親しき仲こそ礼儀あり

「……ナイト、一緒に寝てもいい?」


 ドアを開けた先には、頬を赤らめた夏希が立っていた。


 まるでうさぎの尻尾のようにもふもふとした素材が使われた可愛らしい水色のパジャマに身を包み、枕をぎゅっと抱きしめている。手が袖に隠れてしまっていることから考えるに、サイズが少し大きいのだろうか。


 よくよく見れば、フードにはうさみみが、後ろの方にはうさしっぽが付いていた。着ぐるみパジャマ……とまではいかなくとも、うさぎをモチーフにしたパジャマなのだろう。寝るときにしっぽ邪魔じゃない? とか思うのは野暮であろう。


 とまぁ、そんなことはさておき。


 難聴系主人公ならば「え? 今なんて?」と言うこと間違いなしであろう夏希の言葉。


 しかし、夜にはしっかりと聞こえている。故に、はぐらかすことは出来ないしする気もない。


 それに、夏希が夜の部屋に来た理由を、何となく察してしまったのだ。


 一度、胸中に生まれた不安は、そう簡単に消えてはくれない。夏希の場合は特にそうだろう。


 何せ、盟友という関係を、交わした契約盟約の真偽を疑うほど夏希の心は折れかけていた。それなのに、たった数時間で立ち直れるはずがないのだ。


 例え、数日でも会えなくなることに不安を抱いたあかりが、学年行事である宿泊研修に無理矢理同行させてでも一緒にいたいと思ったように。


 かけがえのない存在、否、唯一無二の存在である盟友との関係を疑うほどの不安を抱いた夏希が、少しでも不安を和らげるために、何より傍にいたいがために、一緒にいたいと思うのは当然かもしれない。


 心細い時に誰かに傍にいて貰いたいいて欲しいと願うのは、望むのは、人間として当然のことなのだから。


「……わかったよ……」


 このまま部屋に返すわけにもいかず、だからといって部屋の前で話し込んでいれば見回りの先生に見つかる。故に、夜は夏希を部屋へと招き入れることにした。




 夏希を部屋に招き入れてから十数分。夜はどうしてこうなった……と早速後悔していた。


 別に、夏希を部屋に入れたことを後悔しているわけではない。そもそも、するはずがない。寧ろ、あのまま夏希を部屋に帰らせていた方が、もっと後悔していたのかもしれないのだし。


 では、一体何に後悔しているのか。それは、同じベットに二人で横たわっているこの現状にである!


 事の発端は遡る必要はないが……とりあえず遡ること十数分前。


 一緒に寝てもいい? という夏希の言葉をそのまま認めるわけにもいかず、夜自身が椅子に、夏希はベットで眠ることを提案した。


 普段、パソコンでアニメを見ながら寝落ちなんて日常茶飯事……とまではいかなくとも、しょっちゅうある夜からしてみれば椅子に座りながら眠ることも苦ではない。まぁ、朝起きたら首とか腰とか痛くなるのだが一緒のベットで眠るよりかはマシである。


 いくら盟友とはいえ、夜は男で夏希は女の子。故に、夏希もこくりと頷いてくれると思っていたのだが……。


「で、でも、それじゃあナイトが風邪引いちゃう! ここはナイトの部屋だし、僕がいすで寝るから!」


 頑なに認めてもらえず。


 その後、俺が椅子で寝る! ナイトがベット! と無駄な論争を繰り広げること十分ほど。


「じゃあ、僕もナイトもベットで寝よ!」

「……そうだな! ……って、はい?」


 そうして、今に至るというわけである。


 ベットのサイズはシングル。まぁ、宿泊施設の、しかも一人部屋のベットのサイズがダブルだったりした方がおかしいような気がするが、それ故に二人の背中はぴったりとくっついてしまっている。


 しかし、それも仕方のないこと。何故なら、一人用のベットに二人が横たわることになれば、二人の距離は自ずと近付いてしまうのだから。


 それに、小学生なら未だしも、夜と夏希は二人ともに高校生。くっつかないように寝ようとすればベットから落ちるか落ちないかギリギリの状態で眠ることになってしまのだから、背中がくっつくほど近付くのは最早必然と言えよう。


 だからこそ、気にしないようにしてもどうしても気になってしまうもので。ベットとは本来眠るためにある物だというのに、まったく眠れそうになかった。


「……ね、ねぇナイト。まだ起きてる?」

「あ、あぁ……」


 会話終了。再び訪れるは静寂と沈黙。


 まぁ、それも当然だろう。この状況で平然と会話出来る方がおかしいのだ。


「……ごめん、ナイト」


 何に対して謝っているのか、なんて聞かなくてもわかっている。


 盟友という関係に、二人の交わした契約盟約の真偽に不安を抱いてしまったことに。


 こんな時間に押しかけてきて、更には一緒に寝て欲しいと言ってしまったことに。


 何よりも、夜のことを例え一瞬でも信じられなかったことに、夏希はごめんなさいと言っているのだ。


 別に、夏希が悪いわけではない。夏希を誑かしてくれやがったどっかの誰かの所為なのだ。だから、夏希が謝るのはそもそも間違っているのである。


 だけど、夏希の所為じゃないなんて優しい言葉をかけてもらいたいわけではないということも、夜にはわかっている。


 夏希が自分自身を責めているというのに、夏希の所為じゃないと言っても意味はない。


 だって、それは夏希が望む言葉ではないのだから。


 だからこそ、夜はこう言うのだ。


「……夏希が気にすることじゃないだろ? 盟友なんだから」


 「ありがとう」と言われれば「どういたしまして」と答えるように。


 「ごめんなさい」と言われれば「気にしないで」と答えるのだ。


 二人の間にあるのは絶対に揺らぎはしない〝絆〟と〝信頼〟。


 “親しき仲にも礼儀あり”という言葉がある。その言葉の意味は“どんなに仲が良くても礼儀をわきまえるべき”らしいが、夜と夏希の考えは違う。


 “親しい仲だからこそ、相手に敬意を払うべき”なのだと、そう考えているのだ。


 だから、二人は「ありがとう」も「ごめんなさい」も躊躇わず言うことが出来る。


 そもそも、感謝の言葉も謝罪の言葉も、人間として言えて当たり前のことを、盟友だからと言う理由で割愛する訳にはいかないのだから。


「……ありがと、ナイト」


 そう言って、夏希は夜の背中に抱き着いた。


 まるで、離さないと、離してたまるかと言わんばかりに力強く、ぎゅっと。


「ちょっ、な、夏希!?」


 背中に感じる暖かく柔らかい感触に、夜が慌てて振り返ると。


「すぅ……すぅ……」


 安心しきった顔で夏希は眠りに就いていた。


 きっと、不安の種が消えてくれたことで、疲労も相まって眠ってしまったのだろう。


言うなれば、電源が切れてしまったかのように、ぱたりと。


 夜は起きないように夏希の手を解き、ベットに寝かせ。


「……どういたしまして」


 そう言いながら夏希に優しく布団をかけなおし、椅子へと向かうのだった。

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