第70話 春から冬への竹之高地

 …181系電車特急ときは静かに雪国を駆け抜ける。

 線路は雪原の中を大きくカーブしながら標高を下げて行き、間もなく列車は温泉とスキーの町、越後湯沢に停車。

 数人の乗客を降ろして発車すると、以前大雪で夜行列車が足止めされた石打駅を、まもなく特急ときはあっけなく通過して行った。

 …さすがに3月も終わりの時期なので、豪雪エリアの魚沼盆地も六日町を過ぎると線路脇に地面が見えるようになってきた。

「雪が消えてきたぞ…!」

 車窓風景を見ると、関東平野から逆行していた季節がまた春に向かって進み始めた感じである。

 …遠くの山々はまだ真っ白だが、小千谷を過ぎて列車が新潟平野に抜け出ると、沿線にはもう雪は無かった。


 …昼過ぎに特急ときは花曇りの長岡駅に到着した。

 長岡はこの頃人口20万人ほどの、新潟県では2番目の都会である。

 雪の無い駅前バス乗り場から蓬平行きの越後交通バスに乗り、王子は1人竹之高地に向かう。

 …市街から郊外へとバスが走り抜けると、田んぼにも雪は無く、ただ寒々しい枯野に姿を変えていた。

 だが山間部への入り口、村松集落から奥へと向かうと谷川沿いに残雪があり、さらに進むとどんどん雪が増えていった。

 …終点の蓬平バス停からは竹之高地まで約2キロの歩きだが、車の通れる新道はすでに除雪されていて、以前の辛い雪中行とは全然違って楽な道行きであった。…ただし周囲の山々はまだ1メートル弱の残雪があり、しっかり冬景色のままである。

「まるで季節が行ったり来たりだなぁ…!」

 王子は白い息を吐きながら坂道を上がって行った。

 …やがて不動様の前から落ちる不動滝の水音が聞こえて来た。

 残雪の冷気の中、2キロの登り坂を歩いて来た王子が竹之高地に着いた時にはしかしうっすら汗をかいていた。

 集落の中はミツイの言ってた通りまだ1メートルの雪に覆われていた。


「王子!…おわ~、んな1人できたがだ?…ごうぎだごうぎだ!さ~び~ろう?はやあがれいも!」

 ※訳(王子!…うわ~、お前1人で来たのかい?…偉い偉い!寒いだろう?早くお上がり!)

 長兵衛本家にたどり着くと、祖母キノがそう言ってヤイ叔母とともに玄関で出迎えてくれた。

「いやぁ、もっと凄い雪かと思ってたから、わりと楽に来れたよ」

 王子が明るく言って居間に上がると、部屋の囲炉裏に薪が燃えていた。

「ミツイちゃんやトシコちゃんは?…」

 居間の隅にリュックを降ろして王子が訊くと、

「長岡の街に買い物に行ったんだよ、夕方には戻ってくるさ」

 とヤイ叔母が言った。

(どうしても来てほしいって言ってた理由は何なんだろう?…)

 …王子はそれがずっと気になっていた。

 静かに燃える囲炉裏の火を見ながらお茶を飲んで王子が寛ぐうちに外は日が陰って急激に寒さが忍び寄って来た。

 雪の時期、新潟の山村の民家は何しろとても寒いのである。

 家の中に囲炉裏があり、御飯炊きも風呂焚きも釜に薪を入れての直火燃焼方式の生活なので屋根天井に煙逃しの吹き抜けがあり、建物が密閉構造になっていないのだ。

 したがって雪の時期の暖房と言えるものは囲炉裏の火と堀炬燵しか無い。

 仮に石油ストーブやガスストーブなどがあったとしても、この辺境豪雪の竹之高地集落に冬季灯油やガスボンベを配達に来る業者など無いのである。

 王子は背中を丸めて祖母キノと一緒に今度は炬燵に入ってお茶をズルズルと飲んでいた。

 …山間集落は昼間の時間もまた短く、暗くなるのも早い。

 平野部ならば太陽は地平から出て地平に沈んで行くが、極端な話、竹之高地では太陽は山の上から出て上空をちょっと横切り、また向かい側の山の上に消えるのだ。

 そして雪に埋もれた家をじわじわと寒さが包み込んで行くのである。

「よーさるんなるとさぶなるて~!」

 ※訳(夜になると寒くなるねぇ!)

 キノが王子に言った。

 …すると、玄関の方から話し声が聞こえた。

「ミツイちゃんたちだ!」

 王子は炬燵から出て玄関に走って行った。

「お帰り~っ!」

 元気良く笑顔で叫ぶとミツイとヨシコとトシコがちょうど玄関の戸を開けて入って来たところであった。




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