一人ぼっち

 カレーを美味しく頂いた後、夜は自室にて宿泊研修のしおりを確認していた。


 今の時間帯は自由時間といったところだろうか。一応、大幅なスケジュールとしては、みんなでカレーを作って食べた後、体育館でレクリエーションという名のドッチボール大会が行われる予定だ。


 食べてすぐに動くというのはかなり厳しいだろう。気持ち悪くなって、下手をすれば美味しく食べたカレーをリバースして入学早々黒歴史を作る羽目になってしまう。


 流石に、始まったばかりの高校生活を台無しにさせるわけにはいかず、三十分ほどの休憩時間という名の自由時間が今なのだ。


 去年はちょっとした空いた時間や自由時間などは同じ部屋の人たちとUNOや大富豪をしていた。中学時代とは違って作ろうと思えば友達は作れたのだが対人恐怖症ということも相まって禄に話しかけることは出来ず、柊也の協力があったからこそ夜が仲間外れにされることはなかった。


 だが、今年は違う。まぁ、それもそのはず。しつこいようだが夜は引率者としてこの場にいるのだ。例え、柳ヶ丘高校の在校生とはいえ、引率者として来ている以上仕方のないこと。だから、自由時間がぶっちゃけ暇なのも仕方がないことなのだ。


「……夏希、どうしてるかな……」


 夜には梨花と柊也がいたが、夏希には親しい人がいない。友達を作る気すらないのだから、今回の宿泊研修は夏希にとって辛く苦しい行事となることだろう。


 他の学校ではどうなのかはさておき、ナギ高の宿泊研修では集団グループ行動が多い。


 それもこれも、早くクラスメイトと打ち解け合って欲しいという理由がある――慎二が話してくれたのでまず間違いないだろう――からだ。入学してまだ一ヶ月も経たないうちに宿泊研修があるのはそのせいなのだろう。


 まだ会って間もない人達と寝食を共にするというのは中々ハードなことではあるが、親睦を深めるという点に限ってはこれ以上の案はない。異性とは無理だが裸の付き合いも出来るし、親睦が深まることはまず間違いないだろう。


 だが、夜や夏希のように対人恐怖症を患っている人や、他人と関わるのが苦手な人にとっては有難迷惑な話なのだ。


「……俺に、何か出来ることは……ないよな」


 理事長や教師ならいざ知らず、一介の生徒である夜に出来ることなんてそう多くはない。というか、ゼロかもしれない。


 一年生は団体部屋で一部屋三人から五人で一部屋となっている。勿論、例外はない。


 一応、あかりに頼んで部屋だけはあかり達と同じ部屋にしてもらったのだが、レクリエーションで集団行動をするときの班は違うらしい。夏希曰く、枠が空いている班の所に入れられたとのこと。


 その人のためを思っての先生なりの優しさなのだろうが、入れられた本人からしてみれば堪ったものではない。その班の人たちからどう思われるのかわかったものではないのだから。


「……でも、大丈夫か……?」


 同じ二次元部の部員だから、他の人よりかは夏希も接しやすいとは思う。だが、同じ部屋にはあかりの友達である美優と志愛もいる。それが悪いというわけでは勿論ないが、夏希は教室にいるときのように一人なのではないだろうか。


 あかりは兎にも角にも、美優と志愛は遠慮してしまうことだろう。私たちだけ楽しんでていいのかな? と。


 例え、気にしなくていいと言われても、人とはどうしても気にしてしまうもの。寧ろ、余計気になってしまう。


「……どうしたらいいんだろうな……」


 その問いに決まった答えなんてないのだろう。数学や理科のように決まった答えがあるわけではなく、国語のように人の数だけ解が存在している。


 この世に、正解なんてない。あるわけがない。


 だからこそ、どうしたらいいのかわからないのだ。


 結局、夜は何もすることが出来ず、何も思いつかず、自由時間もとい休憩時間は終わりを迎えた。




 時は少し遡り。夏希は夜の予想通り一人でいた。


 しかし、部屋にいるわけではない。自動販売機やソファなどが置いてある休憩所というか憩いの場のようなものがある広間にいた。


 本来ならば、こんな人通りがいい場所にいたくはない。現に、ちらほらと飲み物を買いに立ち寄ったり部屋が違うのかわざわざここに来て楽しそうに笑いながら会話を交わしている同級生たちの姿が見える。


 だが、それでも敢えてこの場にいることを選んだのはただ単純に部屋にいたくなかったから。まぁ、もしかしたら引率者として来ている夜に会えるかもしれないからと思ったのもある。


 確かに、あかりと一緒の部屋になれたことは不幸中の幸いだった。あかりは同じ部活の仲間(?)で夜の妹だし、他のクラスメイトよりかは気楽にしていられるだろう。少なくとも、あまりというか殆ど関わりのない人よりはマシだろう。


 だが、同じ部屋にはあかりだけではなくあかりの友達――美優と志愛もいる。優しく話しかけてくれたり、気を遣ってくれるのは嬉しいけど、それでも夏希からしてみればどんな相手であれ恐怖の対象なのだ。


 夏希が普通に接することの出来る相手は夜と家族で、最近になって漸く二次元部の部員であるあかりや梨花、瑠璃とも話せるようになったくらいだ。他人からしてみればそこまで問題視する必要がないと思われても、夏希にとってはとても深刻な問題なのだ。


 それ故に、夏希は逃げるかのように部屋を飛び出し、本来ならいたくもない広間にいるというわけなのだ。


「……ナイト、来ないな……」


 夜がいない今、SaMは出来ない。


 Sword and MagicはMMORPG、簡単に言えばオンライン通信可能なRPGだ。つまり、NPCもいれば当然プレイヤー人間だっている。例え、画面越しとはいえ、人間は人間。つまり、夏希にとっては恐怖の対象というわけである。


 だから、夜と、否、ナイトと約束したのだ。SaMは二人でやろうと。ナイトとアリスは二人で一人――ALICE in Wonder NIGHTなんだから、と。


 多分、少しずつ慣れてきた今ならば一人でも大丈夫……なのかもしれない。試したことはないからどうなのか定かではないが。


 けど、今更一人でやろうとは思わない。別に、プレイヤー人間が怖いからというわけではない。


 ナイトの言う通りでALICE in Wonder NIGHTは文字通り二人で一人なのだ。片方がいなければ、ALICE in Wonder NIGHTは意味がないのだ。


 それに、


 まぁ、二人とも毎朝のログイン時間だけはバラバラだったりするのだが……。


「……暇だな……」


 夏希のスマホにはSaM以外のゲームアプリは入っていない。夜はパズルゲーだったり音ゲーだったりと色々入れているらしいが、結局すべて飽きてしまいログインすらしていないという。それなら消したらいいのに……と何度思ったことか。


 だから、夏希が一人で暇つぶしをするときは大抵の場合、夜に勧められた漫画を読んだりしているのだ。小説ライトノベルも何度か勧められたのだが、どうしても活字が……。まぁ、それでも何日かかろうが最後までは読むのだが。


 しかし、その漫画も今はない。だって、持って来たら荷物になるし。ナイトがいるから暇な時間はないって思い込んでたし。


「……ナイト、早く来ないかな……」


 そんな夏希の願いが叶うことはなく、自由時間が終わりを迎えるまで夜が姿を見せてくれることはなく、夏希は集合場所である体育館へと向かった。

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