第36話 慰安旅行の結末
…ホームに残されたフミ達5人は、とりあえずベンチに腰を降ろして善後策を考えることにした。
「…やっぱりもう一度切符を買って行くしか無いねぇ…あんた達、悪いんだけど私にお金を出してちょうだい!家に帰ったらすぐに返すから」
フミはお姉ちゃん達に言った。
しかし今回は慰安旅行ということで、お姉ちゃん達もハナからせいぜい自分が土産物を買う分程度しかお金を持って来ていないのであった。…しかもみんなすでに色々買い物をした後である。
「…3人合わせて1000円ちょっとしか無いです」
お互いの財布を見せ合いながらお姉ちゃん達が言った。
…5人は再びうなだれ、重い沈黙が流れた。
しかしみんながうつ向く中、普段は大人しいチヨが意を決したように顔を上げて言った。
「叔母さん、やっぱり電車にこのまま乗って帰りましょう!…特急や急行だと車掌が検札に来るから、鈍行(各駅停車)を乗り継いで帰ればきっと大丈夫ですよ。…北松戸までたどり着ければ、あそこの駅員さんはウチの店のお客さんですし顔見知りだから問題無いです!」
フミはそれを聞いて頷き、顔を上げた。
「分かった、そうするしか無いわね!」
…という訳で悲壮な覚悟とともに無賃乗車作戦を決行することになり、5人はしばらくしてやって来た鈍行電車に乗り込んだのである。
車内は混み合い、鈍行なので乗客は地元の人らしい者も多く、旅行カバンや土産物を持っているお姉ちゃんやフミはちょっと目立つ感じで緊張感が走る。
…熱海で電車を乗り継いだが、乗客はやはり多くて座席には座れそうも無かった。持ち物が多いフミ達には辛い状況である。
しかし今は我慢するしかないのだ。
…だがその時、耐え忍ぶ5人を突然の恐怖が襲った。
車両連結部の扉を開けて、隣の車両から車掌が廻って来たのである。
「… !!!!」
5人は心臓が飛び出そうなほどに驚き、思わず乗降扉のところに固まって身を震わせたのであった。
「乗り越し~ご乗車変更のお客様はいらっしゃいませんか~?」
しかし車掌はそう言いながらフミ達の脇を通り過ぎ、乗客らの中を次の車両へと移って行った。
5人は思わずため息をつきながら言った。
「…あぁ、怖かった~!」
「慰安旅行だっていうのに何でこんな目にあわなきゃならないのかねぇ!…」
フミの言葉にお姉ちゃん達ももはや苦笑するしか無かった。
…命の縮む思いをしつつどうにか北松戸駅にたどり着いたのは、すでに日もとっぷり暮れた星の輝く頃であった。
「…ダンナさんならとっくに帰って来られて皆さんの切符も頂きました。伊東駅ではぐれちゃったんですって?…大変でしたね」
改札口で駅員にそう言われて王子達は疲れた顔で外に出た。
…家に帰ると部屋にサダジの姿は無く、何処に行ったのかといぶかしがっていると、奥の方からチャポン ! と水音が聞こえた。
「お風呂場だ!」
王子が浴室に行って引き戸を開けると、湯舟に浸かったサダジが顔を向けて、
「おうっ!遅かったな」
とサラリと言った。
…フミは荷物を部屋に降ろすと、
「悪いけど私は疲れたから今日はもう休ませてもらうよ。…あんた達、すまないが夕飯は店屋物でも取って食べなさい…」
と言ってぐったりした。
楽しい家族慰安旅行はこうしてつつが無くも無く終了したのである。
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