能ある鷹は爪を隠すーⅥ
異能者同士の決闘などよくあることなのだが、このときは凄い数の人が集まっていた。
教師陣も何人か見に来ていて、それだけこの二人――特にイールクラッドに対して、魔導師達が注目しているということだろうことが見て取れた。
決闘ということで、スウィフトシュア軍国のボディーガードだろう人も今日は多い。
もしも大怪我などさせた暁には、国際問題にすら発展しそうな勢いであるが。
「案ずることはない。彼らが手を出してくることは、私が禁じている」
「そいつはどうもおおきに。調子はどうっでっか? うちはぼちぼちでんなぁ」
「仕上げて来たさ。たった三日という短い期間だったが、この日のために最高に仕上げて来た。私にとって、これはそれほどの戦いだ。故に手を抜けば許さないぞ、愁。全身全霊でかかって来い」
「そうかい。なら、遠慮なしで行くで」
互いの健闘を祈り、互いに礼装を出して
サーベルと銃身がぶつかって、高い音を響かせる。
即座に距離を取った二人が構え、金打の高い音がこだましながら段々と小さくなっていくのに意識を向け、そしてその音が完全に聞き取れなくなった瞬間、二人は同時に動き出した。
愁思郎はその場から銃を投げ、イールクラッドにサーベルで撃ち落とさせる。
その隙に魔導を発動。
後背転移で背後に転移。
そのまま振り返ったイールクラッドの頭にヘッドショットを決め込もうとしたが、振り返る勢いで足払いをくらい、よろけて重心が崩れ、射撃まで至らない。
その体勢を崩された愁思郎に、イールクラッドはサーベルで斬りかかるが、愁思郎はとっさに鎖を引いてそれで受け、さらに操作の魔法で鎖を操作。サーベルを握るイールクラッドの腕に、鎖を巻き付けた。
そのまま愁思郎は後方に跳躍。
イールクラッドと距離を取り、鎖が巻き付いた腕を引っ張る。
イールクラッドも対抗して腕を引くが、男女の差か愁思郎の腕力の方が勝っていて、体勢を崩されそうになる。
ならば、とイールクラッドは作戦を変更。
距離が取れないのなら向かうまでと、愁思郎に向かって行く。
魔法で脚力を強化して速度を上昇、凄まじい速度で愁思郎へと向かい、跳躍し、強化した脚で蹴りを喰らわせにかかる。
だが愁思郎はまたしても後背転移で居場所を転換。
握っていた銃を頭上に抛ると手刀でイールクラッドの首筋を打ち、打撃で神経を麻痺させようと試みる。
だがこれが、まずうまくいかない。
そしてここでは、その七回分の結果――つまり失敗した。
イールクラッドは打撃を喰らい、背後に愁思郎がいることを理解すると、着地と同時に全身で振り返り、その勢いで高く上がった脚で回し蹴りを叩き込んだ。
宙にいた愁思郎は
思わず銃を離してしまうほどの凄まじい蹴りで頬を潰され、ゴロゴロと転がされる。
なんとか停止して状況を再確認してみると、鎖の束縛から解き放たれたイールクラッドがサーベルを突き立て、あの魔導を繰り出そうとしていた。
「愁思郎!」
ここまで黙っていた
事態を把握し、後神の声で体の硬直が解けた直後にイールクラッドの後方に転移。
銃を拾い上げてそのまま撃ち抜こうとするが、それよりも早く現出された砲身が、愁思郎を容赦なく砲撃した。
コロシアムには大規模な魔術陣が刻み込まれており、魔力を介しての異能による傷は、意識喪失の後に無効化される。
故に魔導師同士の戦闘で誰かが死ぬことはない。
愁思郎がヘッドショットを決めようと思えたのも、魔力で構築された弾ならば、彼女を殺す事はないからだ。
同様の理由でイールクラッドもまた、遠慮なしの砲撃を浴びせたのだが、周囲の野次馬が愁思郎が死んだとすら思うほどの凄まじい砲撃で、砲弾が炸裂した地面が焼け、黒煙が立ち上り続けていた。
が、愁思郎は死んでいない。
そして再起不能にも、なっていなかった。
「あっぶな!」
その場を離脱しながら、愁思郎は危機一髪のところで逃れられたことに興奮していた。
咄嗟に銃を遠くへ投げ、その背後に転移することで逃れたのだが、逃れるまでの一瞬で砲撃された砲弾が垣間見えて、本当にギリギリだったことを突き付けられていた。
コロシアムの端まで走ると鎖を伸ばしながら銃を投げ、観客席の上にある彫像の頭へ。
そこから見下ろしてみてもはやり巨大すぎるイールクラッドの戦艦は、周囲の誰もが倒し得ないものだと思い込み、誰もが愁思郎の敗北を脳の表層に描いた。
イールクラッドはサイズの異なる戦艦を三隻召喚し、その中で一番巨大な戦艦の甲板で仁王立ち、愁思郎を見上げる。
(砲身から見て、さっきうちを撃った奴やな……にしてもやっぱでかいわぁ……)
全長約一七〇メートル。幅二五メートル前後。
戦艦の大きさは長さや幅ではなく排水量で比べるということを知らない愁思郎は、見た目の大きさで素直にでかいという感想を抱く。
実際スウィフトシュア軍国の戦艦の中でも、彼女が今回選び出した戦艦はどれも小振りな部類なのだが、愁思郎がそれを知るのはもっとずっと先の話だ。
何故小型戦艦を選んだのかと言えば、それは単純に、このコロシアムに入りきらなかったからであった。
(砲撃がしづらいな……作戦でも練る気か――だがそうはいくか!)
(さてっと……どないするかなぁ……まぁだ切り札を出すのは早――!?)
愁思郎がいた彫像が砕け散る。
跳躍した愁思郎が見たのは、戦艦から伸びるアンカーが、彫像を粉砕している絵だった。
自分の持つ礼装のよりもずっと太く頑丈そうな鎖の上に立つと、愁思郎は迷うことなくその鎖を辿って戦艦へと走る。
それを迎撃するべく三隻の砲撃を浴びせるイールクラッドの容赦のなさに、周囲は一歩引いた。
だが実際に引くべきは、愁思郎の微塵も臆さないその根性の座り方である。
自分の身長よりもずっと大きな砲弾が飛んできて炸裂するというのに、まったく臆する様子もなく突っ込んでいく。
別段そこまでの接近戦を強いる礼装を使っているわけでもないというのに、勇敢果敢に挑んでいく愁思郎の姿は、若干の狂気すらも感じさせた。
鎖の上を駆け抜けて跳躍。
甲板の上へと滑り込んで、イールクラッドと相対した愁思郎は両手に礼装【
イールクラッドがサーベルを抜くと、片方を投げつけて肉薄した。
銃がサーベルで弾かれるものの、そのサーベルを握る手を蹴って落とす。
そしてそのまま至近距離からの狙撃を試みて、イールクラッドのお返しとばかりの蹴りでもう片方の銃を蹴り落とされた愁思郎は、そのままの勢いで繰り出された回し蹴りを手刀で受け止めた。
そこから繰り出される肉弾戦の応酬。
掌打と拳、蹴りと蹴り、時に額と額がぶつかり合い、まとっている魔力が削れて散る。
魔導師の戦闘と言えば、豪華絢爛ド派手な必殺技たる大規模魔導の応酬がセオリーであるが、観客席の皆は厭きる暇もなく見入っていた。
主人の代わりに悲鳴を上げる筋肉。泣く骨。
軋む体と体を衝突させる両者のぶつかり合いは凄まじく、魔導師同士の戦いであることを忘却させてしまうほどの、極められたものだった。
振り絞られた回し蹴りと鉄をも貫く勢いで繰り出された手刀の一突きが衝突する。
だが蹴りと手刀では蹴りの方に軍配が上がり、愁思郎は弾かれた。
そのまま全身を振り回してでの後ろ回し蹴りが、愁思郎に襲い掛かろうとしたそのとき、操作の魔法によって持ち上がった銃が愁思郎の手に収まり、燃え盛る火炎弾でイールクラッドの踵を撃ち抜いた。
撃たれた反動で体勢が崩れ、よろめくイールクラッド。
後で治るとはいえ、撃たれるのは痛い。とてつもなく痛い。
だがイールクラッドは怯むことなく距離を取り、戦艦を操る。
甲板の蓋が開くとそこからサブマシンガンが現れて、愁思郎目掛けて連射。
弾丸の横雨を掻い潜って距離を詰めようとする愁思郎に、さらにイールクラッドは攻撃を向ける。
誰もいない操縦席から黒い塊が降って来たかと思えば、それはすべて手榴弾。しかもピンが抜けている状態。
降り注がれる爆発の嵐から離脱した愁思郎は勢いよく甲板から飛び降りて隣の戦艦へと飛び移る。
すると、人くらいの高さの台にマシンガン銃が括り付けられた簡素な作りの射撃マシーンが数台まとめてお出迎え。
自動かそれともイールクラッドの操作なのか、一斉に愁思郎に照準を絞ると、一斉に連射した。
「愁思郎、愁思郎!」
「なんやねん!」
「もう奥の手出しちゃえば?! 戦艦三隻を相手にどうするの?!」
後神の言うことは一理ある。
だがここで今用意している奥の手を使うことによって得られるメリットよりも、デメリットの方が大きい。
故にまだだ。まだ――
「後神!」
「うん!」
「まずはこれを落とす! 連続で行くで! 付いて
銃声の嵐の中、愁思郎の声を聞きとった後神は愁思郎の背中にピッタリくっ付く。
それを合図に跳躍した愁思郎はすぐさま転移。
飛んだのは無論背後。誰のかと言えば、戦艦の背後だ。
全自動マシンガンが乗っていた小型戦艦の背後を取ると、愁思郎は【種子島】に魔力を込めた。
その胸の内で、魔導に捧げた言の葉を紡ぐ。
それは、威力には決して関係しないことだったが、愁思郎が自身の魔導に対する感情の深さがわかるものであった。
ただ口で言葉として放たないのは、自分で考えたにしては実に恥ずかしい小文だったからで。
(九山八海、一世界――千個集まって小千世界……九千の山脈! 八千の海原を駆け抜けて、巡りゆく荒風に――貫けぬものなしと来た!)
愁思郎は跳躍。
後部甲板に取り付けられている砲台が愁思郎を捉えて迷いなく砲撃。
巨大な砲弾が飛んでくる中、愁思郎はただ戦艦の船尾のみを捉えて、引き金を――引いた。
「“
圧倒された。
周囲の観客が、一斉に言葉を失う。
小型の戦艦に任せて大技の準備をしていたイールクラッドの、魔力が乱れる。
皆が見たものはそれこそ、起こるべくして起きた結果と言えたが、しかしそうなるには途方もないエネルギーが必要である計算であって。
本来ならば、人一人の手で遂げられるものでは決してないのだが。
だが事実、今目の前に広がっている光景――その、横に真っ二つにされて空中に抛り上がっている戦艦の上半分は、藁垣愁思郎その人一人の手によって、そうなったものである。
銃で撃ったことでそうなったとは思えない、見事に鋭利な切り口。
まるで戦艦をミルフィーユにするが如く、刃物で切ったかのようであるが、例え刃物でもそんな芸当ができる代物は数少ないだろう。
戦艦の分厚い装甲を貫いて、真っ二つに両断してみせた愁思郎を、イールクラッドは目で追おうとする。
が、両断された戦艦の船尾の方向にいたはずの愁思郎の姿は、遅れて上がった砲撃の黒煙の中から見つけられない。
忙しなく視線を動かして探すと、イールクラッドは自分が立っている大型戦艦の主砲の上で、次に落とす小型戦艦を見下ろす愁思郎を見つけ出した。
「このっ……?!」
小型戦艦で撃ち落とそうとしたイールクラッドは、そうしようとして止まった。
現在の角度で主砲を狙い撃てば、愁思郎に確実に避けられる上に主砲を失うことになる。
そう思ってイールクラッドが躊躇した矢先に、愁思郎は飛んだ。
銃口の片方が、赤く燃える。
(九山八海、一世界。千個集まって小千世界……九千の山脈! 八千の海原を明るく照らす! 天照の煌炎に、燃やせぬものはなしと来た!)
「“小千世界・
いつしか正体不明の魔物女と戦った際に使った技だが、このときの規模は愁思郎が繰り出せる最大規模。
元々“小千世界”から始まる技は大型の魔物専用のために人間相手に使うことはあの女の件以外でないのだが、戦艦相手ならば遠慮はない。
一矢の名に相応しく細長い炎をまとって駆け抜けた魔弾は、小型戦艦の主砲の中に入って炸裂。そのまま中に侵入し、火薬に引火すると大爆発を引き起こし、二隻目の戦艦を爆破、炎上させた。
戦艦の上に着地して、その様を見下ろす。
「やったね、愁思郎! 戦艦の壊し方、勉強しておいてよかったね」
「お、おぉ……せやな」
(って、調べてみても全然わかんなかったさかい……力任せの大技連発してるだけやけどな……?)
それでも、戦艦を真っ二つにしたり炎上させたりと、常人離れのことをやってのけているのだが、愁思郎に余裕はない。
戦艦二隻、陥落。
この成果を得ても、まだ勝負は続いている。
実際イールクラッドの左足踵を射抜いたものの、それ以上のダメージは与えてはいないのだ。
それに今の攻防の最中に、イールクラッドは何かしらの魔導発動のための魔力を溜め終えた様子。
次に来るのは、相当の大技か。それとも勝利のために必要な奇策に通じる一手か。
どちらにせよ、油断はならない。
「まさか戦艦を二隻も……小型船だったとはいえ、沈めるとはな。だが……!」
戦艦から伸びてくる、大量のアンカー。
それを躱すため、愁思郎は戦艦から降りることを余儀なくされた。
そして同時に発動する、イールクラッドの魔導。
それは重力の魔導。属性は闇。
魔力の属性は複数持ちが基本であり、二つ以上は持っているものだ。故に彼女が闇属性を持っていても、なんの疑問もない。
だが重力は魔力性質、構築によっては発生しない。
となると、彼女の魔力にはまだ他の性質があるということである。
魔力性質は属性と違って後から付け足すことができない、先天性の大きいものだ。性質が多いと言うことは、それだけ多才と言っていい。
イールクラッド・スウィフトシュア。
彼女の実力の根本は、多種多様かつ豊かなその才能にあると見ていい。
努力家達が一度は憧れ、妬み、悔しがった人種だ。
「忘れていないか? 私の国は陸海空すべての軍隊を持っているが、最強とされているのは空軍だ。そして私が操り、生み出す戦艦も海上戦艦ではない。自立飛行型魔導航空戦艦・スウィフトシュア。それが、私の魔導だ!」
重力の魔導によって、巨大戦艦が浮かび上がる――いや、飛ぶ。
愁思郎の頭上から、すべての砲口を向けて、砲撃のときを待っている。
その図は壮観で、それを見た愁思郎は思わず男子心をくすぐられ、思わず「めっさカッコよ」と言ってしまった。
無論、冗談ではなく。
「さて、どうするんだ! 愁! 生憎だが大型の装甲は小型の比ではないぞ?! 巨大氷山の一角すらも突き崩す、砕氷船に匹敵する硬度だ!」
余程自信があると見える。
それもそうだ。
軍国の姫様が、自身の国の象徴とも言える兵器を魔導で作り上げてまで戦っているのだ。
そこに誇りがなくてなんとする。自信がなくてなんとする。
当然、愁思郎にも自信がある。
彼女達、妖怪との絆に対して、それは過剰なほどの自信が。
今までそれを蔑ろにしてしまったが、これからは。
今まで通りだったらここでこんなことはしなかった。
だからやる。
変わるのだ、自分は。
「イル! 誰かが言うてたな? 魔力性質は皆誰もが同じやと。その性質のどの部分を伸ばしていくかで、得意不得意が決まっていくものだと」
「魔力性質同質論か……それがどうした!」
「うちは不器用でなぁ! 色々性質があっても、伸ばせるのが一個だけやった。無論他にも伸ばしたが、うちはその一個を重点的に伸ばした! その結果が今のうちや! せやから、うちは己に負けるわけにいかんのや!」
「――
愁思郎の咆哮。
それに呼び寄せられたのは、巨大な
ズシン……ズシン……と、相当の重さを感じさせる音でどんどんと近寄って来るそれは、コロシアムに影を作り、戦艦と、それに乗るイールクラッドを見下ろした。
戦艦が、くるぶしほどの大きさにしかならない。
それだけ巨大な、山よりも大きな人型のそれは、戦艦を見下ろして「なんだ……とんでもなくでけぇって聞いたのによ……小せぇな……」と、言ったように聞こえた。
それがとてつもなくデカすぎて、もう声として認識できない。
バカでかい何かにしか聞こえなくて、イールクラッドはただ恐怖した。
それこそ、自信を喪失してしまいそうになるくらい。
「って、デカすぎやて、見越し!」
「あぁ、すまん大将……戦艦なんて見たことねぇから、加減がちょっとわからなくてよ……」
「戦艦言うたかて、船なんやから! 神様を相手にするんやないんやで?!」
(あれと会話しているのか……? となると、奴の召喚獣、なのか?)
イールクラッドの疑問を他所に、愁思郎は巨大なそれ――今回の決闘の奥の手、見越し入道に話掛ける。
「ともかくうちが肩に乗りたいんや! 調度えぇ大きさになってくれや!」
「承知した」
次の瞬間、見越し入道はコロシアムを跳び越えて来た。
その一瞬で、自身の体の大きさを調節して、調度戦艦の倍程度の大きさになった赤膚の大男は、愁思郎を肩に乗せ、戦艦と対峙した。
「さぁ頼んだで、見越し入道!」
「今回はコソコソしなくていいんだな、本当に」
「あぁ、存分に暴れたり!」
決闘。
さらに白熱す。
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