第10話 お姉ちゃん達と王子

 …フミは週末に新潟を訪れ、虫亀の実家からヨシコを、竹之高地のサダジの実家からは次女タマイを連れて帰って来た。

 …娘2人は中学校を卒業したばかりだったが、フミが両方の家に頼んで店で働いてもらうことにしたのである。

 アルバイトを雇うことも考えたが、過去の小岩の食堂での件もあり、信用のおける筋の人間をスカウトしたのだ。

 駅前に建てた家は、外階段で2階に上がると左手にトイレ、右手は長い一本廊下に独立した四畳半の部屋がシンク付きで3つあり、一番奥のひと部屋がお姉ちゃんたちに充てられ、住み込みで働いてもらうことになった。…要するに今日からは王子の家族になったのである。

「王子~!また今日からよろしくね!」

 お姉ちゃん2人は王子との再会を喜び、笑顔でそう言った。


 …フミの店は朝7時に開店して夜の9時に閉める。

 朝夕は電車を利用する通勤通学の客で店内は混み合い、昼は近所の住民客がパラパラと買いに来る。

 さらに昼には工場へのパンの注文配達があり、こちらはヨシコが自転車でせっせと届けることになった。

 …という訳で店は一気に忙しくなり、フミは再び必死に頑張るおかみさん役となったのである。


 春になり、王子が近くの保育園に通うようになると、店にかかりきりのフミに代わってお姉ちゃんが王子の世話役となった。

 朝、寝坊助王子を起こしに来て、パジャマを脱がして園児服を着せ、カバンにハンカチを持たせ、保育園の門の近くまで一緒に歩いて連れて行くのがお姉ちゃんの日課となったのである。(※この時分はまだ送迎バスなど無かった)

 保育園に着くと、園内にはすでに

「キャハハハ~ッ!…」

「キャーッ!」

 などと奇声を上げて無意味に駆けずり回っている園児など居て、あんな野蛮な奴らの中に入れられるのかと思うと王子は怖くなり、門の前でぴぃ~っ!と泣いて保母さんたちを困らせた。

 …正直言って、その後も王子はどうも保育園生活は好きになれなかった。

 特に苦痛だったのはお昼寝とお遊戯である。

 保育園には「お昼寝の時間」というのがあり、室内に子供布団が敷かれて寝かされる訳だが、さあ昼寝しろ!と言われてもそうはスンナリ眠くならないし、一方お遊戯はその幼稚な所作が恥ずかしくて嫌だった。

 …家に帰ればフミはお店の切り盛りで忙しく、サダジは勤め人なので日中は不在だが、お姉ちゃん2人は仕事の合間に王子をちょくちょく可愛がってくれたので、保育園が終わると王子はホッとしてさっさと家路を急いだ。

 …夕食は商売の都合上、家族そろってという訳には行かず、たいていは王子とお姉ちゃん1人、それに会社から帰ったサダジの3人で頂き、他の2人は時間差で…というパターンである。

 …そんな多忙な変則家族ではあったが、それでも何とか王子に優しく平和な日々が過ぎて行ったのであった…。



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