17. 交差点

 エリちゃんに似たその女の子は、山高帽をかぶっていた。

 そして黒系のローブとマント。

 円形テーブルの側には、杖も立てかけてあった。


 さすがはファンタジーっぽい異世界。

 いかにも「魔法少女」という出で立ちで、お約束的な部分に忠実なように思うけれど、TPO的に考えると、ここは酒場。つまり室内だ。


 僕が元居た世界では、『室内での飲食時には帽子を取る』というマナーがあったのだけれど、この異世界ではそんなマナーは無い、ということだろうか?


 使い魔だろうか。肩に、猫の亜種みたいなのがぴょんと乗っていた。

「なぁーう」

 とたまに鳴き、オレンジ色の金平糖のようなものを、魔法少女の手から食べさせてもらっていた。


 オレンジ色の金平糖らしきもの、どうやら口の中ではじけるらしく。

 猫のような使い魔は、ソレを食べる度に、顔のパーツを、顔の中心のプラックホールに吸い込まれるみたいに、きゅーと寄せていた。そして、緊張からの弛緩で、顔のパーツが元の所へと戻る。


 エリちゃんに似た魔法少女は、それを見て満足気にしていた。


 ――。


 過去の記憶の蓋がパカリと開いてしまったせいで、つい、僕の意識が魔法少女に集中してしまったけれど。


 丸テーブルには、もう1人、女の子が居た。

 女性と言ったほうが合ってるか。


 ……僧侶だろうか? 魔法少女よりも背が高く、白と青を基調とした法衣を着込んでいた。


 ただ、法衣の割には、服のゆったり感がなく、凹凸しっかりのボディラインが見て取れる感じで、キュッと締まった腰の辺りに、焦げ茶色の太い皮ベルトが、若干斜めに走っているのが見えた。

 二の腕のぷるぷるが気になるらしく、体を横にかがめて、肘を上に向けて、曲げ伸ばし運動をしてるい。


 胸元のラインは横に一直線の、両肩が出たやつで、冒険者の僧侶にしては肌の露出が多めな気がする。


(……ううむ)

 とてもじゃないけれど、話しかけられる気がしない。


 彼女たちのお役に立てそうな能力を何も持っていないのに、どの面下げて「仲間に混ぜて下さい」などと言えばいいのか? 


 そんなことを思って、一歩を踏み出せないで居ると、後ろから「おい」と呼ばれた。男の声だった。思わず振り返る。


「なに? 俺のツレに、なんか用?」


 警戒するでもなく、歓迎するでもなく。

 僕が存在していないかのような、虚心な表情で、その男性は聞いてきた。

 両手に、ドリンクの器を持っていた。


「い、いや……」


「ん? 仲間募集ですか。青色ってことは……新人さん?」


 僕が受付のお姉さんから渡され、手に持っていた『青色の募集者カード』を見て、その男性さんは笑顔になった。


「は、はい。まだ右も左もわからない感じで……」


 そうしたら、その男性の笑顔が消えた。


「そんなつまんねぇ話どうでも良いよ。俺、タスクって言うんだけど。君はなんて名前?」


「ヨ、ヨージと言います……」


「うん、じゃあヨージ。お前は冒険者として、何がやりたいの?」

 僕の体のを覗き込もうとするかのように、タスクさんは、顔をすこし下げて、見上げるような視線を送ってきた。


「モンスターを倒して、お金を稼ぎたいです」


 タスクさんは、僕から視線を外した。

「ちっ、またハズレかよつまんねーな。こいつも普通の事しか言わねー」

 僕を無視するように、前を通り過ぎて、テーブルの女性2人の所へ歩いて行こうとしていた。



 ここで、黙って引き下がれば良かったのだろうか?

 そうすれば、彼らとの人生は、すれ違うだけで終わっていたはずだ。



 そうやって、事なかれで生きようとしてきた。

 ただ、この時僕は、興味を持ったんだ。


(どうして、そう自信を持って居られるんだ? この人は)


 好奇心というものは、時に人を動かす。

 僕のような、とりたてて誇るものを持たない人をも。



「女の子を」

 という、僕の短い言葉に、去ろうとするタスクさんの足が止まった。


「なに?」

 僕には背を向けたまま、彼は問うた。

 

 僕は答えた。

「ある女の子を、笑顔にしたくて……」


 タスクさんは振り向いた。

 その旋回運動の勢いで、両手のドリンクが、すこしこぼれた。



 そして、追加説明しようとする僕の言葉をさえぎって……。

 タスクさんは、こう言った。

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