「そのお力を、リリーベルのためにお貸しいただけないでしょうか」
あまりにも予想外な答えに、僕は思わず耳を疑った。
てっきり今回の件はどこかの機関の協力だとか、もしくは資金援助だとか、とにかくそういう類のお願いの話だとばかり思っていた。
実際にギャリックス家に何かを融通して欲しいという口利きを頼まれることはよくあるし、今回の件もきっとそんなところだろうと。
ところが、頼まれたのは僕自身の融通だった。
まさか宝探しの勧誘を受ける事になるなんて、誰が予想しただろうか。
「なるほど、宝探しのメンバー集めか。久々に会ったお土産としては、確かに格段に面白い部類かもしれない」
僕の答えにリリィは一瞬顔を輝かせる。
「でも、どうしてそんな話をわざわざ僕に持ちかけるんだい? 僕はただの見習い軍人、まだ武器すら持てないひよっこさ。本当にそれを見つけたいのなら、君の大学にいる学生や教授に協力を求めたほうが、見つかる可能性は遥かに高くなるんじゃないのかい?」
少しばかり辛辣な言い方だったかもしれない。
だけど実際のところ、青年隊の見習い士官である僕ができることなんて、そう多くないはずだ。
それでも彼女がわざわざ僕を誘う理由とは、一体なんだろうか?
「……私は、幼い頃からローエンシュタインの遺書を探すのが夢でしたの。覚えてらっしゃいますか? 昔読んでいた『世界の七不思議』という本。あの本にローエンシュタインの遺書について、こう書かれてありましたわよね。『このせかいのひみつがすべてかかれている』」
「ああ、覚えてるよ……懐かしいな、その本は随分とお気に入りだったね」
それは幼い頃のリリィが大のお気に入りだった本だ。
世界中の様々な伝説や伝承を集めて子供向けにわかりやすくまとめた物語の本。
その頃はいつも、彼女と会う度にその話ばかりしていたっけ。
「ええ。私はあの時初めて、なんて素敵でワクワクするようなものがこの世界にはあるのだろうと思いましたの。まだ誰も知らない世界をもっと知りたい、探してみたい、見てみたいと……」
遠くを見ながら話す彼女の表情はまるで夢を見ているかのようで、幼い頃からの憧憬の強さを感じさせた。
「それに私、ある噂を小耳に挟みましたの。先日まで街を騒がせていた『子供攫い』という事件があったこと、ご存知ですわね? 少し前に『触れざる者の残党による犯行』と発表されたきり、ぱたりと続報が途絶えてしまいました。聞いたところによると、あの事件は人目に触れられないほど残酷な内容で、そのために真相に関しては政府直々に緘口令が敷かれているのだとか。そして、実は近衛兵団が……それも正規兵ではない、青年隊の方がお一人で活躍なさったことが事件を解決に導いたのだなんてことも噂されておりますわ。……その噂の青年隊の方とは、兄様、あなたですね?」
「……さて、どうだろうね。どうしてそう思うの?」
「……私はヘクスタティック家の娘です。歴史だけは一丁前に長いくせ、その割に大した力も財力もなく、人々は私たちのことを気にも留めない。たまたま古くからいるだけ、ただ存在するだけであとは何もない、貧乏貴族ヘクスタティック家の四女ですわ」
でも、とリリィはテーブルに手をついて立ち上がった。僕の眼前まで顔を近づけて言う。
「でも私は、リリーベルです。リリーベル・ヘクスタティックは、この国の未来を担う人材を育成する、栄光ある帝国大学への入学を許された一人の学生です。そして、私はそれを誇りにしています。学生は学び、調べ、考えるために存在しています。そして帝国大学生の──いえ、私の調査能力をあまり侮らないことですわね、兄様」
リリィはスカートの裾をつまみ上げ、そのまま恭しく頭を下げた。
「私は知っています。兄様は確かに、事件解決に多大な貢献をしました。他の誰が知らなくても、私だけは信じています。そして、その手腕を……聡明かつ勇敢、高貴なるギャリックス家の末裔にして、誇り高き近衛兵団に身を捧げたアクスウェル様の、人の目から遠ざけられる程闇の深い事件ですら解決されたというそのお力を、今度はこの私、リリーベルのためにお貸しいただけないでしょうか」
頭を垂れた彼女の姿は、その強い決意がそのまま表れているかのように美しかった。だから結局、最初に折れたのは僕のほうだった。
「……わかったよ。わかったから頭を上げてくれ、リリィ。いいさ。君の宝探しに喜んで協力させてもらうよ──ついでに、君にそこまでさせてしまったことも謝らなきゃね」
僕の言葉を聞いて頭を上げたリリィの顔には、勝ち誇ったような満面の笑みが浮かんでいた。
「やっぱり! 私はそう言ってくださると思っておりましたわ、兄様」
なんだか、彼女にうまく使われている気がしてきた。
ただもう既に遅かった。
ここは一つ久しぶりに会った幼なじみに免じて、腹を括って話に乗っかってみようじゃないか。
「実際、あんまり期待しないで欲しいところなんだけどね……。何はともあれ、そうと決まれば早速ちょっと考えてみようか。ところで、そもそもこの紙片は結局何なんだい?」
まずは情報がないと始まらない。
ひとまず唯一の手がかりである紙片について詳しく聞こうとしたところ、リリィは困ったように眉を下げてしまった。
「それが全くわからないから私も困っておりますの。おそらく三百年ほど前のものらしいということだけはわかったのですが……」
「ちょっと待って。何が書いてあるのかわからないものなのに、これが遺書に繋がる手がかりだって例の学者は一体どうやって突き止めたんだろう?」
「それはこの紙片が発見された場所──元々の持ち主は誰だったのかが問題なのですわ」
なんでもこの紙片は、例の老学者がローセルトの西方にある山岳地帯トシバ地方を調査で訪れた際、そこに建てられていた旧家の屋敷内で発見したらしい。
その屋敷は、地元の人々の間ではかつて《デュプリ》という魔法使いの居城であったと言い伝えられてきた。
そしてこの魔法使い、実は遺書の歴代所持者のうちの一人だったのではないかという説があり、専門家の間では非常に有名な人物でもあった。
そんなところから出てきたのが、この謎の言語で書かれた紙片であった。
老学者をもってしても紙片に書かれている内容は解読できなかったが、その屋敷から発見した資料の中に、同じく所持候補者の一人として考えられているカクトゥーラ領主の名前が記載されていることを突き止めた。
老学者は、これらの証拠を突き合わせることで「総合的に見て発見した紙片はローエンシュタイン遺書に関わる重要な資料である可能性が極めて高い」という結論に達した。
三百年前の紙片、古の魔法使い、カクトゥーラ領主……。
おまけに、唯一の手がかりである紙片に書かれている内容は全く解読できないときたもんだ。
これほどまでに断片的な情報から謎を解くことなんて、果たしてできるのだろうか……?
と、暗闇を手探りしているような状態に暗澹たる気持ちが広がったところで、ふと脳裏にある一人の名前が浮かび上がってきた。
三百年前の歴史を知っていて、触れざる者達に縁があって……
そういえば”彼女”が最初に歴史に登場したのは、確かカクトゥーラではなかったか?
そうだ、彼女なら何か知っているかもしれない。
「リリィ。この謎、もしかしたら解けるかもしれないよ」
目指すのはファニルーシの森の奥深く、地元の人々でさえ立ち入らない禁断の領域、通称“魔女の森”。
”彼女”はそこに住んでいる。
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