第五章 五つの秘宝 2

 目下の問題はこのじゃじゃ馬をどうするかである。乗馬技術のないジョージは、パックがやっていたのを思い出しながら適当に手綱を引いたり胴を踵で打ったりしてみたが、相変わらず絶好調で走り続けていたので何の意味もなかった。

 仕方ない、ぶん殴ってでも止めてやる。ジョージが握りこぶしの準備を始めたところ、

「そこの下着泥棒!」

 右側を別の馬が併走してきた。

「誰が下着泥棒だ!」

 反射的に抗弁した。

「いやどう見ても下着泥棒じゃん?」

 併走する馬の騎手がじゃじゃ馬の鞍を指差す。なんとブラジャーが引っかかっているではないか。

「巨乳好き?」

とブラジャーのサイズを考慮したからかいが追撃してくる。「結構太めが好みなんだね」と、ブラジャーの持ち主に対して割と失礼でもある。

「あーもーうっせぇ!」

 ジョージが慌てて引っかかりを外すと、どこかへひらひら飛んでいった。

 よし、これでオレは潔白だ! というか元々潔白だ!

「それよりハンク、この馬どうにかしてくれ」

 隣の馬の騎手はハンク・テイラーだった。ジョージを乗っけて暴走している馬は腐っても優秀な軍馬で、ハンクは追いすがるために全力で自分の馬を駆っている。いつまで併走していられるか分からないが、併走してくれている内に何とかしたい。

「殴ってでも止めろよ」

「発想がオレと同レベルだけど、お前それでいいのか?」

「人生の汚点だ」

 ハンクは心底嫌そうに顔をしかめた。

「じゃあ第二案、楓に乗り移れ」

 ハンクが指差す先、つまり左側に振り向くと、楓が涼しい顔で併走していた。いつの間に。

「面倒なことになる前に早く城に行け。バグマン将軍が単騎で帰還すれば、君が逃走したと誤解されかねない」

 競走を持ちかけてきたのは件の将軍様の方なので、逃走したなんてことにはならないと思ったが、相手があの馬鹿タヌキだと思うと心配になった。

 楓はジョージが乗り移りやすいように、ぎりぎりまで接近している。ジョージはまず楓の背に上半身を預けた。そして勢いをつけて腰を浮かせ、上半身を軸に下半身を回転させた。

 あ、タマが……。

 回転に勢いがつき過ぎた。楓の背中に股間が直撃する絵が頭に浮かぶ。ヒュンとしたが、さすがは楓だった。即座に姿勢を下げてジョージの股間にかかる衝撃を和らげてくれた。

 この先は道が分岐しており、楓は左を、ハンクとじゃじゃ馬は右に進路を取った。

「ハンク! 助かった!」

 離れていくハンクに届くように、ジョージは大声を張り上げた。

「また後で!」

とハンクの返事が聞こえた直後、楓は一気に速度を上げた。

 やっぱり馬はこいつがいい。吸い付くような感覚だ。まるで自分の足のように意思が伝わる。楓と一緒にいるのは今日でやっと三日目だが、長年付き合ってきた友のように感じた。



 遅ぇ。タヌキ将軍め、どこで油売ってんだ?

 楓は凄まじい速力をもってグロイス市街を駆け抜け、瞬く間に城門に到着していた。昨日は門番としてアグザスとベレスフォードの二人しかいなかったが、今日は第一守備隊総出で出迎えだった。鎧は身に着けておらず、紺色の戦闘服姿だ。ハンクが持っていた物と同じ所属章を全員が襟につけていた。同じものといってもハンクのは偽物なのだが、素人目には区別がつかない。多分兵士にもなかなか区別はつくまい。実際にアグザスは騙された。

 第一守備隊員全員が毛ツヤの良い軍馬にまたがっている。

「おい、お前。ちょっとその辺探してこいよ」

 ジョージは近くの兵士に言った。ジョージが到着してからすでに三十分である。

「迷子になってんじゃね?」

「何をおっしゃるパーキンソン殿」

 兵士は目尻にしわを作って笑った。

「カール城はグロイスのどこからでも見えますぞ。いくらなんでも迷うなどということは……いや待てよ、前にもあったな……」

 次の瞬間、二騎が離脱して市街地の方へ疾駆していった。

 十五分後、ドゥーレムが現れた。両脇を先ほど彼を探しに出た二騎が固めている。ドゥーレムは古い乳母車を肩に担いでいた。

「うぬーっ、わしの負けかい」

 物凄く悔しそうに地団駄を踏んでいるが、正直乳母車が場違い過ぎて他のことがどうでもよくなる。

 聞けば、競走していたら市民に声をかけられ、銀次という猫探しに付き合わされていたらしい。いなくなって五日目だった銀次は、工業地域の小さな町工場で気のいい職人たちにかわいがられていたそうだ。気を取り直して競走を再開すると、今度は老婆に話かけられた。歳も歳で生い先短く、家族に迷惑がかからないように物を整理しており、古い乳母車の貰い手を探しているということだった。くれるならもらおうということで担いできたドゥーレムだが、軍トップが廃品回収扱いである。

 顛末を聞いた部下の兵士もこめかみを押さえて首を振っていた。

「もう一度勝負せんか? 今度はジンの診療所まで」

 駄目だこいつ終わってる。ドゥーレムを連れ戻してきたばかりの兵士も死んだ魚のような目をしている。支離滅裂な上官を持った兵士を心底気の毒に思った。


 ジョージはドゥーレムと並んで門を通過した。昨日は変装したり偽の所属章をちらつかせたりと策を巡らせてやっとのことで突破した門を、周りを第一守備隊に囲まれながら我が物顔で通るのは有名人になったみたいで痛快だった。本当は有名人どころか罪人扱いの護送のはずなのだが、隣がドゥーレムだと深刻な雰囲気にはならない。

「んむぅ? わしが連れて来た馬どこやった?」

 ドゥーレムがようやく楓に気づいた。

「知るか。どっか突っ走ってったぞ」

「そうかそうか。まぁええわ。腹が減ったら帰ってくるやな」

 そんな取り留めのない会話をしながら芝生の中の道を進み、馬を降りてついにカール城へ入城した。

 第一守備隊に護送され、土足で踏むのがためらわれる赤絨毯の階段を上った。無骨な石壁を燭台が照らす。隠し通路はどこにあったのかな、ときょろきょろしている内に辿り着いたのは玉座の間の扉だった。昨日見張りの兵士二人を闇討ちした場所でもある。

「扉の向こうには国王陛下がいらっしゃる。いいか? くれぐれも粗相のないようにせにゃあならんぞ」

 ジョージにそう耳打ちすると、ドゥーレムは部下に扉を開けるよう指示を出した。重厚な音と共に扉が開いていく。

 部屋の最奥。玉座に深く腰を下ろし足を組んでいるのがカール王リースウェイ・ヴィクティーリアだった。左右それぞれ一列に並ぶ衛兵たちからじっとりとした視線を感じる。顔こそ正面を向いたまま動かないが、目は確かにこちらを向いている。見世物になったようで不快だった。ジョージはドゥーレムに付き従い、赤絨毯を歩いた。

 ジョージが想像していた王様という人種は、赤布に金糸をふんだんに使い、ついでに真っ白のファーもついた派手なローブを纏う小太りのじいさんだった。昔読んだ絵本の影響だろう。

 しかし、ジョージらの立つ赤絨毯より十段高いところに座るヴィクティーリアは四十歳前後といったところで、じいさんには程遠い風貌だった。黒を基調とした落ち着いたストライプスーツを着ている。すらりと手足が長く背も高い、紳士然とした佇まいである。

「陛下、ジョージ・パーキンソンをお連れしました」

 ドゥーレムは右膝をついて頭を下げた。

 んーと……粗相のないように、だろ。とりあえず土下座しときゃ間違いはねぇかな? ジョージはその場に正座すると、平たく平たく礼をした。

「バグマン軍監、ご苦労だった」

 ヴィクティーリアはゆったりとした口調で言った。ドゥーレムは「はっ!」と鋭く応じた。

「パーキンソン君、顔を上げなさい。ペール殿からの書状、確かに拝見した。ありがとう」

 あれ? 不法侵入で捕まったんじゃねぇの? お礼言われちゃったよ?

「君がどうやって玉座に手紙を残したのかについても大変、誠大変興味深い。後でゆっくり聞かせてもらうとしよう」

 ジョージは言葉に詰まった。やばい、やっぱ捕まるかも。

「皆、外してくれ。この者と二人で話す」

 ヴィクティーリアは人払いをし、残ったのはジョージとドゥーレムだけだった。

「……バグマン守備軍監、外してくれと言ったはずだが?」

「うむん? わしもですかい?」

 ドゥーレムはまさか自分まで追い払われるとは思っておらず膝をついたまま控えていたが、

「ドゥーレム・バグマン守備軍監に次なる任務を与える」

 ヴィクティーリアは毅然と言い放った。普通に出て行けと言うより次の任務を口実にした方がドゥーレムのような単純馬鹿タイプには効果的だ。

「あの乳母車、責任を持って何とかせよ。処分するなり譲受希望者を募るなり好きにせよ」

「はっ!」

 ドゥーレムは敬礼すると、踵を返した。

「……さて」

 ヴィクティーリアに若干疲労の色が浮かんでいた。心中察する。もちろん原因はドゥーレムの面倒臭さだ。

 なぜあの男が軍監なのか。軍監は軍の序列で上から二番目の階級である。一番上の階級である王監はカール国王が兼ねることになっているので、事実上軍監がナンバーワンだ。監級将軍の任命権は国王にあるので、当然ドゥーレムを推挙したのもヴィクティーリアということになる。随分無茶な人事を行使したものである。

「ペール殿からの手紙には、プレーリー村襲撃事件の経緯と講じた対策、グロイスへの警告等が記してあった」

 ヴィクティーリアは便箋を広げた。

「何者かによって水晶石が持ち去られたそうだな。手紙には君とオルタナ殿が奪還に向かったと記してある」

「水晶石? ご神体なら盗まれ……ましてございますですが……」

 ヴィクティーリアは微笑んた。

「普段の言葉遣いで良い。ペール殿と話すような」

 ガッドと話す時はため口である。ジョージは困って黙り込んだ。

「……では、学校の先生」

 ため口である。

「……オルタナ殿」

「あ、それなら分かります」

 水を得た魚のように、ジョージは口を開いた。先生と話すイメージなら自然と敬語が出てくる。

「村から盗まれたのはご神体です」

「それはどこにあったのだ?」

「白烏の森の祠に祀られていました。すごく大事な物なので守れと」

 ヴィクティーリアは我が意を得たりと頷いた。

「やはりそうか。白烏の森は世界に五ヶ所ある聖域の内の一つなのだ。君の言うご神体は、わが国が所有し秘匿してきた水晶石という秘宝だ」

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