少しだけ

 時間を知らせる鳥の鳴き声と言えば、本来なら鳩か鶏が定番なのだろうが、雀のちゅんちゅんという鳴き声を目覚まし代わりに、夏希は目を覚ました。


 眠気眼をダメだとはわかっていてもぐしぐし。ふわぁと欠伸をしつつ身体をう~んと伸ばす。


 未だに寝惚けてはいるが、少しずつ意識は覚醒し、次第に昨夜のことを思い出して。


 漸く事の重大さに気付いた、否、気付いてしまった。


 昨夜、自分がしでかしてしまった、超恥ずかしいことに。


 即ち、夜の部屋に押しかけた挙句、勢いに任せて同じ部屋で寝たということを。


「ぼ、僕……なに、して……!?」


 昨夜は、何が何でも夜の傍にいたかった。


 何も、亜希に言われたことを気にしていたわけではない。その事に関しては夜に怒られた時に不安は消えていた。


 それでも、完全に不安が消え去るなんてことはなくて。その不安が寂しさへと変わったのだろう。


 一人は寂しい。あの頃を、夜に出会う前の頃を思い出してしまうから。


 だから、何が何でも寂しいという気持ちを埋めたかった。夜の傍にいたかった。その結果が、昨夜の訪問である。


 部屋から抜け出す時、あかり達には具合が悪いから先生の所に行くと嘘を吐いた。


 無言で出て行けばまず間違いなく不審に思われるだろうし、素直に理由を打ち明ければあかりがどんな手を使ってでも引き留めようとすることは目に見えていたから。


 見回りの先生には、見つかることはなかった。運が良かったのか、はたまた先生達で会議をしていたのかはわからないが。


 まぁ、後者は理事長である慎二が寝ているためあり得ないとは思うが。


 閑話休題。


 そうして、辿り着いた夜の部屋。勢いそのままにドアをノックして。


『……ナイト、一緒に寝てもいい?』


 そう言ったのだ。クソ恥ずかしい台詞を、誰あろう自分が。


「~~~~~~~っ!」


 あまりもの恥ずかしさに、夏希は言葉にならない叫びを上げながら見悶えた。穴があったら入りたい、否、そのまま埋まりたい、寧ろ埋めて欲しい心境に駆られて。


「な、ナイトは……!?」


 顔を真っ赤にしながら、一緒のふとんで寝ちゃってたら……と夏希はとりあえず横を確認。しかし、夜の姿はない。


「よ、よかった……?」


 同じベットで寝るという恥ずかしさで死んでしまうようなことにはなっていなかったことに安堵の息を漏らす。


 しかし、同じベットで寝ていないということを、何故か残念に思っている自分もいて……。


 そこまで考えて、これ以上考えたらダメ! と頭をぶんぶんと振る。それはもう振り回す。まるで、邪念を追い払ってやろうと言わんばかりに。


 スマホの電源を付けて時刻を確認すると、短針は五を指していた。宿泊研修のしおりに書かれていた起床時間は六時三十分だからまだ寝ていてもいい時間だ。


 いつもなら二度寝に突入しているのだろうが、生憎と今はそんな状況ではない。すでに眠気など吹き飛んでいるし、何よりも夜と同じ部屋で眠るとか本来無理な話だし、夜のことを気にしないで眠れるほど夏希の肝は据わっていないのである。


 何故か隣にいない夜を探せば、すぐに見つかった。


 出会った頃からずっと愛用しているパーカーに包まりながら、椅子に座って眠る夜。


 全体重を背もたれに預けて、ぐっすりと眠っている夜を見て。


「ナイトの寝顔、かわいい……」


 初めて見るその寝顔に、愛しさを覚えた。


 今まで、幾度となくカッコいい夜を見て来た。


 自分だって辛くて苦しいはずなのに、そんなことおくびにも出さず元気付けてくれた夜。


 何も言わずとも、気付けばいつだって傍にいてくれた夜。


 一人にしないように、否、させないようにと、いつも気にかけてくれた夜。


 信じてくれているからこそ、まるで自分のことかのように本気で怒ってくれた夜。


 今まで、色々な夜を見て来たが、そのどれもが夏希にはカッコよく思えた。


 だからこそ、盟友であり相棒である夜の可愛い寝顔という意外な一面を見て嬉しく思ってしまったのだ。


 世の中には「ギャップ萌え」という言葉があるように、その人に内在する、ある要素と別の要素とのギャップが生み出す萌えもあるのだし、何らおかしくない……はずだ。


 何時までも見ていたい、と思う反面。あかり達がまだ起きていないであろう今のうちに部屋に戻っておかないと怪しまれるだろうし、何よりも着替えを持って来ていないためどのみち部屋には戻らなくてはいけない。


 だが、そんなことは関係ないと。少しだけ、少しだけなら……と。頬をつんつんと突いたり、寝言のようなものを言ったりする夜の寝顔を堪能する、誰がどっからどう見ても幸せなのだと理解する、否、理解させられるような嬉しそうな笑顔を浮かべる夏希。


「少しだけなら、いい……よね?」


 夜の隣に腰を下ろし、こてんと頭を夜の肩に預けて目を瞑る夏希。


 元々、予定の時間よりも早く起きてしまったのだ。二度寝くらい許してくれるだろう。


 だけど、二度寝をしてしまえば気付かれない内に部屋に戻ることは出来なくなる。だが、具合が悪いと伝えて部屋を飛び出して来たから、そのまま違う部屋で寝ていたということにしてしまえばそこまで怪しまれずに済むはずだ。


 それに、もう少しだけ一緒に……。


 しかし、それ故に気付かない、否、気付くことが出来ない。


「……やっぱり、おにいちゃんは……」


 ドアに背を向けて、そう独り言ちるあかりの存在には……。

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