薬を売っているのは誰なの?(資格者のお話)

「今さらですけど、竹鋸さんって薬剤師なんですか?」


 違いますよ……どうしたんですか、急に電話をかけ始めて。


 ……ぁんファンファン。キキーッ。ガチャバタン。ツカツカツカ。ウィーン。


 いらっしゃいませ——とっつぁん、と呼ばれていそうな格好をした人が来店しましたね。


「身分詐称により身柄確保!」


 いきなり人生初の手錠が⁉ 


「専門家ぶって薬の講釈を垂れるなどいい度胸だな!」


 文章に感じ悪さを覚えたのなら謝罪しますが、私は薬剤師なんて一言も言っていません。それに登録販売者とうろくはんばいしゃの資格を持っています! これ見てください、ほら名札!


「ファンタジー設定の話は署で聞こうか」


 妄想じゃなくて! ちょ、放し……。



 無理やり取調室っぽい部屋に連れてこられました……うっ、卓上ライトが眩しっ。


「で、その登録……なんとかって異世界のライセンスは何だ?」


 登録販売者。現実世界に存在する資格です。

 一般用医薬品を販売できる資格で、2009年の薬事法改正で新設されました。

 それまでは営業中に薬剤師がいなければ薬を販売できませんでしたが、改正後はどちらかの資格者がいれば販売が可能となったのです。


「聞いたことがないぞ」


 大々的に取り上げられていた記憶は……ないですね。未だ世間には馴染みの薄い資格じゃないかな、と思っています。

 でも常に薬剤師不足に悩んでいたこの業界にとっては、大きな変革でした。

 

「薬剤師とは、どう違うんだ?」


 知識量では圧倒的な差があります。調剤——処方せんに基づく薬の調合もできませんし。より実質的な部分で言えば、販売できる薬の範囲に制限があります。


 市販の医薬品は成分や内容によって「第一類」「第二類」「第三類」と区分されていて、その中で第二類と第三類の取り扱いが許可されます。

 第一類は副作用に特に注意が必要など、薬学部卒業レベルの知識が求められるため、資格に含まれません。


 昔の赤魔導士みたいなものです。中級のケアルラまでは扱えるけれど、上級のケアルガは扱えない。できることは医療専門職に及ばないけれど、代わりに生活雑貨の販売知識を有する。さながら、ドラッグストアに勤める薬剤師は賢者になりますね。


 私的かつ勝手なイメージなので、ツッコミはご遠慮ください。


「そういや以前、薬を買いに行ったら、これはいま売れないとか言われたな」


 きっと薬剤師がいなかったからでしょう。資格者不在の場合、第一類の取り扱いがあっても販売は許されません。第二類、第三類であれば購入できたでしょう。


 新設当時は、ずいぶん苦言をていされたものです……「お前資格者なのに売れねぇってどういうことだよ!」と怒鳴られました。法制度の変更をお伝えしても今度は「役立たず」と吐き捨てられ……不遇の時代もありました……。


「ま、客には関係ねえ話だわな。だが営業に差し支えるんじゃないのか?」


 市販薬の9割以上は第二類と第三類なので、大体の商品は取り扱えます。それに今は、薬剤師がいない店で第一類の取り扱いはしません。

 認知も広がりましたし、店舗の販売体制も整ったおかげで安定していますよ。



「その資格ブツはどうやって手に入れたんだ」


 違法薬物みたいに言わないでください。一応、国家資格なんです。

 私が受験したときと制度が改正されているので、改正後についてお話しますね。


 現在、学歴や実務経験は不問となり、誰でも受験できるようになりました。各都道府県で行われる試験に合格し、役所に届け出をすれば登録完了。

 そこから正式な店舗管理者・代行者となるには、実務経験が関わってきます。


「俺でも資格だけなら取れるってわけか……で、どうなんだ、内容は?」


 選択式の筆記試験なのですが、文系で進んできた私にはかなり難しかったですね。就職したあとに大学時代のような猛勉強することになるとは、思ってもいませんでした。


 問題数は120問。法規、医薬品特性、人体作用など五つの項目に分かれています。

 正解率70%前後が合格の目安ですが、各項目ごとにも合格ラインが定められています。どれかひとつでも下回った場合は、全体の点数が良くても不合格。まんべんなく勉強しなければなりません。


「登録販売者ねぇ……どうにも地味な資格にしか聞こえんのだが」


 字面じづらを見ただけでは、ピンと来ないですよね。『薬』の漢字が入っていれば、印象もだいぶ違うのですが。でも、何かと重宝する資格だとは思いますよ。


 出店の多い業界なので、資格者は常に求められています。スーパーとかホームセンターでも、医薬品を取り扱う業態は増えていますし、各方面で仕事に就く際にも有利な資格ではないでしょうか。


 私個人としては、カクヨムの投稿に役立っているのが何より大きいですね。資格を取っておいて良かったと、今年になって常々思います。

 

「取得までが困難だが、取っちまえばこっちのもん、って寸法か」


 いえ、むしろ取ったあとの方が大変ですよ。医薬品はどんどん新しい商品が発売されますので、勉強は欠かせません。知識向上の外部研修もあります。

 お客様から見れば、薬剤師も登録販売者も同じ専門家ですから。


持てる者の義務ノブレス・オブリージュ、って奴か……立派なもんだ」


 私は100億円がチャージされた携帯なんて持っていませんし、仕事中も投稿のことばかり考えている不真面目な従業員ですよ。


 でも、常日頃から的確なアドバイスができるようには努めています。間違えれば人体に影響を与えかねませんから。薬の相談を受けるのは何年たっても緊張しますね。


「疑って悪かったな。釈放だ。詫びってわけじゃないがカツ丼、食うか?」


 お気持ちはありがたいのですが、今週、健康診断が控えているので油ものはちょっと……それより刑事さん。

 いや、あなたしかいないじゃないですか。


「ん? まだ信じていたのか。俺はテコ入れ屋だ。通報した奴もな」


 テコ入れ屋?


「内容の変わり映えしない、マンネリな投稿に派遣される専門業者だ」


 なにその仕事⁉ たしかに、いつもと趣向は変わりましたが……それより、あなたの方がよっぽど身分詐称でしょうが!


「俺は刑事だなんて一言も言っちゃいねぇぜ」

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