十一 撃墜
「おいっ、俺の言葉が解るか。
頼む、あいつを捕まえなくていいから、なんとかして一瞬だけでも止めてくれ。そしたら後は俺がやってやる!」
「クワアアアーッ!」
大鷲は一声叫ぶと、一際高く上昇して大猿を真下に見下ろす位置を取った。
そして狙いを定め、羽根を畳んで一気に飛び込む!
夜空を切り裂く流星の如く、大猿に向かって一直線に落ちて行く大鷲が狙ったのは、胴体の中心ではなく左の翼。
それを察した大猿が、またしても寸前で身を
だがこれは大鷲の誘いだった。
大猿が右方を向くよりも一瞬早く、大鷲は翼を広げ急制動を掛けると同時に、それを梃子に体を一気に回転させた。
そして自分の嘴でなく、脚の下にぶら下げている俺の体を棒っ切れのように振り回して、大猿に叩き付けたのだった。
「ぐあっ!」
「ぶほっ!」
思いもしなかった攻撃に、俺と大猿が堪らず声を上げる。
だがモタモタしてる暇はねえ。俺は後ろから大猿の首に手を回し、その背中にガッシリとしがみ付いた。
大鷲はそれを見届けると、脚を離して天高く舞い上がって行った。
有難うよ!
「ぬあああっ! 貴様、何をするかっ! 離せ! 離さぬか!」
「へへっ、離せと言われて素直に離す馬鹿がいるかっての。さあ、今度こそ最後だ。覚悟しやがれ」
懐から聖剣を取り出す。
振りかぶると、はるばる西域の国から渡ってきた銀剣は、これまで以上に眩い光を放った。
だが今回は見られても構やしねえ。
いや、存分に見せつけてやれ。お前の真の力をな!
「止(よ)せっ! そんなことをしたら貴様もただでは済まぬぞ! この空の上から落ちて生きていられると思うのか!」
「うるせえっ! 死んだ後のことなんか、死んでから考えりゃいいんだよ!
一緒にくたばってやるから大人しく成仏しやがれっ!」
言ってから気付いた。
あーあ、まさかこんな野郎と仲良く死出の道行きとはな。まあしゃあねえ、人生なんてこんなもんだ。
「せーのっ!」
掛け声と共に、大猿の首筋めがけて剣を振り下ろす!
「ぎひいいっ!!」
大猿が悲鳴を上げながら身を捻る。
俺は体勢を崩して振り落とされそうになり、剣は狙いを外して、首筋ではなく右の翼の付け根に突き刺さった。
構うもんか、腕に力を込めて思い切り斬り降ろす!
「ぎゃああっ!」
絶叫と共に、翼が千切れ飛んだ。
俺と大猿は縺れ合ったまま、暗闇に包まれた下界へと真っ逆さまに落ちて行った。
―*―*―*―
悪運が強いのは俺の性とでも言うべきなんだろうが、地球王も俺と同様の強運の持ち主らしい。
二人が落ちたのは、広い川のど真ん中だった。
それから無我夢中で体を動かし岸まで泳ぎ着いたまでは憶えているが、どうやらそこで力尽きたらしい。そう長い時間じゃねえとは思うが、ちょっと気を失っちまっていたようだ。
気付いたら、川原の草の上に這いつくばっていた。
「うう……」
いくら水の上とはいえ、流石にあんな高い所から叩き付けられたら堪ったもんじゃねえな。
光の結界が効いていたにしても、体がバラバラにならなかっただけでも奇跡みてえなもんだ。よくぞ自力で岸まで辿り着いたと、自分を褒めてやりてえくらいだぜ。
とはいうものの、体中がいかれちまって、まるで力が入らねえ。
どうにか顔を上げて自分の体を見回すと、あちこちが緑色の光を放っていた。はは、またマリモに助けられちまったか。あーあ。
だが、その光はこれまでよりも明らかに弱々しく、全部の傷を綺麗さっぱりといかねえ内にふうっと消えちまった。
これで終いか。
ああ、マリモちゃん。随分と世話になっちまったな。この礼はいずれ必ず、命に代えても返してやるぜ。
と言いてえところだが、どうやら約束を守るのは無理みてえだ。あいつを殺るのは、俺も命を差し出すくれえじゃねえと、とても果たせそうにねえ。
ホントごめんな。
改めて自分の手を見ると、聖剣をしっかり握り締めたままだった。
だがその刃は根本からポッキリと折れ、柄の部分しか残っていねえ。
「チッ」
俺は小さく舌打ちしてから、周りを見回した。
ここは何処だ。
川の上流には山。その先にもいくつもの峰々が連なり、そして彼方に望む空は橙色に染め上げられている。
あっちが河童の里か。
随分遠くまで飛んできちまったみてえだ。勘だが、距離にして恐らく五里ってとこか。
ふむ。
振り返ると、遠くの方にいくつもの小さな灯りが見えた。
風に乗って大勢の人間が騒ぐ声も聞こえて来る。どうやら人里が近いらしい。
まてよ? この景色は……。
そうか……。
星明かりに薄っすらと浮かぶ周りの地形を見渡して、俺は思わず苦笑いした。
悪運もここに極まれりだな。なんとここは村のすぐ近くの、イヅナ兄さんと初めて出会ったあの川原だった。
ああ、あの様子なら村は無事のようだ。良かった。
気を取り直して立ち上がり、地球王の姿を求めた。
あいつは何処だ、まさかくたばったとも思えねえが。
辺りを見回すと思った通り、猿野郎もしっかり川原に辿り着いていた。少し離れた所で、頭を振りながら起き上がろうとしている。
あっちも体を包む光は健在、どうやら気力はまだ萎えちゃいねえらしい。ったく、しぶとい猿だぜ。
俺は柄だけになった聖剣を懐に仕舞い、代わりに火鏢を手にした。無論、湿気ちまって火なんか着く訳がねえし、刀の代わりには心元ねえ。
だが、何も無いよりはマシだろう。
こうなったら、刺し違えてでもやってやるぜ。
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