十一 マリモ
「ああー、まあとにかくマリモちゃん、助けてくれて本当に有難うな。重ねて礼を言うぜ」
「あ、ん…。べつにそんな…、うん……んふ」
モジモジ……。
へー、可愛いじゃねえか。つっても、子供相手におかしなことは考えたりしねえぞ。
「そうかい狼さん。マリモ、狼さんはな、盗賊をやっつけに来てくれたんだぞ。」
「ほんと? 盗賊ってあの変な奴らでしょ? マリモ、あいつら大っ嫌い!」
「ああそうだ、丁度いいや。あいつらの事で何か知ってることがあったら、教えて貰えねえかな」
「はいはいはい! マリモが教えてあげる!」
「おう、頼むぜ」
「あいつらねえ! 穴掘ってるよ!」
「穴?」
「そう! あっちにもこっちにも、大っきい穴をいーっぱい掘ってるんだよ!」
「そんなもん掘って、いったい何をしようってんだ?」
「知らない!」
「あ、そう。他には?」
「おしまい!」
むう、マリモちゃんではこれが限界か。ま、何もないよりはマシだが。
「その穴が問題なんだなあ」
と、イヅナ兄さんが後を継いでくれた。
「てえと?」
「あいつらがそこらじゅうに穴を掘りまくるもんだから、龍神様が怒っちまってなあ」
「龍神様?」
そういや、佐助爺さんが河童の親分とか言ってたっけ。
確かに龍神も水神には違えねえから河童の親玉でも不思議はねえが、だがいくら何でも神様としての格が違い過ぎる。おそらく河童だけってわけじゃなくて、ここら辺りの物の怪どもの総元締めってところか。
だとすれば、訳のわからねえ余所者に自分の縄張りで好き勝手されたら、そりゃあ腹が立つのも無理はねえ。
「龍神様か。一度お目にかかってみてえもんだぜ」
「そりゃあ無理だよ。この山の下の奥深くにいて、誰も見た事なんかねえもの」
「へえ、じゃあなんで怒ってるって判るんだ?」
「地鳴り」
「凄いんだよ! ゴゴゴゴーって!」
「雨」
「ものすごい大雨が降ったんだよ! 山が流されちゃうくらいの!」
「風」
「嵐だよ! 大嵐!」
なるほど。龍神様が怒ったら、そうなるわな。
「オイラ達だけじゃなくて、山の連中はみんなビクビクしてるんだ。このまま放っといたら龍神様が本気で怒り出しちまうってな」
「そうなったら大変だよ! 大地震と大雷と大火事と大オヤジがいっぺんに来ちゃうよ!」
「大オヤジって何だよ」
「知らない!」
デイダラボッチみてえなもんだろうか……。
「そんな訳だからなあ、あいつらをいつまでも放っとく訳にもいかねえんだけど。でも、オイラ達じゃとても相手になんかならねえしなあ」
まあ、不死身の連中が相手じゃな。
「なあ、狼さん……」
イヅナの兄さんが、空を見上げながらつぶやいた。
「なんだい?」
「ヌマヂの爺様に会ってくれねえかなあ」
「ヌマヂ?」
「ええっ!」
マリモちゃんが飛び上がった。
「駄目だよ兄様! 絶対に駄目!」
河童の長老さん、てとこかな。
「どうして駄目なんだい、マリモちゃん?」
「だってだって! ヌマヂの爺様は人間が大っ嫌いなんだよ! 狼さんを連れて行ったりしたら、殺されて死んじゃうよ!」
「ああそうか。会うのは構わねえが、殺されるのは困るな」
「でしょでしょ! だから駄目っ!」
「うーん」
イヅナ兄さんも、腕を組んで考え込んじまった。
そんなにおっかねえのかよ、そのヌマヂの爺様ってのは。
「でもなあ。やっぱり狼さんには、爺様といっぺんちゃんと話してもらった方がいいと思うんだよなあ。その方が狼さんも色々聞けるだろうし、他のみんなも手助けできるだろうし」
「じゃあじゃあ! みんなの代わりにマリモがお手伝いする!」
「こら、お前は少し大人しくしてなきゃ駄目だ。こないだも勝手に穴を覗きに行って、爺様に怒られたばっかりじゃないか。狼さんの手助けはオイラがやっとくから」
「兄様ズルい!」
「何がだ」
「ズルい!ズルい!ズルい! 兄様だって駄目だって言われてるのに、人間の村へ遊びに行ってるくせに!」
「え? マリモちゃん、やっぱりあれはマズいのかい?」
「そうだよ! 河童は人間に近づいちゃいけないんだよ! でも兄様は人間の娘に惚れちゃったから、勝手に村に行っちゃうんだよ!」
「ばっ!」
イヅナ兄さんの顔色が変わった。いや、河童の顔色なんてわかんねえけどな、そんな気がしたんだよ。
「マリモちゃん、そりゃ本当かい?」
「本当だよ!」
へへ、なにやら面白そうな話になってきやがった。
「マリモちゃんも、その娘とは知り合いなのかい?」
「知らない! マリモは人間の村には行ったことないもん!」
「ん? じゃあ何で兄さんが娘に惚れてるって判るんだい?」
「だってだって! 兄様ったら、村から帰ってくるとその娘の話しかしないんだもん! あの子があんなことしゃべったとか、こんなことしたとか! そればっかりなんだもん!」
「へー。ん、まてよ? でもこないだは、俺と爺さんに魚くれただけですぐ帰っちまったぞ」
「そうだよ! あの子に会えなかったって! そればっかり言ってたよ!」
「俺と会ったって話は?」
「全然!」
「あ、そう」
イヅナ兄さんの方をチラと見ると、兄さんは空を見上げて何やら難しい顔をしている……フリをしていた。
「なあ、イヅナ兄さんよ」
「な、なんだい」
上を向いたまま。
「その娘の名前でも教えて貰えれば、何か手助け出来るかもしれねえぜ」
「べっ、別に。手助けなんて。別にオイラ……、そんな……別に……」
「そうかい? まあ、余計な手出しすっと返って良くねえかも知れねえもんな」
後で佐助の爺さんにでも聞いてみるとすっか。あの爺さんなら何か知ってんだろ、へへ。
「ところで、そのヌマヂの爺様のことだけどよ」
「ぜったい駄目!」
「まあまあマリモちゃん。心配してくれるのは有難えけどさ、俺もこれから色々と動いてみてえってのはあるんだよ。河童でもなんでも、味方になってくれるなら大助かりなんだ」
「だってだって!」
「じゃあこうしよう。マリモちゃん、さっきみてえに勘を働かして本当に危ないかどうか占ってみちゃくれねえかな」
「あっそうか! わかった! やってみる!」
そう言うと、マリモは静かに目を閉じた。
なんだろうな。この娘もこうしていると、しゃべっている時とは別人のようだぜ。
妙に気品があるっつうか、神々しいとさえ言いたくなってくるくらいだ。やっぱ神様ってことなのかね。
「うん……、大丈夫みたい」
マリモは目を閉じたまま、そう告げた。
「そいつは良かった」
「そっか! うん、大丈夫だ! やったー! やったー!」
「へへ、兄さんよ、なんとか話はついたみてえだぜ」
「ああ」
「じゃあ! 明日はマリモが案内するね! 兄さんの人間の狼さんを、マリモがマリモの河童の里に連れて行ってあげるね!」
「おう、頼んだぜ」
「じゃあそう言う訳だから、狼さん。明日また来るから、それまでゆっくりしててくれな」
「明日は食べ物も持ってきてあげるからね!」
そう言いながら、兄妹が立ち上がった。
「お、おおう。て、えっ? 俺、このままなの?」
「ん? そうだけど、なんだい?」
こんな山ん中で、丸太ん坊に縛り付けられたまま置き去り、って。
「だって、雨とか降ったらどうすんだよ」
すると二人は、きょとんとして顔を見合わせた。
「雨がどうかしたの? 狼さんの人間の兄さん?」
ああ、見た目がこうだからつい忘れちまうが、こいつらは河童だった。もともと水の中で暮らしてる連中が雨なんか気にするわけねえってか。
それにしたってな。
「だっ、だから、夜は冷えるし」
「ははは、まさかまだ夏なのに」
「俺は人間なんだよ! 風邪引いちゃうだろ!」
「あはは。心配しなくてもちゃんと縛ってあるから、風が吹いたくらいで飛ばされやしないよ。狼さんは大袈裟だなあ」
「あう……」
なんてこった、こいつらときたら風邪も引かねえのか。秘薬か? あの秘薬のおかげか?
「じゃあな、また明日」
「じゃあね! 狼さんの兄さん!」
「……」
二人は後ろ手に手を振りながら藪の向こうへ消えて行き、そのすぐ後にボチャンボチャンと大きな水音が響いてきた。ああ、ここは川辺だったんだなるほど。
いや、そうじゃなくて。
「おおーい、置いてかないでくれよー。寂しいよー」
ああそっか、寂しいって言えば良かったんだ。
て、もう遅いか……。
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