第42話 キノのお出迎え

 美しくも罪深い愛に彩られた遠足も終わると、季節は春から夏へと移り変わり、新設校の1学期はあっという間に過ぎて行った。

 そして夏休みがやって来た。

 すると、休みに入ったその初日に竹之高地から祖母キノが早速やって来たのである。

 もちろん王子を迎えに来たのだ。

 キノは行商人のように大きなつづらを背負ってやって来たが、王子の家でそれを降ろし、蓋を開けると中には竹之高地産の野菜がいっぱい入っていた。

「土産もおっぱなしたすけ、へぇいごんや王子!」

 ※訳(土産も降ろしたから、もう行こうよ王子!)

 ばあちゃんはことも無げに言った。

 それを聞いてフミは驚き、

「今着いたばかりで何を言うのよ、おばあちゃん!…今日1日ぐらいゆっくりして明日帰ればいいじゃないよ」

 と言って慌てたが、

「いいて~、ならせわしいろ~て~。おら王子むけぇにきたばっかんがだすけ、へぇけぇりん汽車ん切符もこうたがだんや~。かまんでくれて~」

 ※訳(いいよぉ、あんた達忙しいでしょう。私は王子を迎えに来ただけなんだから、もう帰りの汽車の切符も買っちゃったのよ。どうぞお構い無く)

 とキノは言って王子の手を取ったのであった。

「今からん汽車にのったれやよ~さるんめぇに竹之高地んけぇらっずんだんそうするて~」

 ※訳(今からの汽車に乗って行けば夜になる前に竹之高地に帰れるからそうするよ)

 …という訳で、結局王子も慌ただしく旅支度をして、急きょばあちゃんと一緒に竹之高地へ向かうことになったのである。

「行ってきま~す!」

 …しかしもちろん電車旅が大好きな王子は、ばあちゃんと手を繋いで笑顔の旅立ちである。

「おばあちゃん!…ウチのお父さんも夕方には帰って来るんだから、そんなに慌てて行かなくても…」

 フミはまだそう言って引き留めようとしたが、まあ何しろそのサダジの母親なのだからもう行くと言ったら行くのである。


 王子とキノは北松戸から電車に乗ってまずは上野駅に向かった。

 …夏休みに入ったからか、上野駅に着いてみると、構内は旅行客や帰省客などでごった返していた。

 とりあえず13~20番線の長距離列車発着ホーム (浅草口側の低いホーム)に行って、駅員に新潟方面行きの列車はどれかとキノが尋ねると、

「それなら間もなく14番線から急行電車が出ますよ!…お急ぎご乗車下さい!」

 と、その車両を指して駅員が答えた。

「ばあちゃん、急ごう!」

 王子はキノの手を引いて列車に向かった。

 …14番線の列車は、165系湘南色(緑と橙)の電車急行「佐渡」であった。…以前伊東まで乗った列車と同じタイプのポピュラーな車両である。

 急いで乗り込むと、車内はほぼ座席が埋まった状態だったが、親切な乗客が席を詰めてくれて2人は何とか並んで座ることができた。

 ほどなくして発車のベルが鳴り、扉が閉まって急行佐渡号は静かに走り出した。


 そしてこれから竹之高地での、王子が今まで体験したことの無い新たな冒険が始まることになるのであった…。




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