【第二話】ローエンシュタインの遺書
いつかの記憶・いつかの出来事
──どこかから声が聞こえる。
「これ、すごいの! せかいのいろんなふしぎがのってるんだよ!」
熱に浮かされたようなその声はまだ幼かった。
声の出処を辿ると、どうやら自分の周りから発せられているらしい。
……しばらくして、どうやらこれは自分の声のようだと気づいた。
よくよくみると、目線は見慣れたそれよりもだいぶ低い位置にあり、まるで子供のような視界が広がる。夢でも見ているのだろうか、また夢だとしたら、これはいつの記憶だろうか。
見える景色は記憶に忠実で、まだ生家の屋敷が改装されていない。少なくとも五年以上は前、でもおそらく十年くらい前の頃ではないだろうか。
その頃の自分といえば、外に出て動きまわるよりも、大人しく家で本を読んでいることを好むような子供だった。
屋敷の裏手にある小さな庭園が当時お気に入りの遊び場で、そこに一本だけ生えた背の低い木の下に座って、本を読むのが毎日の楽しみだった。
横を向くと、傍らには当時よく遊んでいた幼なじみの顔があった。一歳違いで、自分とは対照的に外で元気に走り回るのが好きな性格だったけど、不思議と馬が合ってこの頃はよく二人で一緒にいた。
ふと手元に目をやる。
持っているのは、当時夢中になって読んでいた本だ。
タイトルは確か……そうだ、『世界の七不思議』。民間の噂話や伝説を子供向けに編纂したものだが、巧妙な語り口にのせられた話はどれも壮大な謎とロマンに満ちており、寝食を忘れて夢中になった。
「ローエンシュタインってえらいひとが、しんだときにいしょをかいたの。それには、せかいのすべてのひみつがかかれているんだよ」
そうだ。特に好きだったのが、最後のページに載っていたこの話だった。
「ひみつって、なにがわかるの?」
「なんでもわかるよ。たからもののばしょも、げんじゅうのたおしかたも、おうさまにもなるほうほうもかいてあるんだって」
「すごい!」
目を輝かせて身を乗り出した相手の反応に気を良くした自分は、そのままいいことを思いついたと言わんばかりに立ち上がり、庭園のテーブルに上って宣言した。そういえば母様からは、こういうことは「らしくないからやめなさい」とよく注意されていたっけ。
夢のなかの、子供の頃の自分は続ける。
「そうだ、しょうらいのゆめ、きめたよ! ぜったい、このいしょをみつけるの! みつけたら、それで──」
そう宣言した瞬間、夢は唐突に醒めた。起き上がった視点はもう、いつもの見慣れた大人の高さに戻っていた。
あれは、いつの記憶だっただろうか。
ローエンシュタインの遺書をこの手で見つけたら。見つけたら、確か……。見つけたら……なんだっけ?
夢の場面には、まだ続きがあったはずだ。あの日確かに大切な約束をした。
子供の頃はどんなに大切だと思っていた約束でも、大人になるとこんなに簡単に忘れてしまうものなのだろうか。その事実がなんだか無性に、悲しかった。
窓の外を見る。
ここから見える風景は、あの頃から随分と変わってしまった。そう思いながらぼんやり眺めていると、ふと先程の続きの言葉を思い出した。
──ああ、そうだった。
どうして忘れていたのだろう。思い出してしまえば、こんなにも簡単なことだったのに。
あの人は……あの頃、一緒に同じ話に夢中になった幼馴染みのあの人は、今どこで何をしているのだろうか。
約束は、まだ果たせていない。
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