二十一 頂
「蛍火はどうした」
撫子に尋ねる。
「逃げられた。
じゃが、そう長くは持たぬであろう。最後の頃には不死の力も切れたと見えて、急激に年老いてしまった様子であった」
「そうか……」
そんな状態で、こいつの手から逃げられる訳がねえ。
つまりは、お前が止めを刺さずに逃がしてやったってことだ。ったく、お前らしいな。
見れば撫子も衣装はボロボロ、体中が血塗れだ。勝ったとはいえ相当激しくやり合ったんだろう。
「お前は大丈夫なのか?」
「なに、傷ならとうに癒えておる。摩璃桃姫ほどではないが、この程度なら自分で何とかできる」
摩璃桃の名に、一瞬胸に痛みが走る。コト姉さん達は、無事に逃げ
「へえ、今度は女か。
そいつも只者じゃなさそうだな。嬉しいねえ、ワクワクしてくるぜ」
義経が太刀をブラブラ振りながら笑いかけてくる。
「何者じゃ、こ奴は?」
「源九郎判官義経さんだよ。大将と同じ、
「ほう、義経とな」
「ぬははははっ!
巫女よ、儂の下へ辿り着きたくば先ずはその男を倒してみよ!
義経よ、その女は強いぞ! 思う存分戦を楽しむが良い!」
撫子がチラとだけ地球王に目をやる。
義経もそれに釣られて一瞬視線を外した、その刹那。撫子の姿が忽然と消えた。
神速!
義経の背中で、剣と剣が激しくぶつかり合う音が響く。
なんて反応だ。背後から襲い掛かった撫子の一撃を、一瞬で太刀を回して受け切りやがった。
ありゃあ、先に読んでたとしか思えねえぞ。
「ほう、なかなかやるのう。じゃがこれでは、次の撃を逃げられぬぞ」
「どおおうりゃっ!」
間髪入れず大将の鉄弓が正面から横殴りに襲い掛かる。
義経は薄笑いを浮かべたままひょいとトンボを切り、撫子の頭を越えて背後に降り立った。今度は撫子が的になってしまう。
だが大将は手を引こうとしねえ。
当たった! と思われた瞬間に撫子の体が幻のように消え、鉄弓はそのまま義経のどてっ腹を殴り付けた。
「ぐわっ」
義経の小柄な体がぶっ飛ぶ。
その向かう先に再び撫子が現れ、棒剣を構えた。
義経は寸前で地面を蹴り、横へと逃れる。
そこへ先回りした大将が立ちはだかり、義経は二人の間で挟み討ちの恰好になった。
よし、この隙に。
俺は三人を残して頂上へ向かおうとした。
こっちは二人に任せておけばいいだろう。俺は本命の地球王のクソ野郎をブッ飛ばしてやる!
「おい待て、この野郎!」
義経が俺を追って飛び出そうとしたところへ、すかさず撫子が立ち塞がる。
「ちっ」
再び三人が睨み合う。
「頼んだぜ!」
その様子を横目に見ながら坂を駆け上がる俺の隣に、狼王が並んで来た。
狼王は両目を閉じたまま、顔面を血糊で染め、それでも迷いのない足取りで地を蹴る。
「おい、大丈夫なのか?」
「ガウッ」
狼王は心配するなとでも言うかのように、低く答えた。
勘だけでここまでの動きができるか。流石だな。
山の天辺まで登ると、地球王は
「ぬは! ぬはははっ!
来るか、犬神の小僧よ。なれば存分にもてなしてくれよう!」
「クソがっ。山の皆の仇だ、覚悟しやがれ」
おい気狂い犬、今度はちゃんと働けよ。
(うるせえ、てめえがクソだ)
もう一人の俺が前をじっと見据えると、俺の目に地球王の体を包む結界がはっきりと映った。
刀に気を込め、青白い光の遮膜を一気にブッタ斬る!
月光一閃。結界は散り散りに消え去った。
だが地球王は驚いた様子も見せず、余裕たっぷりの顔で俺を見下す。
「ほう、やるではないか」
「うるせえ、死ね!」
一気に踏み込み、胴体の真ん中目掛けて横殴りに刀を振るう。
だが渾身の一撃は、地球王の抜き放った大太刀に阻まれた。
鋼同士が真っ向からぶつかり、火花を散らす。
「ちっ」
地球王が、人の背丈程もある太刀をブンッと一振りする。
俺は後ろへ飛んで逃れ、狼王は真っ直ぐ駆け抜けて地球王の背後を取った。
「よう、こないだみてえに気前良く斬られちゃくれねえのかい?」
「ふむ、今は蛍火がおらぬのでな。衣装を汚されるのはちと困る」
ふざけているように見えるが、あの大太刀を軽々と振り回す様子を見れば、侮る訳にはいかねえ。
頂上は、予想外に平らな台地になっている。戦うには十分な広さだが、その代わり利用できそうな岩や立木は見当たらねえ。
闇雲に突っ込むのも芸がねえし、さてどうしてくれようかと思案していたところに、後ろから一頭の狼が姿を現した。
それは狼王以外に残った最後の一頭。
今まで戦いに参加せず、イヅナ兄さんを背負ってじっと様子を窺っていた、白狼だった。
イヅナ兄さんはその背中にぐったりともたれ掛かり、苦しそうに息を吐いている。
「兄さん、大丈夫か」
さっきは元気になったと思ったのに、やはりあれほどの傷はそう簡単には直せねえか。
それにしても、ちょっと様子がおかしい。
「ああ、なんとかな」
兄さんは狼の背から降りると、気力を振り絞って地球王に向き合った。
「お前が、盗賊の頭(かしら)か」
「ふむ。盗賊などではないが、まあ細かいことはどうでも良かろう。儂が地球王だ」
「河童の里の若長にして、龍神が
「ほう、龍神の皇子と。
それは思いも寄らず御尊顔を賜り、恐悦であると申しておこう。ぬはっ」
「一つ聞かせて貰おう」
兄さんがよろめきつつ、地球王を睨み付ける。隣に立つ白狼がそれを支えるように、体を寄せた。
「遠慮はいらぬ、何でも尋ねるがよい」
「何が目的で、こんな酷い事をした」
「なんだ、犬神から聞いておらぬのか。目的はただ一つ、儂の楽しみの為よ」
ニタリと、下品な笑みを浮かべる。
このクソ野郎が。
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