第72話 アズキ菜採りの真実

 …しかし翌朝はやはり寒かった。

 股に挟んだ湯タンポも冷めて首すじが寒い。

 震えながら起きると、すでにヤイ叔母とミツイは朝御飯の仕度にかかっていた。

 カマドには薪が燃え、飯釜からは湯気が立ち、2人は台所とカマド周りをくるくると動き回っていた。

「お早う、王子!早く顔を洗って囲炉裏の火にあたってて!…ばあちゃんとお茶を飲んでなよ、すぐに朝御飯にするからね!」

 ミツイに言われるままに洗面所に行くと、蛇口の水が跳び上がるほど冷たくてバッチリ目が覚めた王子であった。

 …みんなが揃って朝御飯の後は、いよいよ勝負のアズキ菜採りに出発である。

 アズキ菜は雪が消えた地面に一番に生える山菜で、葉は柔らかく風味にクセが無いので、おひたし、和え物、味噌汁の具とオールマイティーに美味しい春先の貴重な食材なのだ!

 …ということを後になって王子は知った。

 という訳で、みんなの顔色にもそこはかと無く意気込みが滲む朝であった。

 結成されたアズキ菜採りチームは、隊長ミツイ以下、トシコ、ヨシコ、清吉叔父と王子の五人編成で、準備を整えると雪の庭先に集合した。

「よし!じゃあ出発するよ~っ!」

「お~っ !! 」

 気勢も高らかに5人は歩き出し、まずは家の裏山に登って行く。

 家と裏山の頂きとの標高差はおよそ100メートル。

 夏の間は草むす緑の中をジグザグと山道を行くところだが、今日は1メートル厚の残雪の斜面をまっすぐに上がって行く。

 朝の内はこの山腹は北斜面で日陰の部分が多く、雪面は凍っていて足が沈まないので思ったより歩きやすかった。

 この時期になると新雪はほとんど降らないので雪の表面はザラメ状で、砂埃等でうっすら汚れていた。

 雪面の所々には横筋に亀裂が入っている。昼夜の気温差で雪面が凍ったり緩んだりするうちにこうしてピキピキと亀裂が入るのだ。

 残雪の上の空気は冷たいが、およそ20分かけて山上に登ると額に汗ばむくらいに身体は温まっていた。


「じゃ、王子も頑張って!」

 ミツイがそう言って前掛けを差し出した。

 前掛けはお腹のところに大きなポケットがあり、身に着けると何だかまるでドラえもんみたいである。

「ええっと、それでアズキ菜ってどの辺にあるの?」

 王子が訊くと、

「こっちだよ!」

 トシコが、今上がって来たのと反対側 (尾根の向こう側) の斜面を指差して言った。

「…えっ !? 」

 裏山の向こう側斜面はすでに雪が半分以上無くなって地面が露出していた。しかし王子が驚いたのはそんなこ とではなかった。

「が、崖じゃん、これって…!」

 王子には今はっきりと理解できた。

 こっちの面は日当たりが良いので雪面に亀裂が入ると、かなりの面積の雪塊がプレート状のまま下に滑落して一気に地肌が現れるのである。

 その傾斜角度は上から見ると身がすくむ恐怖を感じるものだった。

 しかも斜面の草などは全て下に向かってなぎ倒された状態で枯れて湿っていて見るからに滑りやすく、とても斜面に人が立てるとは思えない。

 斜面の遥か下方に小さく谷川の流れが見える。

 …この崖斜面にアズキ菜が出ていると言うのである。

「………… !? 」

 いったいどうやって採るというのか?…と王子が戸惑っていると、

「よし、行くぞ!」

 突然清吉叔父が崖面に飛び出した。

「えぇっ !? 」

 驚いて目で追うと、清吉叔父は斜面を半ばスライディングしながら途中ぽつぽつと生えている木の一つを手で掴んで止まった。

「王子!これがアズキ菜だよ」

 そして片手で木に掴まりながら片手で地面の山菜を採って王子に見せると、ドラえもん前掛けのお腹のポケットに入れたのである。

 それを見て王子はトシコに訊いた。

「あの…走り降りてって木を掴み損ねるとどうなるの?」

 トシコはあっさりと言った。

「あの、下~の谷川までノンストップかな」

 …実に分かりやすい答えであった。



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