第68話 ヒサコの告白

 …修学旅行が終わると、季節は春から夏へと移り変わり、蒸し暑い梅雨が明ければもう夏休みである。

 王子は例によって新潟に行って楽しく過ごすうちに短い夏は去り、北松戸に戻って2学期が始まると街には秋の風が吹いた。

 …お店のお姉ちゃんも、住み込みで働く者はヒサコだけになっていた。

 もはや時代が変わって働き手もほとんどがパートやアルバイトになっていたのである。


 秋のお彼岸が過ぎた頃、ヒサコにお見合いの縁があった。

 …フミの店は相変わらず忙しく、サダジの仕事もやはり多忙で、弟ユージは幼稚園のお友だちと公園やお互いの家に遊びに行ったりする日々の中、ひとりのほほんとしている王子には、実は本人の知らぬ間に王子様生活の終わりが近づいていたのである。

「来年からは中学生かぁ…そうだ、中学生になったら !! …」

 深まる秋の夜長の晩に、さすがに王子もちょっとしみじみ物思ったことは、

「新潟行くのに電車賃が倍額の大人料金じゃん!…もうっ」

 …やっぱりのほほん能天気なのであった。


 学校生活の最終学年というのは二学期以降が光陰矢のごとしで、瞬く間に過ぎ去って行く。

 一家で勝負のクリスマス…終わってやれやれお正月。

 …そして最後の三学期に入った。

 クラスの中には私立の中学に進もうとする者も少しはいたが、王子を始め大多数は普通に市立の中学生になるので、もうすぐ卒業だからといって特にセンチメンタルになることも無くみんなへよ~んとしていた。

 そんな卒業式がだんだんと近くなってきた2月のある夜…。

 王子が寝ている2階の四畳半の部屋の扉がノックされた。

「…何…?」

 王子が起きて扉を開けるとそこにはヒサコが立っていた。

「どうしたの?ヒサコちゃん…」

 ちょっと思い詰めたようなヒサコの表情が気になった王子は不安を感じて言った。

 …黙ってうつ向くヒサコと不安顔の王子の間にやや重い空気が漂う。

「王子…あのね、私…私、結婚することになったの!…」

 ようやく意を決してヒサコが言った。

 …昨年からヒサコが華道を習い、秋に見合いをしたのを知っている王子なので、さすがにのほほんとしつつも実は何となくそんな話かなと予想はしていたのであった。…要するについにこういう時が訪れたのである。

「お嫁さんになるんだからおめでたい話じゃないか…良かったね!…ヒサコちゃん」

 王子は努めて明るく言った。

「…ごめんね、王子…だから、私…王子のこと大好きだけど、四月いっぱいでこの家を出るのよ…」

 ヒサコはすでに涙がこぼれそうな顔色になっていた。

「僕もヒサコちゃんと一緒で嬉しかった…本当のお姉ちゃんみたいでいつも楽しかったよ!…」

 王子はヒサコの落涙ペースにハマらぬように気をつけて笑顔で応えるのであった。

「…王子、大丈夫?私が出て行ったらもう誰も王子のこと守ってあげる者が居なくなっちゃうんだよ!」

「えっ !? 」

 真剣な顔でそう言うヒサコに、しかし王子は大きな戸惑いを覚えた。

 確かにヒサコを始めずっとお姉ちゃんたちには優しくしてもらって来たが、「守ってもらっていた」という認識は無かったからである。

「………!」

 何と答えたら良いか分からずに無言でいるとさらにヒサコは、

「…王子!…しっかり頑張っていくのよ!」

 と言って王子の顔を両手で軽く挟んだ。…そして王子の眼を少しの間じっと凝視するとスッと手を離し、

「…王子は男だもの、きっと大丈夫よね…お休み」

 と囁いて自分の部屋に戻って行った。

 …王子は自分の布団に横になると、ヒサコの言葉が頭の中でバウンドしていた。

「今までウチに居たお姉ちゃんたちは皆ボクのことを守ってあげるべき存在として見ていたのかなぁ?…」

 そう思うと王子は何だか寂しいような切ないような有難いような、今まで感じたことの無い不思議な気持ちを覚えるのであった。






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