第四章 潜入ミッション! 4

 ドアノブに手をかけ、音を立てないようにそっと開け……、

 開かない。

 ……そらぁ鍵くらいかけるわな。当たり前のことに思い至らなかった自分が情けなく感じた。

 気を取り直して次に目をつけたのは窓だ。両開きの窓で、悠々と通り抜けられそうな大きさだが、内側から小さな閂がかかっている。ジョージは不知火の柄頭でガラスを突き割り、手を差し入れて閂を外した。

 侵入した先は倉庫だった。壁際には木箱が煩雑に積まれている。木箱をなぞってみると指が埃まみれになった。長い間ほったらかしなのだ。とすると、この箱に鎧は入っていない。公演で鎧が使われているのに、箱に埃が積もっているはずはない。

 様子を伺いながら廊下へ忍び出る。

 焦るな。落ち着いていこう。本番はここからだ。

 衣裳部屋はどこだろうか。ジョージは気配探知で劇団員をかわしながら、人気ひとけのない部屋から改めていった。

 四つ目のハズレを引いた時、気配の塊が蠢くのを感じた。無秩序だった気配の塊が、徐々に列を形作りながらエントランス方向へと動いていく。公演が終了したらしい。

 ジョージが潜んでいる部屋はエントランスとは逆方向である。観客がこちらに来ることはなさそうだが、劇団員たちの気配もあわただしく動き始めた。ジョージは顔をしかめた。これだから公演中に仕事を片付けたかったのに。早速というか案の定というか、三人が廊下を接近してくるのを感じる。

 連中が部屋をスルーしてくれることを祈りながら息をひそめる。彼らはガチャガチャと金属音を鳴らしながら談笑していた。

「人の鼻先で屁ェこくとかねぇわマジで! 視界が黄色い霧で霞んだ」

「大げさな。めっちゃ我慢してたんだぞ。我慢し過ぎて腹痛くなってたし。俺の涙ぐましい努力を称えろ。一応スカしたと思うんだけど」

「スカしたって臭ぇモンは臭ぇんじゃ!」

「ハンクさん、いつもより余計に槍振り回してたぞ。絶対空気掻き混ぜてたな」

 声が遠ざかっていくタイミングでそっと扉を開けて顔を出した。一人が頭上で槍を振り回す真似をし、他の二人が腹を抱えている。

 下品な会話に爆笑する鎧の後姿が三名。

 ふっとよこしまな考えが閃いた。

 鎧が目の前に三つもある――。飛んで火にいる夏の虫とはこのことだ。ジョージは内心舌なめずりした。

 廊下に飛び出し、足音を殺して三人の背後に迫る。一人を剣の鞘で殴打し、振り返った二人の首に打撃を加えた。首をやられて失神した二人を両腕で受け止め、頭にコブを作って卒倒している最初の一人を右足に引っかけた。そして左足で後ろにピョンピョン跳びながら部屋に三人を連れ込み、素早く戸を閉める。我ながら会心の早業だ。

 三人を床に並べる。槍を振り回す真似をしていた男はジョージと背格好が近い。引ん剝くのはこいつに決めた。

 剥いたそばから装備品を身につけていく。途中で「ううん……」と起きそうになった男にもう一発、意識を狩った。仕事を増やすなアホ。

 鎧は恐ろしく軽かった。見た目は本格的な重鎧なのに、パックの道場に置いてあった革の軽鎧と大差ない重さだ。腕を曲げ伸ばししてみたり、その場で足踏みしたりしてみる。例のガチャガチャ音が鳴った。パック流剣士は動きに制限が生じることを嫌って鎧の類を身に着けない。道場には一応防具がそろえてあったがほとんど置物だった。だがさすが劇団の衣装用だ。動きに支障はない。調子に乗ってガチャガチャ言わせていると、

 

「何をしているのかな?」


 鎧は水を打ったように静まり返った。もちろん、鎧の中身も固まっている。大きく腕を振った腿上げポーズだ。

「あ……え……」

 錆ついたネジが回るように、ジョージの頭が扉に向く。

 やばいやばいやばいやばい。

「うーん、聞こえなかったのかな。何をしているの?」

 全開になった扉を塞ぐように立つ人影。詰問している口調ではない。どちらかというとおちゃらけた感じだ。男性の声だがやや高め。耳に触りの良い。ジョージは腕と腿をそぉっと降ろした。

「ほら、休んでないで手伝う手伝う」

 彼は箱をグイっと押し付けてきた。蓋のない箱からは模造刀が何本も飛び出している。ジョージはせめてもの抵抗として、顔を見られないように全力で俯いて箱を受け取った。「君の頭頂部見せつけられても興味はないんだけど」と軽口が聞こえた。

「それはあっちね」

 指示に従い運ぶ。部屋の前まで荷物をまとめて持ってきたらしく、立て続けにもう三箱任された。ジョージは機械のように荷物運びを手伝った。

 ……え、ナンダコレ?

 劇団員だと思われてる? 床に三人転がってて、一人は半裸だけど。ばれてねぇの? うわ、ラッキー!

「ところで君、『ばれてなくてラッキー』とか脳ミソお花畑なこと考えてないよね?」

と何気ない調子で、しかし一撃で奈落に叩き落され、その拍子にジョージは持っていた箱を取り落とした。

 性格わっりぃぃ!

 模造刀がやかましく散らばり、「あ、ちょっと!」と性格の悪そうな男は慌てて駆け寄ってきた。

「鎧が欲しかったの?」

 模造刀を箱に投げ込みながら質問するのは性格の悪そうな男である。

「それ防御力はカッスカスだよ? 剣どこか果物ナイフも普通に刺さるよ。僕はお勧めしないけど」

 彼は箱を抱えて立ち上がった。もうばれてしまったので無駄な抵抗はせず、ジョージはやっと彼を正面から見た。品の良い黒のストライプスーツに金のボタンがアクセントとして良く映える。ジョージより二つか三つ年上といったところか。ただし背丈はだいぶ負けていて、柔和な笑顔が十センチほど高いところから降り注いでいた。

 あれ? こいつ……。

「ハンク・テイラー?」

 劇場セレスチャルの入り口で見かけた立て看板、そのメインで描かれていた主演の男に似ている。

 彼はふふっと笑うと、胸に手のひらを添えながら深々とお辞儀をした。

「どうも。お見知りおき頂きまして大変光栄に存じます。劇団スペリアンス所属俳優、ハンク・テイラーでございます」

 きらっと瞳が光った。

 おい。そこでウインクとかするなウインクとか! ミーハー女子はイチコロなのかもしれないが、ジョージにとってはただひたすら胡散臭いだけだった。


 ――舞台で使った小道具を運んでいたハンクは、倉庫の様子に違和感を覚えた。中の様子をうかがうと、床に転がっている三人の劇団員と、身ぐるみ剥いで屈伸やら足踏みやら怪しい動きをしている男がいた。

 まだ建物の中には客が残っている。下手に暴れられても困る。しかし放置するわけにもいかない。というわけで茶番を演じた次第である。

 最初に渡した箱の死角で、万一抵抗された時のためにハンクは指先に魔法力を集めておいた。魔力を有する人間は百人に一人とも千人に一人とも言われているが、いずれにせよスペリアンスでは唯一ハンクだけが魔法を扱える。火を点けたり明かりを灯したりと便利用途の他、護身用としても重宝していた。

 結果として今回は魔弾丸が必要になる相手ではなくて幸いだったが。

 怪しい男はどうにもこうにも芋臭い少年だった。二つか三つか年下に見える。彼が腰に吊るしている剣は劇団が使っているような偽物ではない。柄は白銀に輝いている。

「ハンク・テイラー?」

 まさかこんな芋臭い少年が自分のことを知っているとは思わなかったので、ハンクは素直に感心した。しかしハンクは自分の心の動きをいなす。顔には出さず、演技を被せて自己紹介をした。

「どうも。お見知りおき頂きまして大変光栄に存じます。劇団スペリアンス所属俳優、ハンク・テイラーでございます」

 ウインクはサービスだ。しかしジョージの眉間には露骨にしわが走る。失礼な奴!

「君は?」

「ジョージ・パーキンソン」

「よろしく、ジョージ」

 営業スマイルで片手を差し出すと、ジョージは訝しげに握手に応じた。その仏頂面を引っぺがしてやりたくなる。

 試しに一発放り込んでみようか。

「城に忍び込むつもりなんだろ?」

 結果としては、拍子抜けするくらいあっさり剥がれた。ジョージの喉が異音を立て、ハンクは必死に笑いをこらえた。

「何で……」

 ジョージはあからさまにたじろいている。

「僕もたまにやるからね。見張りの兵士に変装してまぎれ込むの」

「……お前、もしかして意外と馬鹿か?」

「馬鹿とは何だ。君も同じこと考えてたくせに。やーいバーカ!」

「何だと! オレはグロイスに縁もゆかりもないけど、お前は有名人じゃん。こんなリスキーなこと、お前の方が馬鹿度高ぇだろ」

 馬鹿度ってなんだ。超馬鹿っぽい造語だ。

 しかし不毛な馬鹿合戦が始まりそうだったので、ハンクは話を立て直しに図る。

「そう犬みたいにキャンキャン噛みつくなよ」

 言ったそばから噛みつかれそうになったが「お座り!」と一喝。ジョージは虚を突かれて怯んだ。ククっと笑いが漏れる。

「僕もまだ通行証もらえないんだ。あと一年待たないといけない。だからスペリアンスの鎧を使って忍び込んでる」

 経験者なんだから、君も同じことを企んでるって見当はつくよ。ハンクがそう言うと、ジョージは一応納得したらしく頷いた。

「でも、何で忍び込んだりなんか」

「そこはほら、人それぞれ事情があるからね。君だってそうだろ。僕が君に同じこと尋ねたとして、教えてくれるかい?」

 ジョージは心底嫌そうに顔をしかめた。

「無理だわ。お前はどうも胡散臭い」

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