第五章 五つの秘宝 3

 ……聖域……水晶石……秘宝。ジョージは反芻する。どれも今初めて聞かされた。いきなり壮大になった話に眩暈がした。ガッドやパックがそういう込み入った話を教えておかなかったのは眩暈防止のためだったのだろうか。「大事なので守れ」というだけの方がとりあえず分かりやすい。

「水晶石の行方はいかがした」

 ヴィクティーリアの事務的な口調に、問われたジョージの心に反発がもたげた。

「先生のことは聞かねぇ……ないんですね」

 聞かねぇんだな、と吐き捨てるのをぎりぎりで堪えた。我ながら大人になったものだ。

 パックが水晶石を追っていたことをヴィクティーリアは知っていた。「手紙には君とオルタナ殿が奪還に向かったと記してある」と彼は確かに言ったからだ。

 秘宝がどれだけ大事か知らないが、まず心配すべきは物より人ではないか。

 パックはこの場にいない。ドゥーレムもパックのことは聞いてこなかった。オレなんかただのおまけなのに。ただの足手まといだったのに。パックがこの場にいないのを見てあんたは何を感じている。

 なぜここにいるはずだった先生を気にかけてくれない! 国の秘宝を追って散った先生を!

「先生とは? オルタナ殿か?」

「そうだ。オレの剣の先生で……」

 その先はつっかえてしまった。小さいころから面倒を見てくれて、世界一強い尊敬する師だ、と続けるつもりだったのに、こみ上げるものが邪魔をした。歯がゆくて仕方がない。

「すまぬ。聞けば君を辛くさせると思った」

 そんな気遣いは余計だ。聞かれるべきことを聞かれない方が気に障る。

「オルタナ殿の件については、すぐに捜索隊を派遣する。我が国の使命に殉じた英雄として、丁重に葬らせて頂きたい。弟子たる君にも大変な苦労をかけた。王として、国を代表し礼を言う」

 ヴィクティーリアはおもむろに玉座から立ち上がると階段を降り、ジョージと同じ高さに立った。そして腰に届きそうな勢いで頭を下げる。

 まさか国王の後頭部を見下ろす形になるとは夢にも思っていなかったジョージは目を白黒させた。「あの……いや、止めてくれ……ください」とうろたえるばかりだ。

 ヴィクティーリアは玉座に戻り、ジョージとしては怒りはしぼんものの、どうしても引っかかる言葉があった。

「あの。先生は『国の使命に殉じた』ってことになるんですか。確かにご神体……水晶石だっけ、それを守ってたけど、国のためだから戦ってたのかっつーとなんか違う感じがします。そんな話一度も聞いたことないし。それに……」

 ……それに、先生がオレを連れて村を出たのは、水晶石を取り戻すことが目的だったのだろうか。

 ヴィクティーリアの言葉に引っかかった原因はこの違和感だ。マントの男を追ったのは、果たして水晶石のためだったのだろうか。本気で取り戻すならジョージを連れていくとはどうしても思えない。魔法囮なんかに魔力や魔法力を振り分けるヒマがあるなら全力で戦った方が良かったはずだ。パックは盗まれたご神体の正体が国の秘宝だということを伝えもせず、ただマントの男の顔をオレの記憶に刻み込んだだけだった。

 だが、だとすれば何のためにパックが戦って散ったのか分からなくなる。無駄死に、という単語が頭をよぎり、んなわけがあるかとジョージは唇を噛んだ。そんな単語の中に先生を貶めるなどありえない。

「オルタナ殿の真意がどうあれ、結果的に彼が我が国の意志に殉じたことは確かだ」

と、ヴィクティーリアはジョージの葛藤を読み取ったらしく、ジョージに優しく声をかけた。

「君には水晶石が何物であるか、話した方が良いだろう。少し長くなる、座るが良い」

 ジョージは左右に視線を走らせたが、手ごろな椅子が見当たらなかったので絨毯に直接あぐらをかいた。

「まず確認だが、『ルチフェル戦役』については知っておるだろう」

 ジョージは必死に記憶を辿った。歴史の授業で出てきたような……出てきてないような?

 ヴィクティーリアの眉間にしわが寄った。

「城への不法侵入の件、不問に付すつもりだったが、どうしたものかな……」

「わー! 知ってます知ってます!」

 歴史の授業で出てきた、に天秤が傾いた。というより皿を指で押して傾けた。「名前くらいは」と小声で付け加えることで罪悪感をごまかす。ヴィクティーリアはいたずらっぽく笑った。

「冗談だ」

 冗談ならもっと冗談らしく言ってくれ。てかあんた冗談言うキャラでもねぇだろ。真面目そうなツラして。

「プレーリー村の就学率は百パーセントに近いと聞く。村の規模感のおかげもあろうが、見事なものである。村全体で子どもたちを育てる環境が構築されているのであろうな。グロイスの就学率は五十パーセントほどだ。教育格差の問題をどうにかせねばならぬと常々頭を悩ませておる。ルチフェル戦役は、学校で歴史を学んでおれば必ず出てくる。君は名前くらいしか知らぬと言うが、グロイスの子どもは名前すら知らぬ者も多かろう」

 ヴィクティーリアの言う通り、プレーリー村の同年代で学校に通っていない子はいなかった。ジョージも村長ガッドとアールンクル家から学費の援助を受けており、かつそれを引け目に感じることもなく学校に通えていた。少しくらい引け目に感じていれば居眠り常習犯にならなかったかもしれない。

「ルチフェル戦役は今から約千年前に勃発した。オードヴィアの悪しき魔法使いが召喚した冥王ルチフェルと、人間・エルフ連合軍の熾烈な戦いであったと伝えられている」

「待って、いきなり情報が多い」

 単語が脳みそを上滑りする。オードヴィア、冥王、連合軍……。

「オードヴィアとはかつて存在していた古代都市だ。現在は遺跡になっておる。要するに、悪の魔法使いが超強い召喚獣を使役して世界征服に乗り出したので、人間とエルフが手を結び対抗したということだ」

 ヴィクティーリアは粘り強く語った。

「冥王ルチフェルはその強大な冥力で異形の生物を創造し、軍隊として従えた。今も世界に存在する魔物や魔獣の類はルチフェルが生み出した異形の生物の子孫だ」

 グランドウッドにもたまに魔物は出現するので、ジョージはよく知っていた。魔物の代表格は「戦鬼」である。身の丈は二メートルほど。全身が強靭な筋肉で覆われており並みの剣は通らない。醜悪な豚のような顔貌と錆びついた三日月刀が特徴である。プレーリー村ではパック流剣士が対応にあたることになっているが、戦鬼は戦鬼でコミュニティーを持っているし、脳みそ筋肉なりにも知性があるため、よほどのことがなければ人里に近づいてくることはない。こちらとしても戦鬼を駆逐するためだけにわざわざ森に分け入るような真似はしないので、相互不干渉を暗黙の前提に共存してきたと言える。

「対する連合軍の主力は魔法文明国ユネハスの戦士と、古代フェニックス文明のエルフたちであった」

 ユネハスはカール王国南方の大陸、正式には中央大陸の南西部を領土とする国である。ルチフェル戦役時代は中央大陸の北西部をも国土に含み、つまり大陸の西半分を支配する大国であった。古くから魔法技術に優れることで知られている。

「長き戦いの末に連合軍が冥王ルチフェルを討ち果たし世界に平和を取り戻した。というのが歴史の授業の話である。さて、ここから先は授業の範囲を逸脱する」

 ヴィクティーリアは玉座の背もたれに寄りかかった。

「戦況は冥王軍有利に進んでいた。当然だ。戦鬼一体を倒すために何人必要か。野良戦鬼一体を倒すために我が軍の十の精鋭が必要なのだ、それがルチフェル戦役期は統率された戦鬼『軍』として向かってきた。連合軍が押し込まれていったのも無理はない」

 人類皆がバグマン軍監のように屈強であったなら話は別だが、とヴィクティーリアは苦笑した。

 冗談じゃない。ドゥーレムみたいな奴ばかりなどどこの世紀末だ。

「戦局を打開したのはエルフが生み出した七つの武器だった」

 七つの武器を奮ったのは人間の戦士五人とエルフの魔法使い二人であった。彼らは冥王ルチフェルが居を構える聖地・天王山にたった七人で攻め入ったのである。数万をゆうに超える魔物や魔獣の軍勢を龍のような強さで突破し、ついにルチフェルを封印することに成功したという。

「封印? 倒したんじゃなくて?」

 どうせなら完全に滅してくれた方が後顧の憂いを絶てるというものだ。うっかり封印が破れたらおしまいじゃないか、というのがジョージの率直な感想だ。

「七つの武器の詳細も、七人の勇者の名前すらも今や伝わっていない。もちろん、なぜ彼らが封印という手段を選んだかもだ。ただ、恐らくはルチフェルの力が余りに強大であり、滅するまでに至らなかったからであろう」

 さて、とヴィクティーリアは息を継いだ。

「ルチフェルの魂魄は件の武器の力で聖地・天王山の山頂に厳重に封じられた。そしてルチフェルの肉体も五つの秘宝に込められて世界各地へばらばらに散った」

 五つの宝玉……。プレーリー村にあった水晶石、国が守る秘宝……。ようやく話が繋がってきた。

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