34. 判断を丸投げしてはならない

「ユイ、俺のそばを離れるなよ? ヨージ。俺の援護を頼む」


 グレウスさんは珍しく、ユイさんを「ちゃん」付けでは呼ばなかった。

 そこに、歴戦者の何らかの意図があるような気がした。


「わかりました」

 と僕は答え、剣を構えた。

 ユイさんは、僕にチラリと目配せをした後、グレウスさんの後ろへと小走りで移動し、そこに控えた。


 多数のモンスターが、僕らの前方を半包囲している。

 こちらの戦力は、歴戦の猛者、新米冒険者、鍛冶屋の女の子。

 後方にはトンネルがあるが、その先の家と工房をモンスター達が襲撃している。


 ……その戦況で、ユイさんを守るには、何が1番良かったのだろうか?


 それを僕は、後悔することになる。


 ◆


「……それで、ユイさんを追わずに逃げてきたのか? ヨージお前


 冒険宿『アウトイン』の酒場に響くタスクの口調は、完全に詰問だった。


「逆のフォーメーションにすりゃよかったんだよ。お前がユイさんを守って、1番戦闘力の高いグレウスさんが血路を開き、そこを3人で突破する。それで良かったじゃねーか。どうしてそうしなかった」


「ごめん……」

 としか、言い様が無かった。


「ミノタウロスも倒せたお前なら、ユイさんの守りに徹するぐらい、出来たはずだろう?」

 タスクは腕を組んで、言った。


 その戦力見積もりは少しおかしいと、僕は思っていた。

 あの時のアレは僕の実力じゃない。状況と、ユイさんの武器とが揃っていたから……なのであって、本来の自分は非力な存在。


「グレウスさんの判断に頼るのが、正しいと思ったんだ……」


「判断を人に丸投げするから、お前は詰めが甘くなるんだよ」

 バッサリと切り返される。


「たしかに、そうかもしれない……」


 ……。


 ……。


 あの時、グレウスさんは倒れた。

 の戦闘は、行動の選択肢が狭まる。

 ミノタウロス戦で、自分も経験していたはずったったのに。

 なぜ、その事に思い至らなかったのか?


 そしてユイさんの手が、敵に掴まれる。


 僕は手を伸ばそうとした。

 そこに、モンスター壁が立ちふさがった。

 グレウスさんも突破できなかった壁だ。


「ユイさん!」

 宵闇に、ヌネオの乾いた笑いが響き、森の奥へと消えていった。

 僕は、壁を超えることが出来なかった。


 僕に出来たこと。

 倒れたグレウスさんを運び、こうしてタスク達の所に逃げ込んだ。そして回復をミハに託した。

 たったこれだけ。


 血に染まるグレウスさんを見たミハの顔は、すっかり青ざめていた。

「ちょっと私……回復に専念するから。しばらく話しかけないで」 


 そして今。

 僕は、タスクから詰問を受けている。


 つい、弱音が出た。

「僕には、何の力もないから……」


 そうしたら、僕の頬がはられた。

 ミオウだった。

「あたしは強い人が好きなの。あたしの前で、情けない顔をさらすんじゃないの」


 タスクも両手を上げて言った。

「ミオウに同意。ヨージの自己評価が低いのは、こういう時には本当にマイナスだぜ? ……俺がお前を見放してない時点で、察しろや」


 顔を上げると、タスクは軽く笑い飛ばした。

「奪還すればいいだけの事だろう? 落ち込んでんじゃねぇ」


 サラリと言ってのける所が、助くタスクの勇者としての証のように思えた。


 ◆


「ダメニャ。見つからニャイ」

 ミオウの肩に乗った、『ヌコ』という使い魔が言った。


(しゃべるのか……このヌコ)


「そんな事言わずに、もうちょっと頑張ってよ」

 ミオウが説得する。


 ユイさんの持っているヌマーフォンから出る魔波を、探知魔法で探っているのだった。さながら、僕が元居た世界のGPS探索のように。


 が、ヌコは気分屋のようだ。


「この街にも、中央都市セソトラルにも居ニャイ」

「探すの疲れたニャ」

「後は自分たちで探すニャ」

 と、ぴょーんとミオウの肩から飛んで逃げようとしていた。


 捕まえようとする、ミハを除いたパーティメンバー。


 逃げ出したヌコは、壁際に寝ている白モジャ髪のおじいさんに飛びつき、その顔を爪でガリガリとやってから、ぴょぴょーんと方向を変えて飛んだ。その軌道に素早く対応したタスクが、シュートされたバスケットボールをはたき落とすみたいにガッ! っとヌコの首をつかんだ。


「首をつかむニャ!」

「うるせえ」


「……おい、うるさい! 痛いわ! 眠れんじゃろうが!」

 とパァームおじいさんが言って、さすがに、モゾモゾと起き出してきた。白モジャ髪に白ひげの顔には、爪痕が赤くクッキリと、ミミズのように這っていた。


「爺さんちょうどよかった。聞いてくれよ」

「タスクよ。面倒ごとはごめんだと、前にも言ったじゃろう? お前たちがやれば……」

 と言いかけた、パァームおじいさんの目が大きく見開かれた。

 ミハの方を見ていた。


「おい……グレ坊じゃないか。何があったんじゃ」

 と、指先が震えていた。


(グレ?)


「歴戦者のグレウスさんすら、やられた相手なんだよ! 今回のは」

 そうタスクが吠えたら、おじいさんの目がギロリと左右を行き来した。


「坊やがか……ちょっと話を聞かせなさい」

 どうやら、若い頃のグレウスさんを知っているみたいだった。

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