信じているから信じない

「電話……?」


 夜は誰からの電話だろう……とポケットに手を伸ばす。


 スマホを取り出し、画面を確認すればわかっていたことではあるが知らない番号からの電話だった。


 恥ずかしい話、夜のスマホに登録されている電話番号は両手で数えられる程度しかない。


 だからというわけでもないのだが、誰からの電話か画面を見ずともわかるように一人一人の着信音を自分の好きなアニメソングに変えているのだ。


 しかし、スマホから鳴りだしたのはアニソンではなく、誰もが耳にしたことがあり、ドラマとかで流れたら自分に電話がかかってきたと勘違いしちゃう一般的な着信音。


 故に、知らない番号からの電話だとすぐにわかったのだが……ここで問題が一つ生じる。


 即ち、電話をかけてきたのは誰なのか?


 夜から電話番号を教えることは基本ないし、電話をかけてくるのだって電話帳に登録されている番号からが殆どだ。


 ということは、夜の電話番号を知っている誰かが誰かに教えたか、もしくはただの間違い電話か。どちらにせよ、無視すれば再度電話がかかってくるかもしれない。


 夜はおそるおそる応答をタップ。耳へと近づける。


「も、もしもし……」

『もしもし、夜月君ですか?』

「ま、真璃さん……?」


 聞こえた声は間違いなく瑠璃の母親――真璃のもの。


 どうやら、電話をかけてきたのは真璃だったらしい。


 しかし、それならば夜の電話番号を知っていた理由にも納得がいく。


 瑠璃から聞いていたのだろう。きっと、昨日。


「……お、俺に何か要件があるんですか……?」


 電話の相手が真璃だということはわかった。


 だが、電話をかけてきた理由が皆目見当もつかない。


 瑠璃が賢二と結婚を決めた以上、夜と星城家に繋がりなんか欠片もない。強いて言えば、娘の元後輩で元カレ、言ってしまえば無関係。ただそれだけ。


 だから、真璃が夜に連絡する理由なんてないはずなのだが……。


『夜月君、単刀直入に伺います。瑠璃の言っていたことを信じていますか?』

「――信じてないです……」


 フラッシュバックするのは先程の瑠璃の言葉。


 ――夜クン……ううん、夜月くん。私、賢二さんと結婚することにしました。


 信じられなかった。


 ――約束って……何のこと?


 信じたくなかった。


 ――それと、私は脅されてなんかないよ。結婚することに決めたのは私自身なんだから。


 信じられるわけがなかった。


 ――だって、頼りなくて何も出来ない夜月くんなんかよりも、賢二さんの方がいいに決まってるでしょ?


 信じられるはずがなかった。


 ――それに、夜ク……夜月くんといても楽しくなかったし。つまらない高校生活送るよりも、賢二さんといた方が幸せになれそうだし。


 だって。


 ――じゃ、さよなら、夜月くん。


 だって……。


「――だって、瑠璃先輩を信じてるから」


 矛盾しているのかもしれない。否、確実にしている。


 夜は瑠璃を信じている。


 だからこそ、瑠璃の言葉を信じていない。


 だって、瑠璃は約束を蔑ろにするような人ではないから。


 本心では夜よりも賢二がいいとか思っているのかもしれない。頼りなくて何も出来ないと思われているのかもしれない。二人がともに過ごした一年がつまらなかったのかもしれない。


 だけど、交わした約束を蔑ろにするはずがない。だから、瑠璃のことは信じていても発言を信じることは、出来ない。


『その言葉が聞けて、安心しました。……先程、瑠璃からすべてを聞かせてもらいました』

「すべて、ですか……?」

『はい、すべてです……』


 そうして、真璃は話してくれた。


 何故、隆宏がお見合い話を瑠璃に持ち出したのか。


 何故、邪魔者を排除してまで強行しようとしたのか。


 何故、瑠璃が心変わりしたかのように結婚を受け入れたのか。


 その何もかも、否、“すべて”を。

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