第五章 五つの秘宝

第五章 五つの秘宝 1

 ジョージが手にしているのは抜き身の不知火であった。相対するのは同じく抜刀した剣を持つ男である。血走った眼で威嚇してくる。いや、威嚇などという生温いものではなく……殺気だ。なんかこう、目からビームとか出てきそうな眼光である。

 彼が握っているのは「夢現ゆめうつつ」という剣だ。不知火と同じく、魔法強化剣である。

 なぜジョージが魔法強化剣の使い手と対峙しているか。それはこの日の早朝にさかのぼる。



「そうか、村でそんなことが……パック君、残念だ」

 沈痛な面持ちで下唇を噛んでいるのはジン・アールンクルである。キユリの父親だ。

 ジンが朝の食卓に用意してくれたのは、パンとサラダに紅茶だった。パンはスライスしただけ、サラダも野菜をちぎっただけのいかにもな男料理だったが、紅茶にはこだわりがあるらしく海を挟んだお隣リアシー共和国のブランドだった。見た目は赤みが強く、ほのかに果実のような香りも感じられるのが特徴で、朱曲紅茶という。せっかく教えてもらったところ悪いが、明日まで銘柄を覚えていられる自信はジョージにはなかった。

「それにしても、城に侵入とは無茶をやったな」

 ジンは場の空気を変えるように、空になったジョージのティーカップに紅茶を注いだ。

「仕方ないだろ。あんたがいるの、すっかり忘れてたんだから」

 ジョージは苦笑いした。

 昨晩ハンクをセレスチャルに届けた後、たてがみに突っ伏して寝落ちしたジョージを楓が届けてくれた先は、ジンの診療所だった。三回建ての赤いレンガ造りの建物で、一階が診療所、二階と三階が住居スペースだった。ジン一人だと三階を持て余していて未だに数えるほどしか上がったことはないようだが、ニーニャやキユリが引っ越してくれば事情も変わるだろう。

 ジンは十年以上前に城への通行証を取得している。医師免許試験で城へ入る必要があったからで、以降も通行証の更新は継続していた。つまり、ジンに手紙を託せばジョージが強引な手段に出る必要はなかったのである。

「君は考えるより先に行動してしまうからね。動く前に一呼吸置いた方がいい」

 ジンのことを思い出すより先に犯罪に手を染める決断を下してしまったジョージは、返す言葉もなく黙々とパンを咀嚼した。

 何となく部屋を見回す。食器棚の上にはキユリとニーニャの写真が飾ってあった。壁にかかった白い森の絵は、どこかで見たような風景だ。床には本や何かを書きなぐった紙が散乱している。どれもこれも難しそうな本だった。

「キユリたちが来る前に片付けとけよ? こんなんじゃニーニャおばさんに殺される。ひげも剃っとけ」

 ジョージはテーブルの下に無造作に落ちている本をぽんと蹴った。「医療魔法と一般医学」という医学書だ。

 医療魔法はガッドやパックが操る治癒の魔法である。これまでは、怪我や病気にかかるとごくわずかな医療魔法の使い手に診てもらうしかなかった。呪文の治療効果はてきめんだが、使い手の絶対数が少な過ぎて治療を受ける機会自体が問題となっていた。また、医師になりたい、人々を救いたい、という志がどれだけ高かろうとも、魔法を使うための魔力の有無が関門となって、多くの若者を挫いてきた。

 そこで、近年は一般医学が注目されている。呪文に頼らず、怪我や病気の原因を探り、外科的、あるいや薬学的なアプローチにより治癒を行う。これならば、持って生まれた魔力の才に左右されることなく、本人の努力により知識・経験を以て医術を施すことができる。励めば誰もが医者になれる可能性がある。ジンは一般医学の医者であった。

 ジンは顎を撫でながら、テーブルの下から弾き出された「医療魔法と一般医学」を拾った。顎ひげがジョリジョリと音を立てるのがテーブルを挟んだこちらまで聞こえてくる。パックも身なりには無頓着な方だったが、ジンと比べればはるかに気を遣っていたのだとジョージは認識を改めた。少なくともパックはひげをちゃんと剃っていたし、家もここと違って強盗が入った後みたいに散らかってはいなかったからだ。


 朝食後、ジョージは家の裏へ向かった。

「ありがとな」

 ジョージが声をかけた相手は楓である。

「いくらなんでもここまで利口だとは思わなかったよ。よく覚えてたな、ジンのこと」

 楓はブルルと鼻を鳴らした。当たり前だろと言わんばかりだった。

「ジョージ君!」

 慌てふためいて駆けつけてきたのはジンだった。普段猛ダッシュすることもないのか、足がもつれていた。肩を激しく上下させ、

「ジョージ君、軍が君を捕まえに来た! ドゥーレムだ!」

 ジョージはジンを尻目に楓のたてがみを撫でた。

「ちょうど良かった。逃げるつもりはないし」

「逃げなくていい! ドゥーレムなら君を悪いようには……え? 逃げない?」

 ジンは殊更に決まりが悪そうに頭を掻いた。

「そ、そうか。ならいいんだ」

「ドゥーレムって確か第一守備隊の……」

 ジョージはハンクから聞きかじった知識を披露する。

「ああ。隊長だ。守備兵団全軍を束ねる団長でもある」

 カール王国守備兵団の団長ともあろう人物がわざわざジョージ一人を連行するために出張ってきた。手紙がカール王に渡ったのだと、ジョージは確信した。

「楓を頼んでいい? ここんとこ走らせっぱなしだったから、ゆっくり休ませてやってくれ」

 ジンは快く受け入れてくれた。


 ジンと一緒に表へ赴くと、待ち構えていたのは黄金に輝く鎧に身を包む男だった。

 ドゥーレム・バグマン。

 魔獣バグマンとの評判を聞いていたが、タヌキのような間抜け面はどこか愛嬌がある。魔獣というよりはぬいぐるみみたいな面構えだ。

 腰には二本の剣が差してあった。一本は装飾剣。宝玉がちりばめてあり、太陽の光を反射して燦然と輝いていた。実用性よりも階級や権威を象徴している。もう一本は装飾剣に比べてかなりみすぼらしいが、恐らくこちらが本命の業物だろう。

 ドゥーレムは白馬にまたがっており、それとは別に一頭の黒い軍馬を連れていた。部下はおらず、単騎だった。

「あんたがドゥーレム? えらくド派手に登場だな」

 鎧が眩しくて目がチカチカする。通行人がざわめきながら幾重にも人垣を作っていた。カール軍トップの男が、誰が見てもそれだと分かる格好で街なかに現れたのだから、騒ぎになっても無理はなかった。

「久しぶりじゃのぉ、ジョージぃ。懐かしい名前を聞いたかと思えば城への不法侵入かい? うはは、やってくれるじゃねぇか!」

 え、久しぶりって? ジョージは必死に記憶を手繰った。しかし記憶の中にタヌキ面の豪快な男は引っかかってこない。ドゥーレムは驚愕な表情になった。

「何じゃその顔は……まさかわしを覚えとらん!?」

 嘘をつく意味もないし、ジョージは素直に一つ頷いた。ドゥーレムは大して気にしていなかったようで、鷹揚に構える。

「そうかそうか。まぁそれなら仕方ないわな。とりあえずさっさと乗れや。おめぇを連行する」

 顎でしゃくった先には黒い軍馬だ。

 ジョージは四苦八苦しながら馬にまたがった。こんなことならちゃんと乗馬練習しとくんだったと後悔が頭をもたげる。これまでジョージが疾風や楓に苦もなく乗れたのは、全て馬のおかげだ。プレーリー村には「初めて自分の足で立った赤ちゃんが、ちょっと目を離した隙に疾風の背中に座っていた」という冗談みたいな逸話もある。また、楓の背中は下手なベッドより寝心地が良く、寝返りを打っても落ちない。要するにこいつら、人を乗せるのが上手過ぎるのだ。

 ドゥーレムが連れてきた普通の馬にそこまで望めるわけもなく。ジョージは苦労して馬によじ登り、手綱を持った。持ったはいいが、どうすりゃいいんだろう。

「おいジョージ! さっさとずらかるぜ! よぉし、こうなったら城まで競走じゃい!」

 いや意味分かんねぇ。つか、ずらかるって悪者の台詞では? ジョージの混乱をよそに、ドゥーレムは馬首を翻すと人垣を華麗に飛び越えていった。美しい毛並みの白馬、朝の陽射しを反射する姿はまるで一筋の光の矢のようだった。恐らくは相当な名馬だろう。

 ジョージを連行しに来たはずの将軍が、ジョージをうっちゃって真っ先に消え去ってしまった。

「オレが追いかけるっておかしくね?」

 呆然とするジョージだったが、

「あいつはああいう男だ。慣れろ」

とジンは歯牙にもかけない。

 ともかくジョージは追走しようと試みる。が、悲しいかな、軍馬は見事なまでに逆方向へと爆進していく。ジンの自宅兼診療所に群がる人垣が絶叫しながら散っていく。

 ジョージは手綱を握ったまま、目を閉じてひとまず深呼吸した。オーケー、落ち着け落ち着け。目を開けると、軍馬は住宅街の通りを狂ったように爆走していた。

「ああああああ!」

 人と建物と、ついでにジョージの絶叫があっという間に背後に流れていく。

 せめて振り落とされないようにとしっかり手綱に捕まっていると、目の前が突然真っ暗になった。通りを横切るようにして干してある洗濯物だ。頭を振って顔面に張り付いたパンツを払う。「下着ドロボー!」と不名誉なそしりが背中に突き刺さるがオレは悪くない、絶対。

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