能ある鷹は爪を隠すーⅦ

 妖怪、見越みこ入道にゅうどう


 見上げ入道とも呼ばれ、その背丈は自由自在。

 時折雲を突くほどの大きさで現れ、自分を見上げる人間の喉笛を噛み千切り、食い殺すと言われている。


 藁垣愁思郎わらがきしゅうしろう率いる百鬼夜行幹部の一体であり、大型の魔物を専門に戦う彼をこの戦いに投じたのは、相手が巨大戦艦であるからという、単純明快な理由からだ。

 鬼のような強面をした、僧の姿。

 筋骨隆々で、凄まじい筋肉の量は、まだ見ぬ怪力の凄まじさを想起させる。

 彼の異能は巨大化と呪詛。

 巨大化した自分の姿を足から頭にかけて見上げれば、永遠に声を失うという呪いを使う。無論それは彼の意思で、解呪が可能だ。

 巨大化によって大きくなるのは彼だけでなく、彼が身にまとっている衣服はもちろん、彼がそのとき所持しているものも巨大化する。


 故に見越し入道は、自身と共に巨大化した煙管を吹かす。

 凄まじい煙の量で、コロシアム全体が彼の吐く白煙で一瞬だが満たされた。

「さて……俺の相手はこいつだな、大将」

「せや。あの装甲はうちではやれん。ボッコボコにしてやりや!」

「おぉよ。大将が珍しく俺の能力だけじゃなく、俺自身に頼ってくれたんだ。そりゃあ応えなきゃなぁ!」

 自分の乗る戦艦の倍はある高さの怪物を、乗りこなす愁思郎。

 イールクラッド・スウィフトシュアは、絶えず愁思郎に疑問の目を向ける。

 一体何者で、どんな術を使ってこれほど巨大な召喚獣を操っているのか。

 自分にはない才能が、愁思郎にあることを実感してならない。

「教えたるは、イル。うちが伸ばした魔力性質……それは、結束! 行ったれぇ! 見越しぃ!」

「しっかり捕まってな、大将!」

「っ! 全砲台砲撃準備!」

 すべての砲台が、見越し入道に狙いを定める。

 見越し入道は懐から金属の棒を取り出すと、それを勢いよく振って伸ばし、槍のように振り回しながら構うことなく肉薄。

 すべての砲口が魔力によって赤く染まっても構わず、突進していく。


「てぇぇっ!!!」


 一斉砲撃。

 今の見越し入道の巨体では、躱しきれないほどの弾幕が張られる。

 だが見越し入道は誰もが予想できないほどの身軽さで、思い切り大ジャンプ。

 弾幕の遥か上を取ると、落下する勢いを利用して全体重をかけ、戦艦の主砲に槍を突き刺し、爆発させた。

 そのまま甲板に着地すると槍を引き抜き、再度の跳躍。

 イールクラッドが飛び降りた直後、戦艦は重量級の刺突に圧し潰され、くの字に折れ曲がって爆散。

 重力操作によって浮かんでいた戦艦は力なく沈没し、コロシアムに瓦礫の山となって積み上がった後に消え去った。

 一瞬の攻防。

 あっけなくやられた戦艦。

 周囲は見越し入道の脅威的な破壊力を目の当たりにして、グゥの音も出ない。

 まさに圧巻、絶句。

 まるで抵抗を許されず、戦艦をすべて破壊されたイールクラッドは、事実上今回繰り出せる戦力を失った。

「これで俺の出番は終わりか、大将」

「どうやら、そのようやな。手間をかけたの」

「気にするな。あんたには大恩がある。これくらいのこと、いくらでもやってやるさ」

「恩くらいは着せたと思うけど、大恩までは着せた覚えはないで」

「着せてくれたさ。例えあんたが無自覚だったとしても、俺にとっちゃあ大恩さ。それより、決着着けるんだろ。見届けさせてもらうぜ、大将」

「……あぁ。しっかり見とれ」

「愁思郎……」

 心配そうに見つめる後神。

 これから愁思郎がしようとしていることをわかっているが故の心配だ。

 しかし愁思郎は指先をクイっと動かして、実体を見せるように指示をする。

 周囲の観客の目がまだあるので後神が渋ると、愁思郎は見越し入道の背後に転移。

 そして見越し入道の背後で後神に向かって振り返り、その頭を撫でた。

 突然のことで驚きしかない後神。

 だがすぐに、初めて愁思郎を真正面から見られたことに対する感動と、真正面から撫でてもらえた感動とが入り混じり、涙腺を潤ませる。

 物体の背後にしかいられない後神だが、向き合いたい相手が同じ物体の背後にいれば、真正面からの邂逅が可能なのだということを証明できた。

 真正面から笑顔を見たい。

 後神がずっと憧れ、見続けた夢が、突然叶う。

 嬉しさと驚きでどうにかなってしまいそうな自分を押さえて、後神は愁思郎の笑顔を目に焼き付けた。

 これから先、同じ方法で見ることもあるだろう。

 しかしこの初めては。

 この初めての瞬間は今、このときしかない。

 だから記憶に残しておきたかった。

 ずっと背中を見つめていた彼の、真正面からの、とても優しい微笑みを。

「今からうちは、自分ら妖怪の存在を晒す。一番最初は見越しにやったが、次はおまえがいい。ずっとうちの後ろに憑いてくれてた、後神。おまえのことを、皆に教えたいのや。うちの我儘……聞いてくれるか?」

 愁思郎は理解している。

 それは愁思郎ももちろん、後神達妖怪にとっても物凄い勇気のいることだと。

 だが教えたいのだ。

 自分の力の源を。

 彼らとの結束を。

 このまま誰にも知られずに、魔導師の頂点となって、いざ明かしたそのときに、彼らがただの道具のような目で見られることのないように。

 戦いを潤滑に進めるためだけの、生物兵器と思われないように。

 彼女達のことを知る時間を、世界に与えるために。

「うん!」

 イールクラッドは見越し入道を仰ぐ。

 偶然頭から見上げたため、見越し入道の呪詛にはかからなかったが、彼女がそれを知ることは今のところない。

 そして、その足元から悠々と出て来た愁思郎に憑いている黒髪の白装束の少女の姿を、ハッキリと見たイールクラッドは、サーベルを手に愁思郎へと距離を詰めて、地面を一回全力で蹴ってでの肉薄と、会話が可能な距離で立ち止まった。

「召喚獣の使い手だったとは……さらにその強力な魔術礼装。開発したのはおまえなのか、愁」

「そうや。仲間を助けたときに倒した魔物の数が認められて、開発を許された。それで作らせてもらったのが、この【種子島】や。それと、こいつらはうちの召喚獣やない」

「なんだと?」

「……全校生徒に教えたる!」

 愁思郎の意識は、イールクラッドを含む観客席の皆へと向けられる。

 その声は高らかに通り、皆の鼓膜を震動させた。


「うちの魔力性質は結束! 他人の力を借り受けて、より強大にする力! それがうちの魔導! 百鬼夜行! 現代いま風に言うなら、ファンタズマ! 悪鬼羅刹! 魑魅魍魎! 恐るる姿の百鬼夜行! 藁垣妖怪組百鬼夜行、破軍! その名をしっかり覚えとき! いずれ魔導世界の、頂点になる大魔導や!」


 妖怪。

 百鬼夜行。

 聞きなれない単語と聞いたことのない魔導。

 ほとんどの者が愁思郎の言葉を出鱈目でたらめだと吐き捨てる中で、その中のごくわずかが、愁思郎の発した聞きなれない単語と魔導に興奮と興味を示し、目を輝かせた。

 彼らが、後にこの魔導世界における新たな十二時将。

 魔導世界を牽引していく、今はまだ若い雛鳥達。

 異能者として一番大事な素質である力、好奇心を抱く者達。

 未だ自らの爪を隠していることを知らない、若き能ある鷹達であった。

 そしてそれは、イールクラッドもその一人。

 目の前の巨人に背後の美女。

 魔力ではない何かを感じさせる双方を従える愁思郎。

 妖怪。

 百鬼夜行ファンタズマという魔導に対しての好奇心が、とどまることを知らない。

 今は戦闘中で、しかも自分が圧倒的不利な立場にあるというのに。

 立場を弁えぬ昂る好奇心が、溢れて止まらない。

 それによって、自分をバカにされたと燃え上がっていた憤怒の炎が燃え移り、興奮と好奇心の炎に変わっていったのを、イールクラッドは自ら実感していた。

「イル」

 気が付けば、愁思郎は【種子島】を収めていた。

 だが降参する気は、さらさらなさそうだ。

 イールクラッドもまた、サーベルを収めて、ゆっくりとした足取りで距離を詰める。

「能ある鷹は爪を隠す。悪いけどうちには、隠すような爪はないで。常に全力全開や」

「……神裂文音かんざきふみねの本を、読んだのか」

「もちろん読破したわ。元々それが原因だったようなもんやからな。全部読むのに時間かかり過ぎて、戦艦に対する対策が疎かになったけどな……」

「……どうだった」

「あぁ、信じられんかった。あんな知的な文章を、うちの知るあの人が書くなんて思わんかったよ。ただし、初見ではな」

「初見では……?」

 そう、初見――つまり第一巻から三巻くらいまでは、まるで別人のようだった。

 だがそれ以降から今の最新刊に至るまでの文章は、間違いなく藁垣愁思郎が知る神裂文音――基、文車妖妃ふぐるまようびの文章だった。

 最初はおそらく、神裂文音というペンネームのキャラクターで書いていたのだろう。

 だが文章を書き続けるうちに彼女自身のキャラクターとペンネームのキャラクターが見事に合致。今の形態になったのだと思われる。

 故に愁思郎としては、最初こそまったくの別人が書いているものだと思ったのだが、回を重ねるうちに徐々に滲み出て来た文車妖妃の本質を見て、確信していた。

「ボロが出るって言うんか……最初こそカッコつけて別人めいて書いてたんやろけど、途中で面倒臭くなったんか自然と出てもうたんか、うちの知る文姉の文章やった。昔、うちに国語の読解問題を教えてくれるときにわかりやすくしてくれたときの文章と、よく似てたわ」

「……そうか」

 イールクラッドは拳を引く。

 そして自身の魔力を星の魔力で乗算し、凄まじく膨れ上がらせる。

 硬く、鋭く、白銀に輝く魔力の装甲。

 イールクラッドの右拳にまとわれたそれが、愁思郎を狙って淡く輝く。

 応じて、愁思郎は後神を一瞥。

 視線で指示を受けた後神は、愁思郎の背中に手を押し当てる。

 愁思郎は自らの魔力性質を結束と言ったが、その利点はその名の通りに自分と妖怪を繋ぐことよりも、妖怪の持つ能力を自らに還元し、さらに妖怪の生命力を自らの魔力に変換できる点である。

 妖怪の生命力は、人間や他の生物。さらに言えば魔物をも凌駕するほどの凄まじい力だ。

 妖怪達の異能の根源とも言えるそれを、愁思郎は自らの魔力に変換して使用できる。

 故に今、愁思郎は後神から受け取った生命力を自身の魔力に変換。

 イールクラッドに応戦し、自らの右拳に魔力をまとう。

 おどろおどろしく、真っ赤に揺らめく鬼の面。

 愁思郎の右拳にその形でまとわれた魔力が、イールクラッドを睨み、威圧する。

 これは決闘。

 ただの喧嘩やゲームではない。

 故に着けなければいけない。決着を。

 勝敗を決めて、そのうえで互いを認め合う。

 それが決闘のルールで、礼儀なのだ。

「私の全魔力を叩き込む……悪いが加減はできんぞ、愁!」

「それはうちも同じや。互いに、能ある鷹にはなれんなぁ! イル!」

 ここで、イールクラッドはこの決闘の最中で初めて笑みを見せた。

 決闘のきっかけはなんだったけ、とか、もう自分が仕掛けた決闘の意味すらも失いかけていた。

 すでにもう、この決闘で得たいものは得ていた。意味も果たしていた。

 これは理解させるための戦いだった。

 神裂文音という存在をよく知らないでいた彼に、それを教えるための戦いだった。

 そして事実、この戦いをきっかけに、愁思郎は神裂文音を知ってくれた。

 今度は本物の神裂文音――妖怪である彼女を紹介してくれるだろう。

 だからもう、正直決闘などどうでもいい。

 だがそれ以上の好奇心が今、胸の中で昂っていた。

 愁思郎の魔導に対しての興味と関心。

 今までに見聞きしたことのない魔導に、自分の魔導がどれだけ通用するか。

 試したい。思い切り比べてみたい。

 隠していた爪もそうでない爪もすべて尖らせて、全身全霊の全力で向かいたい。

 故に手加減は無用。

 それに愁思郎は応えてくれた。

 あとは互いに、ぶつかるだけ。

 ここまで来てどうして諦められようか。

 それに元々、イールクラッド・スウィフトシュアは自ら仕掛けた決闘を、勝敗を決めぬままに終わらせてしまうほど、潔くもない。降参なんてできない。

 負けたくない。

「行くぞ!」

「後神、離れとれ」

「うん……やっちゃえ! 愁思郎!」

「あぁ。俺が勝つとこ、よぉ見とれ!」

 後神が見越し入道の背後に転移すると、愁思郎の右拳にまとわれた鬼面の魔力が膨れ上がる。

 眉間に三本目の角を生やし、輝く眼光で威圧する。

 そして二人は同時に肉薄。右拳の魔力を振りかぶった。


「“アームストロング・スマッシュ”!!!」


「“鬼気肉迫ききにくはく”!!!」


 二つの拳が衝突。

 魔力が弾け、激しい衝撃音と突風を生み出す。

 そして次の瞬間に二人の体が同時に吹き飛ばされ、イールクラッドは内壁に叩きつけられた。

 愁思郎もまた吹き飛ばされたが、その方向には見越し入道と後神。

 見越し入道に受け止められ、壁への衝突を回避。ダメージを最小限にとどめることに成功した。

「大丈夫か、大将」

「あぁ……あ痛た……イルはどうなった?」

「うぅん……動かなくなっちゃった?」

「死んだみたいな言い方やな?! 怖いわ!」

 イールクラッドが叩きつけられた壁まで行くと、そこでイールクラッドは空を仰いでいた。

 崩れた壁から動く様子はなく、しかしちゃんと生きていたし、意識もあった。

 ただ微動だにしないというだけで。

 イールクラッドは駆けつけた愁思郎の右腕に、視線を落とす。

「ハハ……そうか、右腕を腫れさせるくらいはできたか。だがその程度だったということだな……私も、まだまだ未熟だな」

 愁思郎の真っ赤に張れた右腕が、衝突の凄まじさを無言で語る。

 だが直接その攻撃と対峙したイールクラッドは、真に愁思郎の魔導の凄さを実感していた。

 右腕が動かない。骨が木っ端みじんに粉砕され、激痛がイールクラッドを眠らせなかった。

 同時、それほどの威力を誇った愁思郎の魔導に関しての興味と好奇心が、ますます膨れ上がり、その興奮が気絶させなかった。

(負けたか……)

 誰が見ても、己が見ても、紛れもない敗北だった。

 これ以上の続行は不可。続けるのも醜い。

 王族として、そんな醜態は晒せない。それに何より、気持ちが晴れていた。

 だからもうよかった。

 決着は、ちゃんと着いた。清々しいほどに圧倒され、イールクラッド・スウィフトシュアの敗北が、決定した。

「神裂文音の作品に、『二兎を追う者は一兎をも得ず』と言うのがあるな。そこの一説で、私が気に入っている文章がある――」

「二兎追って一兎も得られないと諦めてる奴より、二兎とも捕まえようとする奴の方が強いって奴?」

「……なんだ。よくわかったな」

「俺も結構気に入ってるんだ、そこ。文姉らしいと思ったから……昔もそんなことを言われた気がした」

「そうか……やはり神裂文音は素晴らしい」

 決闘の終了と共に、コロシアムの魔術式が発動。

 倒壊した部分は修正され、この戦いで受けた傷も治っていく。

 魔力までは戻らないのが難点だが、しかし二人がこれ以上戦う意味は、どこにもなかった。

「次があったら、負けんからな。スウィフトシュア軍国の姫は、同じ相手に二度は負けない」

「おぉ。でも次も負かしたるわ。うちは天下を取る男やからな」

「天下、か……それは――」

 イールクラッドが言いかけて、それを遮る突然の警報。

 大学にはいくつかの警報パターンがあって、生徒達はそれに従って動くように教わっている。

 今回のこれは付近に魔物の出現を知らせるもの。つまり大学の付近で魔物が暴れているため、速やかに退避せよとのお達しだ。

 決闘の観客達は教師の指示を受けて、一斉に避難場所へと走り出す。

 だがその中で、何人か動かない者達がいた。それは、愁思郎とイールクラッドの二人も含む。

「魔物か……ここからやと、誰が出てくるか」

「ここの教師や軍の者達だろう。最も優秀な人材とやらは、乏しいだろうが」

「なるほどな……」

 一拍置いて。

「なら、優秀な人材が行ったるか」

「奇遇だな。私も同じことを考えていた。最も、能ある鷹とはいかないがな」

「安心せい。それはうちもや」

 それだけ言葉を交わすと、イールクラッドは戦艦を召喚。

 愁思郎は見越し入道に飛び乗り、二人は大学を飛び出して行く。向かうのは魔物の発生地。

 そして、そんな二人を追って、何人かの魔導師候補生達が走り出す。

 後に停学処分を下されることなど構いもせず、自称、優秀な人材達は魔物の群れに臆することなく向かって行った。

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