罪の意識

 夏希を背負い、森の中を歩く、もとい彷徨うこと十数分程度。


 主に体力面で満身創痍となりつつも、夜と夏希は旅人の宿へと辿り着くことが出来た。


 その頃にはすっかり雨も止んでいて、太陽が少しというか若干ではあるが二人の身体を温めてくれたのは、何時間も彷徨うことなく旅人の宿に辿り着くことが出来たのは不幸中の幸いだったかもしれない。


 玄関では到着するまでずっと待ってくれていたのか慎二が立っていて、夜と夏希の姿を視界に捉えるや否やすぐさま駆け寄って来てくれた。


「二人とも、無事で何よりだ……。本当に、無事でよかった……」


 夜の肩をガシッと掴み、夜と夏希の無事を心の底から喜ぶ慎二。


 相当心配していたのだろう。きっと、自分なりに責任も感じていたはずだ。


 学校生活で、何かしらの事件や事故が起きてしまえば、責任を問われるのは学校だ。同時に、最高責任者である理事長――慎二にも責任が問われる。


 何をしていたんだと。どうしてこうなったんだと。


 事情などそっちのけで、あることないことを追及される。


 だから、というわけではないだろう。理事長だから生徒のことを心配したというわけでもないだろう。


 一人の人間として、理事長ではなく慎二として、夜と夏希を心配してくれていたのだ。


「り、理事長、俺よりもまずは夏希を……」

「それもそうか。部屋は確保しておいたから案内するよ」


 慎二の案内に従って、夜は夏希を背負ったまま歩く。


 正直、手足はぷるぷると震えていて、慎二にもスタッフに任せたらいいんじゃないかと提案されたが、夜は頑なに否定した。否定し続けた。


 だって、弱音を吐くわけにはいかないから。


 今回に限った話ではないが、夏希が夜に対して弱音を吐いたことは過去を思い返しても一度もない。


 それは、夏希が夜に心配をかけたくない、迷惑をかけたくないと思っているからなのだが、夜が知っているわけもなく。


 夏希が弱音を吐かずに頑張っているというのに、疲れてへとへとだからなんてしょぼい理由で弱音を吐くわけには絶対にいかないのだ。


 そんなわけで、慎二の案内されるがままに廊下を歩いて夜の宿泊する隣の部屋――慎二が気を利かせてわざわざ隣の部屋にしてくれたらしい――に着いたのだが、服も身体もびしょ濡れなまま寝かせるわけにはいかないと夏希に温泉で身体を温めてもらうことにした。


 流石にまともに歩けない夏希を一人にするわけにもいかず、夏希たち一年B組の担任の先生である日葵に任せ、夜はしおりの地図を頼りにとある一室の前に立っていた。


 夏希同様に服や身体はびしょ濡れだが、温泉に浸かって身体を温める前に、やらなければいけないことがあるのだ。


 夜は胸中に湧き上がる怒りを何とか押し殺し、ドアをノックした。


「一体誰……ってなんだ先輩ですか。何の用ですか~?」


 心底面倒くさそうにドアを開けたのは、亜希だった。


「ちょっと聞きたいことがあってな。夏希と同じグループだったろ? どうして夏希はあんなところで怪我をして蹲ってたのか、何か事情を知らないか聞きに来たんだ」

「事情も何も、あたしたち何も知らないんですよね~。ねっ?」

「う、うん……」

「……」


 同意を求める亜希に、何故かバツが悪そうに答える舞と茜音。


 しかし、夜は気に掛けることもなく追及する。


「何も知らない? あかりは夏希がリタイアしたって聞いたと言ってたんだが……あれは嘘ってことか?」

「嘘も何も、急にいなくなってたからリタイアしたと思っただけですけど?」


 亜希の言っていることは、何もかも出鱈目で虚言なのだろう。


 それを裏付ける証拠も確証も何もかもがないけど、夜は嘘なのだと確信している。


 でなければ、夏希があんな場所でたった一人蹲っているわけがないのだから。


 しかし、何かしらの証拠がなければ、亜希ははぐらかし続け、自分の非を絶対に認めないだろう。


 夜の言いがかりと言われてしまえばそれまでなのだ。いくら、夏希本人が事情を説明したところで素直に認めるとも思えない。


 悔しいが、これ以上の問答は無意味だろう。


「そうか。邪魔をして悪かった」


 それだけを言い残し、夜はドアを閉めた。


 亜希はドアが完全に閉じたのを確認すると、盛大にため息を吐いた。


「はぁ、めんどくさ。でも、簡単に騙されるとかマジウケるんだけど~。そう思わない?」


 ニタニタと笑う、否、嗤う亜希はどこからどう見ても反省などしていなかった。


 きっと、夏希が歩けない程の怪我を負い、下手をすれば死んでいたかもしれないと言っても反省することはないのだろう。


 そんな亜希に、茜音が口を開いた。


「ね、ねぇ、亜希っち。やっぱりあれはやり過ぎだったんじゃないかな……」

「はぁ? 何言ってんの?」

「私も、あれはやり過ぎだったと思う……」


 茜音の言葉に、亜希は聞き入れなかったが舞が同意した。


 二人ともバツが悪そうな表情だったのは、罪悪感故なのだろう。


 言ってしまえば、茜音と舞は楽しければそれでよかったのだ。


 夏希をいじめていたのも、亜希がやっていたから自分達もやっていたにすぎない。


 本当はあんなことをしたくなかった。でも、三人で一緒にいるにはああするしかなかった。だから、取り返しのつかないことをしてしまうまで気付けなかったのだ。


 自分達が、とんでもないことをしていたということに。


「謝って許されることじゃないとは思うよ? でも、ちゃんと謝った方がいいんじゃ……」

「舞っちの言う通りだよ。今すぐ謝らないと……」

「何で謝らなきゃいけないのよ。あいつだって怪しんではいるんでしょうけど証拠がなければあたしたちがやったことにはならないのよ? どうして自分からあたしがやりました~なんて言わなきゃいけないの」

「で、でも……」

「それに、あたしだけじゃなく二人とも同罪だからね?」

「そ、それはそうかもしれないけど……」

「このこと誰かに言ったりしないわよね?」


 亜希の言葉に、舞と茜音は顔を見合わせ。


「……う、うん……」

「わかった……」


 断れず、こくりと頷いた。


 罪悪感はある。時間が経つにつれて増していく。


 けど、それと同時に自分が今までしでかしてきたことの罪を問われることが、罰を課せられることが酷く怖いのだ。


 だから、亜希の言うことに従うしかない。


 バレなければ犯罪じゃないというある意味有名な言葉があるように、バレなければ問題はないのだ。


 それが、亜希達が導き出した答えだった。


 証拠がないから追及されない。故に、自分達が罪を問われることはないのだと。

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