第61話 衝撃のサダジ消失事件
…そして年末から年が明け、正月も過ぎて冬休みも終わると、学校の三学期が始まりそれぞれがまた忙しい日常が戻って来た。
しかしそんな中でヒサコは、おそらくフミの薦めもあったのか、華道を習い始めた。
店の休みの日にはキッチリと和服を着た家元のお師匠さんらしき女の人が家にやって来て、お姉ちゃん達の部屋でお稽古をするようになったのである。
男の子である王子はそれを見ていつものヒサコちゃんが別人になったような何だか不思議な感じがしたが、これがいわゆる一つの「花嫁修業」というやつかな ? とよく分からぬままに思ったのであった。
…そんな冬の木枯らしが吹いたある日、王子が学校から帰ると、家に見知らぬ中年のおじさんが訪問に来ていて、フミがお茶など出して2人で談笑していた。
そのおじさんは王子を見ると表情を緩め、
「おぉっ!坊やがサダちゃんの王子様かぁ!…ずいぶん大きくなったなぁ!ハッハッハ…!」
と言って笑ったのである。
王子はしかしどう応えて良いか分からず、当惑顔のままに固まっていたのであった。
「王子、…この人はお父さんが以前勤めていた浅草の会社の時の同僚さんで、佐藤さんていうのよ!ちゃんと挨拶しなさい!」
フミがそう言ったので、王子は少し固まりを解きつつもぎこちなく「…こんにちは」と言って頭を下げた。
「いやぁ、今日は柏に用事があって行ってきたんだけど、帰りの電車に乗る時に、あっ!そう言えばサダちゃんが北松戸に居るんだよなって思ってさ、顔が見たくなって図々しく来ちゃったって訳なんだよ!フフフ…」
佐藤さんが笑って言うと、フミも
「せっかく訪ねてくれたのに、お父さんが配達に出掛けてて申し訳無かったわねぇ…大したお構いも出来ないけども、せめてお茶菓子でも召し上がってゆっくりしていってね!」
と応えて言った。
「いやぁ、燃料屋が冬忙しいのは当然だよ、かえって悪かったかなぁ、…それじゃあ今日はせっかくだから王子とフミちゃんに取って置きのお父さんの秘密話をしちゃおうかな !? 君の生まれる前の話だぞぉ!フフフ…」
…佐藤さんはそう言うと、王子に嬉しそうに話を始めたのである。
サダジが浅草の勤め人だった頃、フミのお腹に子供(王子)が宿ったのを知った時の喜びようは大変なものだった。
「やったぜ!俺の子供が生まれるんだ!ハッハッハ!嬉しいな、早く会いたいぜ!俺が父親だ~っ!く~っ!」
会社でのあまりの喜びように佐藤さんが、
「よし、サダちゃん!それなら今夜は前祝いってことで、ど~んと飲みに行こうじゃないか!」
と応えて盛り上がり、その日の仕事を終えた後にサダジと佐藤さん、さらに同僚の広光さんの3人で上野の街にくり出したのである。
「…よ~し、サダちゃん!もう1軒行こう!」
…何しろ今夜は祝い酒である。3人とも勢いイケイケのままのはしご酒でヘベレケになるまで飲み続け、最後の飲み屋がカンバンになったので、ようやくタクシーに乗って社宅に帰ることにしたのであった。
車で上野~浅草間は近い距離だが、泥酔の3人は乗車後に行き先を告げるとすぐにグタ~と寝てしまい、気持ち良く意識を失った後に、
「…お客さん、着きましたよ!」
という運転手の言葉で起こされたのであった。
ところが!…
「サダちゃんがいない !?」
佐藤さんが気付くと車内からサダジの姿が消え失せていたのである!
…運転手に確認したが、もちろん途中で誰も降ろしたりしてないと言うのだ。
しかし確かに車には3人で乗ったのである。…後席に3人、サダジは最後に乗り込んだ。酔ってはいたが確かな記憶である。
とりあえず佐藤さんが運賃を払うと、運転手は素早くドアを閉め、急発進してタイヤを軋ませながらタクシーは去って行った。
「…大変だ!サダちゃんを捜さなきゃ…!」
佐藤さんと広光さんは酔いも吹っ飛び、赤いけれども青ざめた表情で真夜中の社宅の扉を叩いて独身の男社員を起こすと、会社の配送用トラックを引っ張り出した。
叩き起こされた男たちは、眠いのに何事かと怪訝な顔を見せたが、佐藤さんがみんなに事情を説明して、さらに
「…という訳でこれからサダちゃんを捜索する!」
と宣言すると、トラックの運転席と助手席で2人、荷台に4人の計6人にてサタジ捜索隊がにわかに結成されたのであった。
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