影の立役者

「突然だが、今日出来なかった肝試しを明日行うことにした。その分、帰る時間も遅れるからそのつもりでいてくれ給え」


 慎二の言葉通り、夕食が終わってそれぞれの部屋に戻ろうとした時、突然宿泊研修の延長が伝えられた。


 曰く、生憎の雨天で中止せざるを得なかった肝試しを行うために延長してもらったのだという。


 一見、無理矢理感というかでっち上げなような気がしなくもない理由だったが、それは本当の理由――ただの我儘――を知っている夜だからこそ思うことなのだろう。


 その証拠に、一年生達も延長ということに驚いてはいるものの、延長の理由に疑問を抱いている様子はなかった。


 口々に零す感想は「楽しみだったから嬉しい」という内容のものばかり。中には早く帰りたかったのにという声も聞こえては来るが、それでも楽しみにしていた一年生が殆どだったようだ。


 確かに、肝試しとは宿泊研修や林間学校といった行事のメインとなり得るイベントだろう。


 まだ夏ではないとはいえ、暑くなりつつある今日この頃。怖気という名の寒さを感じるにはぴったりのイベントである!


 幽霊とか心霊現象などが苦手な人からしてみれば何が面白くてそんなことしなくちゃいけないの!? と思うことでも、逆にそれが面白くて楽しいという人もいる。故に、一年生達の感想も人それぞれなのだ。


 因みに、生徒達の大半が喜んでいる中、先生達はというと「え? どういうこと?」と言いたげな表情で、見るからに困惑していた。


 きっと、先生達にも宿泊研修を延長するということを知らせていなかったのだろう。でなければ、驚いている理由がほかに見当たらない。


 単純に伝え忘れたのか、はたまたギリギリまで交渉していて伝えられなかったのか。それは慎二にしかわからないだろうが、おそらく後者なのだろう。


 慎二は理事長という立場にある。そんな責任重大な役目を担う慎二が、社会人の基本と言われている報・連・相を忘れるとは到底思えない。


 事実、慎二は夕食の時間ギリギリまで旅人の宿のスタッフさん達と話していた。それ故に、夕食前に伝えることが出来なかった。


 まぁ、旅人の宿に交渉をする前に相談という形で事前に知らせることも出来たのだが……延長出来る確証なんてないし、引き留められたら面倒だと先に外堀を埋めることにしたのだ。


 延長するということが決定事項となってさえしまえば、誰が何と言おうと覆すことは出来なくなるから。


 正直、理事長という立場を使った職権乱用みたいなものだが、それほどの無茶をしなければ延長なんて出来なかったのだし仕方がないだろう。


 後で文句は受け付けよう……と慎二は覚悟を決めていたのだが、先生達の様子を見るに誰も不満とは思っていないようだった。


 寧ろ、生徒達と同様で楽しそうにしている節すらある。


 脅かす役は旅人の宿のスタッフさん達が請け負ってくれているため、先生達も生徒と一緒に肝試しを楽しむことが出来る予定だった。


 そんなわけだから、先生達も密かに楽しみにしていたのだろう。


 まぁ、全員が全員楽しみにしているというわけもなく、日葵は小さい身体をふるふると震わせているが、そんなことはさておき。


 楽し気な雰囲気に包まれつつある中、夜は一人神妙な表情を浮かべていた。


 わかっていた、否、わかっているつもりでいただけだったのだ。


 夜の自分勝手な我儘が、これだけ多くの人間を巻き込んでしまったのだということを。


 学校側にも、旅人の宿側にも、多大な迷惑をかけて実現出来たのだということを。


 ふと、慎二の方へ視線を移すと目が合った。どうやら、偶然同じタイミングでお互いを見ていたらしい。


 慎二が夜の目を見据え、こくりと頷いた。


 まるで、「お膳立てはした。後は君が頑張る番だ」とでも言っているかのように。


「……ありがとうございます、理事長……」


 伝わるかどうかはわからない。だが、そんなのはどうでもいい。


 伝わらないからお礼はしなくていい、なんてことにはならない。


 故に、頭を下げて感謝の言葉を述べる。言葉では伝わらなくとも、気持ちでは伝わっているのだと信じているから。




「はい、申し訳ありません。どうかご理解頂けると……はい、ありがとうございます。では、失礼いたします……」


 夕食後、慎二は部屋で片っ端から電話をかけていた。


 いつも持ち歩いている手帳に記入されている電話番号を打ち込み、電話をかける。その繰り返し。


「もしもし、夜分遅くに申し訳ありません。柳ヶ丘高校の理事長を務める柳慎二と申します。突然ですみませんが宿泊研修の件でお伝えしたいことがありまして……」


 相手は生徒子供と共に暮らしている親御さん。内容は言わずもがな、宿泊研修の延長についてだ。


 一人暮らしの生徒や、寮で生活をしている生徒に関しては時間がないし親御さんに連絡をする必要性はないだろうと除いてはいるが、慎二は一軒一軒に理事長自ら電話をかけ、事のあらましを説明していたのだ。


 それぞれのクラスを務める担任の先生達が「自分達が電話をかけます」と言ってくれたのだが、慎二は頑なに自分自身で電話をかけると言い続けた。


 夜の無茶な我儘を聞き入れ、その無茶を突き通したのは誰あろう慎二だ。責任の一旦というか延長に関する責任はすべて慎二にある。


 勿論、夜には何も言っていない。自分がやりたいことに対して、後ろめたく思って欲しくないから。


「はい、それでは失礼いたします…………ふぅ、これで漸くひと段落かな……」


 手帳に記入されている電話番号と、宿泊研修に参加している生徒の名前を照らし合わせて連絡していないご家庭がないことを確認する。


 二、三回確認し直し、無事連絡を終えたことを認識するとまるで身体の力が抜けたかのようにベットへと倒れ込んだ。


「流石に堪えるな……」


 思ったよりも疲労が溜まっていたらしく、瞼を閉じれば今すぐにでも眠れそうなほどの眠気が襲い掛かってくる。


「私が出来るのはここまで、後は君次第だ。頑張ってくれよ、夜君……」


 そう呟きながら、慎二はゆっくりと目を閉じた。

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