引率者ではなく、盟友として

 今思い返せば、夜も夏希と同じように、飯盒炊爨の時は辛い思いをしていた。


 柊也と梨花は同じクラスだったが、飯盒炊爨の時はやっぱり自由で。二人ともすでに友達作りに成功していたが故、夜は一人になっていた。


 どこかのグループに混ぜて欲しいと言いに行く勇気なんて当然の如く持ち合わせてなどおらず。


 先生達に「ハブられましたどうすればいいですか」なんて素直に言うことも出来ず、夜は一人でカレーを作っていた。


 皮肉にも、飯盒炊爨に必要な調理器具やその他諸々は十二分にあったし、材料だってこんなに必要ないだろとツッコみたくなる程の量があったので問題はなかった。


 正直に言えば、梨花や柊也に素直に助けを請えばよかったのだろうけど、自分がそのグループに入れてもらうことによって梨花や柊也が変な目で見られるというのは耐えられなかった。


 自分の所為で他人が傷付くというのは、もう嫌なのだ。


 そんなわけで、夜も飯盒炊爨の時は一人だったのが、夏希と違うのは夜が料理が人並みに出来るということ。


 それぞれが自分達の分のカレーを作るため、夏希も自分の分を作らなければ昼食はなしということになってしまう。


 どこかのグループの作ったカレーを分けてもらう……という選択肢もあるにはあるが、夏希が他人に話しかけるというのはほぼほぼ不可能だろう。


 しかし、だからといって、このままでいいわけもなく。


「……なぁ、夏希。一緒にカレー作らないか?」

「……え?」


 夜も含めた引率員の先生達も、自分達で作るということになっている。


 てっきり、生徒が作ったカレーを味見と称して頂くのではないだろうかと思っていたのだが、そんなことはなく。


 先生達も先生達でカレーを作るようなのだ。その証拠に、炊事場に包丁やお玉などといった調理器具を持った先生達がちらほらといる。


 因みに、理事長である慎二も例外ではないらしい。流石に調理は出来ないのか、はたまた別の理由があるのかはわからないが、調理には携わっておらず、炊事炉の前にて火を起こしていた。


 つまり、何が言いたいかと言うと……夜も自分でカレーを作らなくてはいけないのだ。


 本来ならば先生達と一緒に作ることになっていたのだが、流石にそれは気が引けるというもの。


 幾ら引率者としてこうして宿泊研修に参加しているとはいえ、夜は高校二年生なのである。それなのに、先生達と一緒にテーブルを共にするどころか一緒に調理するなど土台無理な話なのである。


 それに、慎二には先程許可を取った。まぁ、それは夜の勝手な解釈で、実際には慎二は構わないとしか言っていないのだが。


 だが、例え、夜が夏希と一緒に……という旨を話しても、慎二の返答はまったく変わらないと思う。普段は適当なくせに、こういう時に限ってカッコよく見えてしまうのだ。まぁ、本人の前では絶対に言わないし言いたくもないのだが。


 だから、夜が夏希と一緒にカレー作りを行っても何ら問題はないのである。何か言われても、聞いていないフリをすればいいだけのこと。


「ナイトはいいの?」

「ん? 何がだ?」

「だって、僕料理下手だよ……?」

「知ってるし気にしない。いいから早く作ろうぜ? 時間は……まぁ、十分過ぎる程あるけど」


 そう言って、夏希は夜に手を引かれ、炊事場へと向かった。


 もしかしたら、調理器具はあっても材料は……という不安も少しばかりあったのだが、どうやら杞憂に終わったようで。


 生徒、教師含めもう一回くらい、、、、、、、飯盒炊爨もといカレー作りが出来そうなほどの材料がまだ残っていた。……いや、残り過ぎじゃない?


 一体、どれだけ用意したのか。それはわからないが、材料が余っていることに変わりはないし、ありがたいことにも変わりはない。


 そもそもの話、材料がなければカレーを作るどころか夜と夏希の昼食がなくなってしまうところだったのだ。本当にあってよかった。


 じゃがいもや人参、玉葱や肉といったどの家庭にもいれてあるであろう材料は勿論のこと、トマトや茄子といった季節ぴったりの野菜や、林檎やチョコレートなど隠し味として使われている材料まである。


「夏希は使いたい材料とかあるか?」

「えっと……これ入れたい……」


 そんなこんなで、定番であるじゃがいも、人参、玉葱、牛肉と、夏希が選んだ隠し味に使う用のチョコレート。そして、鍋や包丁などの調理器具を持ち、空いている炊事場へ。


「そういえば、夏希が料理できないってのは知ってるけど……逆にどれくらい出来るんだ?」

「野菜は切れるよ?」

「よしわかった味付けは俺がするから」


 流石に、野菜を切ることしか出来ないとは思えないが……味付けはさせない方がよさそうである。


 ということで、二人で他愛もない会話を交わしつつ、野菜を切る夜と夏希。


 そんな二人は、見るからに楽しそうで。夜の言っていた通り、二人の関係は親友以上のものなのだろう。でなければ、教室では一切笑顔を見せない夏希が、あんなに笑うわけがないのだから。


「……おにいちゃん……」


 あかりの胸中に、ちくりとした痛みが奔る。いや、“ちくり”どころではない。ぎゅぅっと、まるで心臓が締め付けられたかのような痛みだ。


 大好きな兄と楽しい高校生活を送りたくて、両親の制止を振り切って愛してやまない兄の通うナギ高へ入学した。


 大好きな兄と離れたくなくて、理事長に直談判して愛してやまない兄を宿泊研修同行させた。


 だというのに、今こうして最愛の兄と笑い合っているのは自分あかりではなく夏希。おかしいではないか。


「どうしてなの、おにいちゃん……」




「へぇ、そういうことね……」


 夜と楽しそうに笑い合う夏希。そんな表情は、今まで見たことはなくて。きっと、夜が傍にいるからこそ浮かべることの出来る笑顔なのだろう。


 だからこそ、夏希が夜に対してどんな想いを抱いているのかなど容易に想像がつく。ついてしまうのだ。


「……ふふ、そ~だ。いいこと思いついた……」

「どしたん、亜希っち。なんかいいことでもあった?」

「ん~? 別になんでもな~い」

「それにしては、亜希笑ってるんだけどぉ?」


 そう言われて、佐島さとう亜希あきは自分の頬へと手を伸ばした。確かに、森嶋もりしままいの指摘通り頬がニヤついていた。


「ほんとはいいことあったりぃ?」


 つんつんと腕を突いてくる姫川ひめかわ茜音あかねに、亜希はにやりと笑みを浮かべ。


「思いついたのよ。朝木を、このクラスから追い出す方法をね」

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