絶対に二人で

「景色、悪いですね……」


 新幹線の窓から見える雲に覆われた空を見ながら、夜はぽつりと呟いた。


 青色が一切顔が覗いていない一面灰色の空。憂鬱なことこの上ない。


 まるで、今の夜と瑠璃の心境をそっくりそのまま表しているようで……。


「暑くないからいいじゃん。ね、夜クン」

「……まぁ、それもそうですね」


 今は六月の下旬。夏が間近に迫っている頃だ。日に日に気温も高くなってきている。


 柳ヶ丘高校の夏服期間は七月からなのだが、生徒たちは少しくらい早めてくれてもいいじゃないかとと内心では悪態を吐いていたりもする。


 まぁ、因みに冬服期間だろうが夏服を着ても、逆に夏服期間に冬服を着ても柳ヶ丘高校では何ら問題はないのだが。だって、理事長が理事長だし。


 悪態を吐く夜に瑠璃は微笑みかけてくれる。一見、明るそうに見えるがそれは夜に心配かけまいと振舞っているだけ。演技しているだけ。本人は必死に隠し通しているつもりでいるのだろうが、完全に隠しきることなど出来ず。


 本人も無意識なのだろう、震える手でスカートの裾をぎゅっと握りしめていて、向けられる笑顔はどこかぎこちなかった。


 今、瑠璃の胸中を襲っているのは“不安”や“恐怖”といった負の感情だろう。


 その原因は、やはり実家に帰ることそのもの。


 本来、実家に帰るだけならここまで気負う必要も怖がる必要も不安に駆られる必要も皆無だ。両親に久々に会えることを楽しみにする人だって多くいることだろう。


 しかし、瑠璃は違う。何せ、これから自分のこの先の人生が決まろうとしているのだから。


 母親が介入しているか瑠璃は知らないが、父親が勝手に決めたお見合い。


 そのお見合いが順調に進めば、瑠璃がその人と結婚することはもはや確定だろう。


 だから、それを断るために、夜と一緒に実家へと帰るのだが……。


 もしも、断れなかったら? と、そんな不安が、恐怖がずっと消えてくれない。


 恋愛は個人の理由と言ったところで、隆宏は許してくれなかった。


 彼氏がいるからと言ったところで、隆宏は許してくれなかった。


 だから、直談判したところで何も変わらないのではないか? と、そんな風に考えてしまうのだ。


 無理矢理お見合いさせられて、望まぬ結婚をして、大好きな場所で大好きな人たちと過ごすどころか会えなくなってしまう。そのことが怖くて怖くて堪らない。


 けれど、夜を不安にさせたくなくて。心配させたくなくて。無理矢理冷静を装って、笑顔を浮かべて自分自身を繕う。


 だけど、心は嘘を吐けなくて、手足は微かに震え頬が引き攣ってしまう。


 そんなバレバレの見栄に気付かない夜ではない。鈍感ラブコメ主人公じゃないのだから。


 自分のあまりの無力さに、夜は歯噛みする。瑠璃が一番辛いはずなのに、気を遣わせてしまっていることに、何よりも気を遣わせてしまう自分自身に苛立ちを覚える。


 でも、それこそ瑠璃に気を遣わせてしまうと頭の隅に追いやる。自分自身に苛立つのはすべてが終わってからでもいいのだから。


「瑠璃先輩、絶対に二人で帰ってきましょう」


 瑠璃の恐怖や不安を和らげるために、何よりも自分自身に言い聞かせるために。


 絶対に、二人で帰ってくるための誓いの言葉を口にする。


 瑠璃はバレバレだったことに気恥ずかしさを覚え、頬を赤らめながら。


「……うん」


 こくりと頷いた。


 絶対に、二人で帰るのだと心に誓って。




~あとがき~

 今日もなし! ギリギリですみません!

 ※昨日のは書き直しておきました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る