そして一拍置き、まるで今まで何度も体験してきたかのようなうんざりした表情で、小さく溜息を吐くと、言葉を続けた。


「告白の言葉が自分は強いから……なんて。戦闘力を誇示するだけなら……そんなの魔物でもできますわ」


「…………ッ!」


「……この話はもうおしまいです。では、イグザ先輩。女性を落とす術を磨いてからまたおいでください」


 そう一言、ある意味では冷たい言葉を残すと、美しい金色の髪を翻し、校舎の方へと歩いていった。


 残されたイグザは、拳を強く握るとワナワナと震えていた。

 しかし、彼にもまだ理性はあった様で、ルティアに手を上げるようなことはしなかった。

 そんな事をすれば、自身の約束された将来すら失ってしまうという事を、知っていたからだ。


 野次馬が、一人また一人とその場を去っていく。

 このまま残っていたら、とばっちりを食らう可能性がある。

 だからこそ、早めに退散しようという算段だろう。


「なあ、俺らも行こうぜ!」


 アロンが声を上げる。


「……えっ!? あ、うん……」


 ルトは、もう少し残りたいという気もあったが、確かにとばっちりを受けるのは嫌な為、アロンの後に続きその場を離れる事にした。


 ──ポツリと一人立ち尽くすイグザと、堂々と校舎に向かうルティア。


 アロンに連れられ校舎へと向かう中で、ルトは前者に同情をし、同時に後者の事を、強く『美しい』と、そう感じていた。

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