共に戦うために

 自室に戻り思考を巡りに巡らすこと十数分後。


 夜の姿は理事長である慎二が宿泊している部屋の中にあった。


「さてと、大方の予想は付いているけど……一応いきなり来た理由を聞いてもいいかい?」


 本来ならば、璃十兆と面会するのにアポイントだの事前に許可を取る必要があるのだろう。


 にもかかわらず、いきなり押しかけて来た夜を部屋に招き入れる慎二。


 それは、慎二の口振りから察することも出来るが、夜がわざわざ訪れた理由に夏希の一件が絡んでいると思っている、否、確信しているからなのだろう。


 正確に言えば、確信を持てたのは夜の真剣そのもので少しばかりの怒気を孕んだ瞳を目の当たりにしたからなのだが。


「理事長に頼みたいことがあって来ました」

「頼みたいこと、か……。流石に朝木君の件を解決してくれと言われてもそれは私がすることじゃ……」

「そんなことは頼みません。夏希に頼られたのは俺なので俺自身が解決します。しなくちゃいけないんです」

「そうか。なら、よかったよ」


 夜の返答に安心したのか安堵の息を漏らす慎二。


 慎二は少しばかり不安だったのだ。


 自分には解決出来ないと判断した夜が、助けを求めて来るのではないかと。


 そんなことはないと自分で否定はするものの、一度浮かんでしまった考えというものは中々消えてくれやしない。


 だから、そんな不安を払拭したくて、わざわざ口に出して夜に確認しようとしたのだ。


 もし仮に、夜が自分慎二に助けを請うてくるだけだったら、心を鬼にして断るために。


 だが、そんな慎二の不安は杞憂だったようだ。


 だって、友達のためにここまで真剣になれるが自分じゃ無理だから他人に放り投げるなんてことをするはずがないのだから。


「それで、頼みとは?」

「宿泊研修を延長して欲しいんです」

「……それは、言葉通りの意味として受け取っていいのかい?」

「……はい」


 兄妹そろって無理強いしてこないでよ……と頭を抱える慎二。


 どれだけ無茶なことを頼もうとしていると夜自身わかっているからこそ、言いにくそうにしていたのだろうし申し訳なさそうな表情をしているのだろう。


「……夜君、君は自分が何を言っているのか理解しているかい?」

「無茶なこと言ってるってわかってます。その上で頼みに来ました」

「そんな真面目な顔で言われてもね……。とりあえず、理由を聞こうか」


 夜は少なくともあかりよりは常識的に考えることが出来る人間だ。


そんな夜が、宿泊研修の時間を延ばして欲しいという常識外れもいいところな無理難題を押し付けてくるからには何かしらの理由があるはずである。寧ろ、なければ一発殴らせて欲しいくらいだ。


「……理事長って、学生の頃に先輩や後輩と関わりってありましたか?」

「質問に質問で返すとは、夜君もなかなかやるようになったね……」

「茶化さないでください。重要なことなんです」

「ふむ。まぁ、殆どなかったと言っても過言じゃないだろうね。基本的に他学年と関わる機会なんてないだろうし……って、そういうことか」

「はい。この宿泊研修が終われば、一年生と関わる機会なんて殆どない。狡猾なあいつらだから教室とか人目の付く場所では夏希に何かするってことはないと思いますけど……」

「あった時に即座に対応出来ない。その上、夜君が休み時間等を使って一年生フロアへ向かったとしても姿を消してしまえば成す術がなくなるというわけか」


 慎二の察しがいいお陰ですべてを説明する手間が省けたが、つまりはそういうことなのである。


 基本的に、仲がいいだの部活が一緒だの何かしらの繋がりや関わりがあったり、今回のような例外でもない限りは他クラスや他学年の生徒と関わることなんて滅多にない。


 故に、どうしても宿泊研修中にどうにかするしかないのだ。


 しかし。


「だが、時間があまりにも足りない。だから、私に宿泊研修の時間を延長して欲しい。夜君が言いたいことはそういうことだね?」


 慎二の確認に、夜はこくりと頷く。


「だけど、少ないとはいえ時間はまだあるだろう? 本当に延長しなくちゃいけないのかい?」

「……さっき、自分で何とかするって言いましたけど……俺は夏希が何とかしなきゃ何も変わらないと思うんです」

「と言うと?」

「夏希が言ってたんです。僕はナイトの隣に立ってていいのかって。普段の夏希ならそんなことは言わない、だから亜希達に何か言われて不安になったと思うんです。そんな不安を払拭するために、夏希は自分で何とかしようとした。だったら、自分はあくまでも夏希の背中を預かってサポートしたい。一方的に助けるんじゃなくて、二人で解決したいんです。それが、夏希のためになると思うから……」


 きっと、このまま夜が夏希を一方的に助けるだけだったら、夏希の心に芽生えた“僕はナイトの隣に立ってていいのかな?”という不安は消えず残り続けるだろう。


 夏希は言っていた。


 ナイトみたいに強くなりたいと。


 ナイトを守れるようになりたいと。


 そのために、自分の力だけで何とかしようとしたのだと。


 だったら、一方的に夜が掬いの手を差し伸べるだけではダメだと思ったのだ。


「つまり、朝木君が自分で何とかするための時間が欲しいということか……。でも、それなら宿泊研修が終わった後でもいいんじゃないのかい?」

「そ、それは……」


 慎二のドが付くほどの正論に、何も返すことが出来ない夜。


 確かに、慎二の言う通りで、宿泊研修が終わった後でもいいはずなのだ。


 でも……。


「……うまく言えないんですけど、宿泊研修が終わった後だとダメな気がするんです。この宿泊研修中に、夏希が今の現状を打破しないとダメだと思うんです……」


 なんの説得力もない、理由にもならない、ただの戯言。


「それに、夏希の……アリスの隣に立って戦えるのは今だけだと思うから……だからお願いします」


 夏希と一緒に戦いたいから。戦わなくちゃいけないと思うから。


 その機会は、亜希達と関われる宿泊研修中にしかないと思うから。


 だから、宿泊研修を延長して欲しいのだ。


 慎二は頭を下げて懇願する夜を見て。


「……仕方がない、何とかしてみるよ」

「ほ、ホントですか!? ありがとうございます!」

「あぁ、男に二言はないさ。その代わり、わかっているね?」

「はい!」


 ほっとしたのか、はたまた自分の成すべきことを成すためか、夜は失礼しましたとだけ言い残しその場を後にした。


 夜がいなくなったのを確認し、慎二は深いため息を吐く。


「まったく、夜君には困ったものだよ……」


 まさか、宿泊研修自体を延長して欲しいだなんて言われると思っていなかった故に、つい零れるのは渇いた笑み。


 あかりの夜を宿泊研修に同行させて欲しいという願いも相当非常識だったが、まさかそれを優に超える非常識な無理難題を押し付けられるとは夢にも思わなかった。


「あんな表情で頼まれたら断るに断れないじゃないか……」


 正直、断るべきだと思った。


 そもそも、延長だなんて土台無理な話なのだ。


 希望を持たせるだけかもしれない、それなら最初から無理だと断る方が夜のためになるのではないかと。


 だが、夜の真剣そのものな瞳を前にしたら、断るわけにはいかなかった。


 こちらも真剣にならなきゃ、失礼に値すると思ったのだ。


「さてと、時間が惜しいし今すぐ行動開始としようか……」


 そう言って、慎二は部屋を後にした。


 男に二言はないという、自分の発言を虚言にしないために。

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