三 談義


「わはははっ! 流石は撫子の見込んだ男だ! 感服したぞ!」


 さかずきを干しながら、那須の大将が豪快に笑い声を上げる。


「さあ、どんどん飲め! 遠慮せずとも酒ならいくらでもあるぞ!」

「へえ、どうも」


 俺は首を竦めながら、大将の差し出す酒を杯に受けた。

 広い陣幕の中で、那須の大将と俺達という四人だけの酒盛りが始まっていた。

 他の武将達も一緒に、というより実を言えば武将達こそが大将と戦の談義をしたがっていたんだが、大将は煩い邪魔だと一人残らず追い出しちまった。


「それにしても驚いたぞ! なんだあれは、あれも隠形なのか!」


 那須の大将は、俺にしてやられたというのに上機嫌で酒をあおっている。


「そうっすね。餓鬼の頃に、達人の師匠にたっぷり仕込まれましたから。

 正直言って、今日のは今まででも最高の出来でしたけど。

 それでも俺なんかまだまだっすよ。目は誤魔化せても、触れば気付かれちまう。

 師匠とやり合った時なんか、目の前に立って鼻をつままれても気付きませんでしたよ」

「それはつまり、正面から首を刈っても気づかれぬということだな」

「そういうこってす」


 ふふ、面白い。と大将は笑った。


「うむ、私もあれはびっくりしたぞ。まさかおぬしがあんな技を持っておったとは夢にも思わなんだ。

 前に私とやった時にもあれを用いておれば、少しは戦えたであろうに。

 どうしてそうせんかったのじゃ?」


 少しは、かよ。


「そんな暇なんかなかっただろうが。

 あの技はな、発動するまでにどうしても一呼吸か二呼吸の間が空いちまうんだ。

 戦いの最中にそんな隙を見せたら、一発でお終いだろ」

「ほう、では何故今回は使えたのだ?」


 と、大将。


「相手があんただからですよ」


 ニヤリと笑って睨み合う。

 撫子はそんな二人の顔を見比べて、愉快げに笑みを洩らした。

 ちなみに蓬子はというと、俺達の話なんかまるで興味がない様子で、きじの丸焼きを相手に黙々と格闘を繰り広げている。


「俺や撫子みたいな野良育ちなら、そんな隙は絶対に見逃すわけがねえ。

 だがあんたは正統派の侍だ。相手が技を出そうとしたら、まずはそれを正面から受けてみようと考ちまう。そうでしょ?」

「つまりそこが、この俺の隙というわけだ」

「そういうこと。そうでもなきゃ、あんたみたいな豪傑相手に勝てる訳ないじゃねえっすか」

「わははっ、面白い! 撫子よ、よくぞこんな面白い男を見つけたな!」


 そうやって豪快に笑いながらも、今すぐにでも殺してやるぞと言わんばかりの殺気を俺に向けてくる。


「ねえ大将。その殺気、どうにかなんねえんすか?

 いつもそんなんじゃあ、隠形どころじゃねえでしょう。近づいただけで獲物はみんな逃げちまう」

「これか。残念だが自分でもどうにもならんな」

「済まぬの、狼よ。それは私の所為せいなのじゃ」

「撫子の?」

「うむ、実は与一の魂を修復した時にどこかでしくじったらしくてな。殺気がダダ漏れになったまま止まらなくなってしもうたのじゃ」

「そうだったのか。そりゃあ困ったことになったもんだな」

「いいや、撫子の所為ではない。元々がこうだったのだ。

 それに、これはこれで使い処はあってな。

 なにしろこうして普通に接しているだけで、皆が俺を恐れて言うことを聞いてくれるのだ。なかなかに便利だぞ。わっはっは」


 便利っつーか、白地あからさまに脅してんだろそれ。


「二年前、鎌倉に戻った時にもそうだった。

 俺であるとはにわかには信じて貰えず、大勢に取り囲まれて槍や刀を突き付けられたものだが、一睨みしただけで静かになりおったぞ。

 それも侍達ばかりか、鎌倉殿までもな。わっはっはっはっ!」


 鎌倉殿って、頼朝のことだよな。いい度胸してんな。


「そういえば、その後の話を聞いておらなんだな。今の様子を見る限り、順調なようではあるが」

「ははっ、そう見えるか」

「総勢三千もの大軍を任されるなど、大したものではないか。

 たかが盗賊に三千とは、ちと大袈裟過ぎるとも思うが。それだけ信頼が厚いということであろう?」


 大将が杯をぐいと干す。


「お前のいう通り、盗賊ごときに三千の兵は出さぬ。この兵は、この俺に対するものだ」

「なに?」

「そりゃ、どういう事で」

「鎌倉殿のいつものやり方だ。おのが手に負えぬと判じた時は、この三千をもって俺を討ち取るつもりなのだ」


 撫子が眉をひそめる。


「いくら何でも、それは考え過ぎではないのか?」

「そう思うか? だが、俺は鎌倉に戻ったその日の内に毒を盛られたぞ」

「なんと……」

「まるで効きはしなかったがな、くくっ。

 それに、そもそも俺が死んだのも同じ毒にやられたせいだ」

「病ではなかったのか」

「ふふ、まあやむを得ぬことよ。

 鎌倉殿は、ああ見えて気の小さいお方でな。九郎殿を排した時もそうであったが、要は御し切れぬ者を御すだけの器量に欠けるのだ。

 ゆえに、元々九郎殿の配下であった俺などは、特に扱い辛かったであろう。

 早々に恭順の意を示したゆえ取り立てる他はなかったでのあろうが、いつ寝首を掻かれるかと戦々恐々であったのだろうよ。

 その挙句にまんまと殺されてしまった身としては、気の毒とも思わんがな。

 まあそれでも、この俺一人の力を三千もの兵に値すると見立ててくれたのだ。光栄と言うべきではないか」

「ふう」


 と、妙な溜息をつく撫子。


「それで、これからどうするつもりじゃ?」

「まあそうだな。

 どう足掻こうと、俺は俺でしかおられぬ。如何にうとまれようとも、鎌倉殿に忠誠を誓った以上はやれと命ぜられた事をやるだけだ」

「では、探し人は?」

「探し人?」


 大将が撫子をジロリと睨む。


「俺の墓を暴き、こんな姿にしてくれた奴か。

 いずれ見つけ出して斬り殺してくれようとは思っているさ。それを果たさぬ内は死んでも死にきれん。

 だが如何せん、何の手掛かりも掴めてはおらぬ」

「なれば朗報じゃ。その男は、あの山中におるぞ」

「何?」

「盗賊共の首魁じゃ。名を地球王という」

「それは本当か!」


 大将が立ち上がった。


「うむ。あやつは死人を操る。

 そして、おぬしの持つ瘴気とあの者が使う瘴気は同じものじゃ。間違いない」


 大将に目で問いかけられて、俺も頷いた。


「そうか、ついに見つけたか。ははは……、これは面白くなってきたぞ。

 明日の決戦が楽しみだ!」


 って、明日?


「随分気が早えっすね。今日着いたばかりじゃねえすか」

「のんびり構えて何になる。せっかく三千もの兵を授かったのだ、無駄にせず一気攻めとしようぞ」

「でも、その三千は盗賊の為じゃねえって」

「ふふ、鎌倉殿の思惑など俺の知った事ではない。

 他の武将達にしても、まさか盗賊も討たぬうちに俺を葬ろうなどとは考えぬはずだからな。

 その時までは、せいぜい俺の思う通り存分に使わせて貰おう」

「なるほど、与一の考えは判った。頼朝の思惑もな。

 では私からもう一つ言っておこう。恐らくこの三千は、全滅するぞ」

「ふん、そうか。狼よ、お前もそう思うか?」

「断言はしねえが、そうなってもおかしくないでしょうね。

 こないだの襲撃で俺と撫子がやっつけた死人は約二百。だが、以前俺が奴らの砦に行った時に見た死人の数は、優に千は越えていた。

 あれで全部とも思えねえから、果たしてどれくらいいるのやら見当もつかねえ。

 それに、今度はあっちが守る側だ。あの砦は強固な山城、それに罠だってそこら中に仕掛けられているはずだ。

 いくら三千の兵といえど、ちょっとやそっとじゃ攻めきれませんぜ」


 そういや、以前佐助爺さんがそんな大人数がいる訳ねえって言ってたが、さすがの爺さんも死人の数まで勘定に入れるのは無理ってもんだったな。


「ははっ、別に構わぬわ。要は首魁さえ倒してしまえばよいだけ……、ん?」


 そこで大将は、首を傾げた。


「どうしてお前達がそのようなことを知っている。それに、二百をやっつけたとか、砦に行ったとか。

 お前達、いったいこの村で何をやっているのだ」


 俺と撫子は顔を見合わせた。

 そういや、まだ肝心なことを言ってなかったっけ。


「あはは、済まぬ済まぬ。実は私と狼は、この村の用心棒を引き受けておるのじゃ」

「つまり、俺達もあいつの首を狙ってるって訳で」

「わははっ! そうか、これは何とも心強い味方だ!

 良し判った! では雑魚は雑魚共にまかせて、我らは一気に本陣を狙うとしよう!」

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