file0 エピローグ  愛してる

「「「カンパーイ!!」」」


 ウチの班のメンバーだけが集まったささやかな慰労会が俺の行きつけの居酒屋で行われている。

 なんだかんだといいながらも、勝手な行動に走り気味の俺についてきてくれた事に感謝の気持ちを込めて開いたこの飲み会には俺も含めて七名が参加している。

 村上は諸事情が有るからと遅れてくるらしいのだが、その代わりというかなぜか乾杯の前から結城の姿があった。


「おい結城!!」

「どうした? 飲まんのか?」

しれっとした顔で酒の入ったコップを手にしていた

「てか何故にお前がここにいる!?」

「なぜって……呼ばれたからな」

「なに!? 誰に!? 俺は呼んでないぞ!?」


 俺達の話を横で聞いていた同僚たちはそこにいるのがさも自然な事のように、結城に対して普通に話をしたりお酌をしたり、時には少し仕事の内情などを聞いているヤツもいたけど、意外にも盛り上がりを見せて俺と結城の会話を途中で途切れさせた。


 何か不自然だなぁって思いながらも、その場がしらける事もなく皆が楽しく飲んだり食べたりしているのでひとまずは安心して俺も飲むピッチを少しだけ上げることにした。

 俺だけがこの盛り上がりに乗り遅れるわけにもいかない。


 それから一時間はみんなと楽しく過ごしていた。


 ブブブブ ブブブブ


「あん?」


 けっこういい感じにアルコールが回り始めた頃、テーブルの下に置いておいたケータイが勢いよく震え始める。


 [村上]


 表示には遅れてくると言っていた人物の名前が表示されている。


「はい」

『おう慎吾!! そこは盛り上がってるか!?』

「あぁもちろん!! お前がいないからじゃないか?」

『あぁ~そういう事言うのか……。まぁいいやそろそろ着くから覚悟しておけよ!!』

「何を!? お前が来たって怖くねぇよ」


 ブツッ プー プー


「あ! 切りやがった!!」

 ケータイを投げるように戻した俺はチョッとだけ怒りが込み上げてきた。

 その電話から十分後――



「お待たせ!!」


 そう言いながらこちらに近づいてくる人物。

 もちろん村上であることは声を聞いただけで分かる。

 先ほどの電話内容が少しだけ記憶の中に戻ってきて怒りがわか上がった。


「おせぇぞ(遅いぞ)!! 今までいったい何して……」


 振り向きながら声を荒げた俺の言葉はそこから先が出ることは無かった。


 思った通り入ってきたのは村上なのだがその隣には……真司と伊織ちゃん。そして柏木医師かしわぎせんせいの姿が見えたから。


「え!? な、何で真司と唯さん達が……!?」


 村上の顔はニヤニヤと笑っていた。


 それまで盛り上がっていたはずの俺達が居たテーブルも静まり返っている。

 振り向いた俺の眼には村上と同じようなニヤニヤとした顔が並んでいた。

 もちろん結城のやつまでがニヤけている。


「なぜって……おいおい慎吾本気で言ってるのか? 今回の事件の本当のお手柄はこの二人だろう?」


 そう言って村上が真司と伊織ちゃんの後ろからグイっと背中を押して前面に出してきた。


「そ、それはそうだが……ゆいさ……あ、いや、柏木医師せんせいまでおられるとは」

「そりゃこの二人を連れてくるのに、親御さんに了解を得なきゃいけないだろうが」

「む!!」

「あきらめろ藤堂。約束は果たしてもらうぞ!!」

「な、なんだと!?」



 そして少し前の村上の言葉が脳裏に浮かんできた。


 覚悟しておけよ――


――あれってこういう事か!? 集まったやつらがなにも言わないという事は知ってたクチだな。って事は、これは慰労会と思ってたのは俺だけ?

……はめられた!!



「さぁ藤堂。ここまで来て自分の同僚たちの前でできませんとは言えないよな?」

「くっ!! お前知ってて!? まさか!? お前か!? これの犯人は!?」

「さぁ……何のことだか……」


 ――大げさに手を上げながら否定しやがって……



 ここまでおぜん立てが整っているのに逃げるわけにもいかない。

「わぁったよ!! やればいいんだろ!!」

 そう言って俺は唯さんの前に歩いて進んでいく。


 目の前に立った時唯さんの頭には「?」のマークが飛んでいるのが分かった。

 と、いう事はこの人も何も言われずにここまで誘導されて来たに違いない。

 村上に……



柏木医師せんせい!! いや唯さん!!」

「は、はい!!」


 突然名前を呼ばれてビクッとする柏木医師。

 それを不思議そうに見つめる真司と伊織ちゃん。


 俺を見つめる二人の澄んだ瞳を見て俺も腹を決めた!!


「あ、あの!!」

「は、はい!!」

「し、真司の!! そう……真司の母親になって頂けませんか!?」

「は、はいぃ!?」

「いや、その……あの……俺に新しい家族を……唯さんと伊織ちゃんと共に一緒に暮らしませんか!?」


 言われたことにようやく気付いたのか、柏木医師の瞳がうるんできているのが分かった。


「俺と……結婚してもらえませんか?」

静かに両手を差し出した。

「は……はい。よろしくお願いします」

温かくて柔らかな感触が俺の手を包み込んだ。


 そこからあまり記憶がない――



 ――――――――――


 そして時が経って今――



「あなた……そろそろ起きてくださいねぇ」

「あぁ……うん」


 のそのそと起きて声のする居間の方へ歩いて行く。


「あれ? 真司と伊織は?」

「何言ってるんですか!! 市川さんちの別荘に行くって言ってたでしょ!? まったくもう!!」

「そうだっけ? ごめんごめん」

「今日はお休みですか?」

「いや。またすぐに行くけど……」


 外に洗濯物を干していた唯を見つけてその場で立ち止まる。

 俺も久しぶりに家に帰って来たけど、唯とこうして家の中で会うのも久しぶりな気がする。

 だからかなぜか頭に浮かんでくる言葉。



ゆい

「はぁい?」

 洗濯物を持ったまま振り向く唯。


「愛してるよ」


 少し困ったような顔をした後にホホを少し赤く染めたまま微笑んで彼女ゆいが応えた。



「私もよ……愛してるわ」

妻の笑顔は眩しかった。



今の藤堂家には柔らかくてあたたかな時間が過ぎている。

笑顔が絶えず楽しい家族とともにある自分の姿を、は想像すらできていなかっただろう――



これはうちの両親の物語。

高校生になった俺――

藤堂真司と藤堂伊織は義理の兄妹である

これは俺が小さい頃に起きた事件が元になって、俺の父親藤堂慎吾と伊織の母親柏木唯が出会い、時が経つのと共にお互いの家族が近づきあった結果がもたらした事。


そしてこれからが俺達の物語へと続いていく――




※作者の落書きのような後書き※


この物語はフィクションです。

登場人物・登場団体等は架空の人物であり、架空の存在です。

誤字脱字など報告ございましたら、コメ欄にでもカキコお願いします。


以前、このような内容はどのように考えているんですか? と聞かれたことがあります。その時決まって「ほぼフィクションです」と答えるようにしていました。

どこまでがフィクションでどこまでがなのかはお読みいただいた皆様のご想像にお任せします(笑)


次回から通常の「幽慣れ」に戻ります。

真司と伊織、そしてカレンと愉快な仲間たちの騒動をお楽しみくだされば嬉しいです。

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