ずっと一緒?
夏希が声の聞こえた方へと視線を向ければ、そこには亜希の姿が。後ろにはまるでいて当然でしょ? と言わんばかりのTHE・取り巻きな舞と茜音もいる。
「え、えっと……」
話しかけられているのが自分なのかどうかわからなくて戸惑う夏希を他所に、亜希は続けて口を開く。
「ねぇ、あんたさ。この学校から消えてくれない?」
「……え、ど、どうして……?」
突然のことに、これまた戸惑ってしまう夏希。
しかし、それも仕方のないこと。何故なら、いきなり消えろと言われれば戸惑うのも必然。
どこぞの小学生探偵が言っていたように、言葉とは刃物のように鋭利で、簡単に人の心に突き刺さる。しかも、その傷は永遠に癒えることはない。ずっとずっと、それはもうずっと残り続ける。
現に、夏希の心にはいくつもの傷がある。夜のお陰であまり気にすることはなくなったとはいえ、傷口に塩を塗りたくられれば、お構いなしに抉られれば絶望に打ちひしがれる。それは、誰であれ同じだろう。
「どうしてって、単純にウザいしムカつくのよね。あんたなんかが男侍らしていい気になってんのが」
人が他人をいじめるのに大した理由なんてない。最初は、ウザいからとかムカつくからとかそんなちっぽけで些細な理由が引き金となる。
けど、その根底にあるのは“人より優位に立ちたい”というもの。
いわば、いじめとは自分より下位にいる人を蹴落として優越感に浸るための手段なのだ。
下位にいる人間を見下すことで、自分は強い人間なのだと思い込むことが出来る。
そうすることによって、クラスの中で誰も逆らわなくなる。反抗すれば今度は自分が標的にされるかもしれないという不安にさらされる。だから、自分は強い人間なのだと優越感に浸れるというわけだ。
亜希にとっての下位が夏希で、いじめの対象にされたのだろう。まぁ、中二病でクラスの中では浮いていてTHE・ぼっちな夏希が標的にされるのは仕方のないことかもしれない。夏希本人からしてみればいい迷惑でしかないのだが。
だが、夏希には酷かもしれないが、この世はオタクというだけで卑下されやすいのだ。
ただ好きなものに一直線なだけなのに、蔑まれる対象にされ、嘲笑われる。
言ってしまえば、生きている人間は皆、何かしらのオタクと言っても過言ではないにもかかわらず。
どこぞのお札にもなった偉い人が言っていたように、人間に上下関係なんてないはずなのに。まぁ、あの言葉には続きもあるらしいが、この際それはおいておくとして。
そんなオタクで中二病で、亜希からしてみれば下なのであろう夏希が、事もあろうに夜という男が傍にいる。こんな痛くてキモイ中二病女ですら好かれる。それがたまらなくムカつく。
そんなわけだから、夏希を見下して優位に立ちたい亜希にとっては面白くない。だから、とことん追い詰めてこの鬱憤を晴らしてやるのだ。
たかがそんな理由でいじめられる夏希としては堪ったものではないし、些かというか滅茶苦茶腹が立つが。
いじめた方はいつか忘れるとしても、いじめられた方は永遠に忘れることはないのだから。
「ぼ、僕はナイトを……侍らして、なんか……」
「そのナイトって呼び方もマジキモいんだよね」
「高校生にもなって中二病とかね~?」
「それ~。マジで痛すぎぃ」
「……ナイトを、ナイトをバカにしないで!」
別に、自分が何を言われようとも構わない。そりゃ傷付くし泣きたくなったりする。
けど、夜をバカにされるのはそれ以上に嫌だ。絶対に許せない。
自分の隣に立ってくれる盟友を。
自分に背中を任せてくれる相棒を。
何より、自分を助けてくれた英雄を。
バカにされるのだけは絶対に嫌なのだ。例え、自分がどれだけ傷付くことになるとしても。
「あ、そ。じゃあ、あんたはそのナイトがいなくなったらどうするわけ?」
「な、ナイトは絶対にいなくならない……!」
二人の絆は、切っても切れないのだと。どれだけ離れていたとしても変わることはないのだと。
再会するその日までお互いのことを絶対に忘れないのだと。
二人にとって、盟友とは親友以上の関係である。
だから、ナイトは自分の前からいなくならない。いなくなるわけがないのだ。
けど、もし本当にいなくなったとしたら、自分は平気でいられるのだろうか。
夏希にとって、盟友であり相棒であり英雄である夜は、いわば心の支えである。
家族を除けば、唯一自分を曝け出せる大切な人である。
何より、大好きな人なのだ。
夜がいなくなったら……そう考えるだけで不安になる。怖くなる。
きっと、あの頃の――夜に出会う前の自分に逆戻り、否、それ以上の絶望に襲われることになるだろう。
何もかもに絶望し、誰にも会いたくないと部屋に引き籠り、挙句の果てにはこんな世界どうだっていいや……と自殺だってしかねない。
そんな考えが一瞬でも脳裏に過ってしまえば、考えたくなくとも自然と考えてしまうもの。
けど、夏希は信じている。夜のことを、誰よりも。
故に、確信を持って言えるのだ。絶対にいなくならない、と。
だが、その一方で。信じれば信じる程、裏切られた時の絶望は膨れ上がってしまう。
その恐怖を知っているからこそ、夏希も夜もそう簡単に人を信じることが出来ないのだ。
つまり、そんな二人にとって、裏切られるということは何よりも怖いこと。
「ふ~ん、なんでそう言い切れるわけ?」
「な、ナイトが約束してくれたから……」
正確には契約なのだが、約束といった方が伝わりやすいだろう。まぁ、伝える必要もないとは思うが。
もしかしたら、心のどこかでは中二病とバカにされることを恐れているのかもしれない。
「約束とか、破るためにあるようなもんじゃない」
「違う! ナイトはそんなことしない! ナイトはいつだって僕の傍に……」
「じゃあ、なんで朝木さんは一人なのぉ?」
「いつでも傍にいるって言ってたけど、あれって嘘だったり?」
「そ、れは……」
四六時中一緒にいるわけではないし、いれるわけがないと亜希だって知っている。知っている上で、敢えて言っているのだ。
いつだって傍にいてくれるという夏希の言葉を否定することで、夏希の心を少しずつ折っていくために。
夏希にとっての心の支えが夜であるということは、今までの会話を思い返せば容易に想像がつくだろう。
普段、殆ど何も話さない夏希が、夜のこととなると声を荒げ、反論する。心の支えかどうかはともかく、夜が夏希にとって大切な人なのだろうということは少なくともわかる。
だったら、夜を貶しに貶しまくり、その揚げ足を取って反論出来なくさせればいい。それを繰り返していれば、いずれ夏希の心は粉々に砕け散るはずだ。
「き、きっと、ナイトは忙しくて……」
「へぇ、じゃああんたはその忙しい用事の次に大事ってことじゃないの? めーゆー……だっけ? 親友以上の関係とか言ってたけど、ホントは嘘だったりしてね」
盟友の詳しい定義はぶっちゃけ知らないが、二人にとっては親友の上位互換という認識である。
だが、盟友だからと言って何を差し置いてでも一緒にいるというわけではないし、一緒にいれるというわけでもない。
夜には夜の人生が、夏希には夏希の人生がある。時には盟友よりも大切な何かがあってもおかしくはないだろう。何が起きるかわからない、それが人生なのだから。
そもそも、恋人だって夫婦だって、ずっと一緒にいるわけではないのだ。いつでも傍にいるとか土台無理な話なのである。
だが、そんな当たり前なことがわからない亜希ではない。当然、先程同様夏希の心をへし折ってやるための戯言である。
そんなこと出来るわけない! 嘘じゃない! と言えばそれまでなのだろうが、いつだって傍にいてくれると言ってしまったのは夏希本人なのだ。それを否定してしまえば、自分が嘘を吐いたことになってしまう。
だからこそ、夏希は何も言えないのだ。亜希の言葉を認めるわけにはいかないけど、否定すれば自分の非を認めることになるのだから。
「……ぼ、くと……ナイ、トは……」
「まぁ、いいわ。今回は挨拶みたいなもんだしね。それじゃ、行こ」
「だね~。舞っちも行こ行こっ」
「ちょ、置いてくとか酷くない!?」
去り行く三人の背中を呆然と見つめながら夏希は。
「……うそな、んかじゃ……」
その場にただ立ち竦む――正確には座ったままなのだけど――しかなかった。
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