第七章 集う猛者たち 5



 あまりの人の多さに途中で馬車が通行不能に陥り、歩きとなった。

 道を行く人々は当然観戦目的の者ばかりで、押し合いへしあいしながら、時に罵声をぶつけ合っている。

「馬鹿野郎! 足踏むんじゃねぇ!」

「ハッ、石ころかと思ったちまったぜ! んなとこ突っ立ってるお前が悪いんだろが」

 沸点の低い連中が多いようで、乱闘騒ぎに何度も遭遇した。フロルに買わせたポップコーンは雑踏の中でほとんど食べることもできず、やっとの思いで闘技場にたどり着いた時にはカップの底にたった二個残っているだけで他は道にぶちまけて来たようだった。

 昨日と同様に、ジョージは選手専用の五番ゲートから入場した。ハンクとフロルは選手関係者という扱いで優先的に入場でき、フィールドに近い席を獲得した。

 選手控室と観客席とで別れる前に、ジョージは青龍の剣をハンクに預けた。使う予定のない剣を腰に提げていても動きに支障が出る。試合の相棒は不知火だ。

 フロルからは風晶石も預かると申し出があったが、ジョージは固辞した。カール王から言い渡された「肌身は出さず手元に置け」という指示は、今やジョージにとって自然なものとなっている。背中にないと軽くて落ち着かない。とは言え、リュックを背負って試合に出るわけにもいかないので、ジョージはフロルのボディバッグを借りた。小さいし背中に密着するのでさほど邪魔にもならないだろう。

 試合のルールは、基本的にいかなる攻撃手段も許可するが、生命を侵害する恐れのある一切の行為を禁止、特に頭部及び胸部への攻撃は格闘打撃のみ認めるというものだった。最低限の安全性に配慮した形だ。ジョージは素手もしくは不知火を納刀したままで戦うつもりである。控室に入ったジョージは、不知火が鞘から抜けないように紐で縛っておいた。

「パーキンソン選手」

 控室の外からジョージを呼ぶ声。

「準備をお願いします」

 よっし、いっちょやったるか! 剣士の性だろうか、世界の猛者たちの戦えるということに胸を弾ませていることは、先日あれだけ恥ずかしい啖呵を切っただけに、フロルには内緒だった。

 

 一回戦第一試合、ジョージ・パーキンソン(カール)対サーバイン・ユーヴァ(レオ)。いきなりジョージの出番だ。

 約四万人からの歓声は、まるで地鳴りのようだった。

 唖然として周囲を見回していたジョージは試合開始の合図を完璧に聞き逃し、気づいた時にはサーバインの拳を顎に食らいってぐるぐると縦回転しながら宙を舞っていた。ウォォォ! と歓声とどよめきの入り混じったものが闘技場を震わせる。

 回転に体を預けつつ、ジョージは頬を張って気合を入れ直した。目標は優勝。そのためには目の前の一戦一戦を勝ち進んでいく以外にないのだ。ペース配分だの余力を残してだの、小難しことを考えながらだとかえって疲れそうなので、目の前の一戦だけを考える。

 眼下で砂煙が上がった。ジョージを追って、剣を抜いたサーバインが距離を詰める。空中で体勢の整わないジョージへ追撃する狙いだ。

 ジョージはサーバインの斬撃を冷静にかわし、逆に彼の足首を掴んでフィールドに投げ返した。

『さぁ、ついに第六十三回リアシー武闘大会が幕を開けました! 実況は私セデム・カッツ。解説には第六十一回大会覇者レイノス・ヴァーリースさんをお招きしております。さてヴァーリースさん、記念すべき大会初戦、ユーヴァ選手が先制攻撃を決め優位に立ったかと思われましたが、すかさずパーキンソン選手の豪快な投げも決まりましたね』

『ユーヴァ選手の強烈な一撃を、パーキンソン選手はわずかに打点をずらして脳へのダメージを軽減したようだ』

 拡声呪文による実況と解説が会場を熱狂させる。テンション高めの実況カッツと、重低音の落ち着いた解説ヴァーリースのでこぼこコンビである。

 打点なんかずらした覚えはなく思いっきり直撃だったのだが、解説通りの方が格好がつくのでジョージは解説者ヴァーリースに内心で賛辞を送った。

 よろよろと立ち上がるサーバイン。ジョージはそれ目がけて、上空から矢のように突進していった。弾き飛ばされたサーバインは観客席とフィールドを隔てる第一魔法障壁に激突し、ぐったりとへたり込んだ。

『パーキンソン選手は上手く太陽を背にして攻撃を仕掛けていった。ユーヴァ選手はパーキンソン選手の急接近に気づけなかったのだろう』

 サーバインはぴくりとも動かずカウントが過ぎ、初戦はジョージの勝利で幕を閉じた。すっかりのびてしまったサーバインは担架で運ばれていった。

 観客席に向かうと、ハンクが手を振りながら呼んでいる。ジョージも片手を挙げて応じた。

ハンクは少し横に詰め、ジョージが座るスペースを空けてくれた。

「お疲れ~」

「はん! あれくらいで疲れてられるかっての!」

 ハンクの背中をどつくと、

「いって!」

と、素のうめきが漏れた。

「ちょっと! 馬鹿力は試合だけにしとけって。一般人ぶっ壊す気か」

「わりーわりー、試合後なもんで加減が狂った」

 全くもう、とハンクは肩をすくめた。

「さすがだな、瞬殺だったじゃないか」

 フロルは澄まし顔だが、普段より口角が上がっているように見えた。

「最初に一発もらっちまったけどな。油断した」

 経験したことのない群衆に囲まれ、冒頭こそ雰囲気に呑まれかけた。だが一戦やって慣れた。いや、慣れたというより気にならなくなった。ひとたび対戦相手に集中すれば、群衆などただの背景と化すことを知ったからだ。

「次は……」

 大丈夫、と言うつもりが、大音響の盛り上がりに掻き消された。第二試合の選手が入場したのだ。

 ネロ・グリファン(リアシー)対ルゴラス・ガンドール(オーングス)。熊のごとく巨漢のネロが丸太のような鉄こん棒を担ぎ、細身のルゴラスを見下ろしている。トーナメント表では二人のどちらかが次のジョージの対戦相手だ。

 ネロが自国選手であるためか、彼の攻撃が入るたびに爆発するような拍手が巻き起こり、逆に攻撃を食らうたびに「あぁ!」の合唱が起きた。カッツの実況とヴァーリースの解説もネロ寄りだ。

『ガンドール選手、相当ダメージが蓄積しているのか、足が動かなくなってきました。棒立ちです! グリファン選手はまだまだ余力があるでしょう! チャンスです!』

 いけ! そこだ! とでも言わんばかりである。

『グリファン選手は我が国でも怪力無双で知られている。ガンドール選手が展開している魔法の盾を、じきに突破するだろう』

 怪力無双の名はだてではなく、大人三人がかりでも運べなそうな鉄こん棒をまるで木の枝のようにやすやすと振り回している。あれをもろに食らったら果物を潰したようにぐちゃっとなりそうだ。できれば戦いたくないので、ジョージはルゴラスの逆転を願っていた。

 ヴァーリースの予想に反してルゴラスの魔法の盾は一向に破れなかった。さすがのネロにも疲労の色がにじむ。

 攻撃の合間の一瞬の隙を突いてルゴラスが動いた。腰から二本の短剣を抜き放つ。ネロの両腕を鋭い刃が貫き、鮮血が迸った。苦悶の表情と共に手からこぼれた鉄こん棒が、ずどんとフィールドに埋まる。衝撃で地震のように闘技場が揺れた。

 すかさずルゴラスがネロの顔面に膝蹴りを浴びせ、ネロの巨体は鼻血を噴きながら仰向けに沈んだ。三本目の短剣がネロの首筋ぎりぎりに突き立てられたところで、審判がルゴラスの勝利を宣言した。

 第三試合はマチルダ・アクール(モリアーティー)対ガルシア・マクドナルド(ゴスペル)である。マチルダは胸当て、肩当て、篭手からなる銀色の軽鎧に身を包んでいた。

『今大会の紅一点、アクール選手はモリアーティー公国の監官級将軍であるという情報が入っております』

 試合は瞬きする間に終わった。開始直後、マチルダはガルシアの背後に一瞬で回り込み、対戦相手を見失って慌てているガルシアの頭を掴んで、フィールドに叩きつけたのだ。

 ガルシアの上半身は地面に深々と突き刺さっていて、下半身がまるでネギのように飛び出している。マチルダは腰の剣を抜くと、容赦なくガルシアの股間に振り下ろした。せめてもの情けのつもりか、股間を打ったのは剣の腹だった。もしも刃だったら生命を侵害してはならないという規定に抵触していたところである。運よく命が無事でも男性としての生命線は間違いなく死ぬ。

 うわあ……。

 見ているこっちがヒュンとなった。ハンクも自分の股間を押さえて目尻をぴくぴくさせていた。観客席は男性の割合の方がずっと多いからか、さっきまでの喧噪はどこへらという状況だ。

 ガルシアは足をピーンと伸ばし、やがて膝が力なく折れた。カウントが終わるや救護班が駆けつけ、泡を吹いたガルシアを引っこ抜いて運んで行った。

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