第五章 五つの秘宝 4

「水晶石は五つの秘宝の一つですか」

 背中に嫌な汗がにじむ。

「その通りだ。五つの秘宝はルチフェルの肉体その物であり、安易には扱えぬ。そこで、世界に五ヶ所ある聖域にそれぞれ安置されることとなったのだ。水晶石は聖域の一つ、キュベレ山山頂、白烏の森に……」

「水晶石は黒いマントの男に持ち去られました! 先生と追いかけたけど、まだ奴が持っている!」

 ジョージはたまらず叫んだ。

 事情は分かった。自分たちが何を守っていたのかも知った。そして何を奪われたのか思い知らされた。

 奪われたのは、世界の脅威だ。千年前の災厄の元凶、冥王ルチフェルの断片だ。

「マントの男はルチフェルの部下か!? 水晶石を使ってルチフェルを復活させるつもりなんだ!」

 冥王ルチフェルがどこまでの存在であるかは想像がつかない。しかし、戦鬼のことは知っている。カール軍の精鋭十人でようやく一体と同等の戦力だ。パック流剣士なら一人でも数体は相手にできるが、いずれも単発の野良戦鬼の話である。戦鬼が軍勢となって一気呵成に押し寄せてきた時、プレーリー村がどこまで耐えられるか。ましてやグロイスなどどうなる。個の武で戦鬼と渡り合える人間はドゥーレムだけだ。

 ジョージの脳裏に浮かんだのは幼馴染の姿だった。冥王の復活を許し、戦鬼軍がグロイスに攻め入るような事態になれば、キユリが戦火に巻き込まれる。

 オレのせいだ。ジョージは唇を噛んだ。

 最初にマントの男と遭遇したのはオレだ。オレがあの時倒せていれば。

 背中に仕込まれた転移魔法陣に気づいていれば、奴を白烏の森に招き入れることにはならなかった。

 二度目の戦いで、せめて先生が戦線復帰できるまでの間、オレが食い止めていれば。

 そしてキュベレ山の戦い。三度目の正直でマントの男を倒さなければならなかったのに。

 オレのせいで、キユリが危険な目に遭う。すでに一度殺されかけたのに、まただ。噛んだ唇から鉄の味が沁みてきた。

「王様、オレはマントの男を追います。先生の仇を討って、水晶石も取り戻します。どこに行けばいいですか!」

 ジョージは立ち上がり、玉座のヴィクティーリアに向かって階段に一歩足をかけた。

「……マントの男とやらは君の師パック・オルタナが敗北した相手だ。勝算はあるのか。勇気は結構だが、無謀を後押しすることはできぬぞ」

 この言い方は、マントの男の行き先に心当たりがある言い方だ。だが、「パックよりも弱いジョージには期待できない、無謀な子どもは引っ込んでいろ」と、ヴィクティーリアは言外にこう言っているのだ。

 水を差されて不愉快にならないはずがなかった。あんたに挫かれる筋合いはない。こんな所でオレは折れない。

 先生は言った。ここからはオレの戦いなんだから。

 ジョージは何度も読み直してボロボロになった「じょーじへ」の手紙を引っ張り出した。ヴィクティーリアは怪訝そうな表情を浮かべた。

「先生はオレにも手紙を遺してくれました。剣の練習メニューです。もっと修業を積んで、マントの男に会うまでに強くなる」

「バグマン軍監!」

 不意打ちのようにヴィクティーリアが声を張って呼ばわると、

「はっ!」

 玉座の間の扉の開く音がしたかと思うと、いつの間にか隣にドゥーレムが片膝をついていた。

「そこまで言うならジョージ・パーキンソン、バグマン軍監と手合わせをせよ。バグマン軍監にも勝てぬようでは君にマントの男を追わせるわけにはいかない。軍監は強いぞ。殺す気で向かうがいい。心配せずともこの男は殺しても死なぬ」

 何しろ、とヴィクティーリアは挑むような目つきになった。

「バグマン軍監は君と同じ、パック流の剣士だ」

 言い添えられた新事実に耳を疑って言葉を失うジョージを尻目に、ヴィクティーリアはドゥーレムに指示を出した。

「パーキンソン君を殺せ」

 指示は単純明快。ドゥーレムに細かい事情を説明しても無駄であることは誰もが知るところだった。

「御意」

 ドゥーレムは条件反射のように短く応じた。


 グロイス・ウォール外縁部に塀で囲われた軍用施設がある。普段は練兵所として使われており、新兵は教育隊で血の汗をかくほどしごかれるし、守備隊に配属された後も隊員たちはローテーションで訓練に励む。

 練兵所のグラウンドにはドゥーレムの他、ジョージ、ヴィクティーリア、そして業務の空いている第一守備隊のメンバーが集まっていた。隊にも声をかけたのは隊長ドゥーレムである。せっかくだから見学に来いという名目だ。パック流剣士同士の試合など、プレーリー村出身ではない彼らにとってはまず見る機会がない。この試合が少しでも部隊のレベルアップに繋がればと期待を込めての招集だ。

 プレーリー村にいたころのドゥーレムは、師匠パック・オルタナ、二番手ラーラルド・パーキンソンに次いで、三番目の実力者として名を馳せた。ちなみにドゥーレムの下にはカラハリ・ローランが続く。やがてラーラルドがグランドウッドで失踪というにわかには信じがたい事件が起き、ドゥーレムは自動的に二番手に繰り上がった。

 ドゥーレムはグロイスに上り、軍に入隊したので、プレーリー村はパックとカラハリの二枚看板になったと思っていた。パックとカラハリの実力差は天と地ほどもあるが、ドゥーレムの知る限りカラハリとその下の剣士との差も相当なものだったから、二枚看板を挙げるとなるとカラハリしかいない。

 ドゥーレムはカラハリには絶対に負けない自信がある。だが、カラハリの実力も認めるところではあった。そんじょそこらの奴らには決して負けない男だ。

 しかし、最近久しぶりにパックと会った時のことである。パックは新しい剣を鍛えるためにグロイスに訪れていた。聞けば、現在二番目の椅子に座っているのはジョージだという。

 誰だそれは。

 必死に記憶を手繰った末に脳みその片隅に引っかかっていたのは、ラーラルドの腕の中で怪獣のように大泣きしている赤ん坊の姿だった。剣を握ればパックとも対等に渡り合えるラーラルドともあろう男が、生まれたばかりの赤ん坊相手に弱り果ててしまい、なす術なく妻サラにパスしていた。サラの腕に包まれた赤ん坊は、今までの怪獣ぶりが嘘のように泣き止み、まるで天使のような寝顔を披露した。「何でだよ……」とげっそりした顔で不満を絞り出すラーラルドに、一同爆笑した記憶がある。

 あの時の赤ん坊が、今ドゥーレムに対峙している。パックが鍛えていたのは、彼のための剣だったのだ。

 ドゥーレムはまず目で気迫をぶつける。並みの相手ならこれだけで怯む。心が怯めば体がこわばる。

「ルールは?」

 ジョージは変わらない調子で質問した。ドゥーレムは苦笑した。さすがに並みの相手ではないらしい。

「いつものに決まっとる」

 いつもの手合わせルール。パック流剣士の手合わせは何でもありだ。奥義を使おうが、広域殲滅呪文をぶっ放そうが、目潰し金的も許される。あえてルールを挙げるとすれば「死んではならない」だ。奥義を食らおうが、殲滅呪文を浴びようが、金玉を潰されようが、決して死んではならない。

「かかって来いやぁぁぁああ!」

 ドゥーレムは愛剣・夢現を右上段に構え、先手必勝と突っ込んでいった。


 かかって来いと言いつつ突っ込んでくるという物凄い矛盾に面食らいながらも、ジョージも遅れること一瞬、突進していった。構えはやはり右上段。ドゥーレムと同じくパック流奥義、華断煉撃の構えである。

 パック流奥義同士の衝突は、衝突の爆心地を中心にグラウンドをすり鉢状に抉り、レンガ造りの練兵所施設をも吹き飛ばした。

 巻き起こった砂塵の中から煌めく刃が迫る。ジョージは視界不良の中、勘と反射を頼りにドゥーレムの猛攻をいなしていった。

「ぬおおおお! なぜ避けるんじゃー!! 食らわんか!!」

と意味不明な咆哮が鼓膜を震わせる。

「避けるに決まってんだろ!? 死ぬわ!」

 ジョージも反撃に転じた。みじん切りにしてやる。

―パック流奥義 散華旋舞―

 斬撃の竜巻が砂煙を吹き飛ばした。

 高速回転する歯車に棒を突っ込んだような断続的な金属音が響く。ドゥーレムが斬撃の嵐を夢現一本で防いでいる。

「やるのぉ! 奥義も使えるのか!」

 距離を取ったドゥーレムは随分と楽しそうだ。しかし目は一層ギラギラしている。

「呪文の腕も見せてみぃ!」

 ドゥーレムの周りに渦巻く光球が五つ出現した。

暴風の弾頭スピラエ・ヤクラティオー・ウェントルム

 放たれたのは螺旋状の風のミサイルだ。

 剣一本が基本装備のパック流剣士にとって、飛び道具への対策は重要で、訓練は入念になされている。

 ジョージは目にも留まらぬスピードで剣を振るい、五発全てを弾き飛ばしてみせた。

 弾いた「暴風の弾頭」は後方へと流れていき、螺旋状の弾痕と共に厚さ五メートル強のグロイス・ウォールを貫いた。あぁ! とドゥーレムの部下の嘆きが聞こえた。

「おい、呪文はどうした」

 ドゥーレムの眉間にしわが寄っている。納得いかない様子だ。

「そんな顔されてもオレ呪文使えねぇし」

 ジョージは地面を蹴り、一気に距離を詰めた。袈裟斬りに不知火を振るが、ドゥーレムは左の手のひらで止めた。一見素手だが、「魔法の盾」の呪文を展開しているのだ。ドゥーレムはそのまま力任せに不知火を押し返した。

「は? 嘘だろ、お前パック流剣士じゃろうがい。パック流が魔法使えんでどうするか!」

 わずかにジョージの体勢が崩れたのを見逃さず、ドゥーレムの手が腹に伸びる。

「魔技はどうだ!? 呪文が使えんでも魔技くらいは……」

 魔導砲の爆発音が轟く。ゼロ距離で魔導砲の直撃を受けたジョージは煙を引きながら吹き飛んでいき、グロイス・ウォールにめり込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます