16. 再会と表現していいのだろうか

 僕は、街最大級の冒険宿『アウトイン』に連れてこられた。

 この前、ユイさん達と3人で、焼き肉を食べに来ところだ。

 う

「じゃ、な」

 グレウスさんは、とある酒場に僕を押し込んだあと、自身は中に入らず、後ずさりした。


「えっと……?」

「ほら、そこの突き当りにカウンターがあるだろ。あそこの姉ちゃんに『冒険の仲間が欲しい』って話しかけな。俺のじゃなくて、お前の仲間選びなんだからな」


 そう言って、グレウスさんはどこかにでかけていった。

 パーティ構成に口出しする気はないらしい。


(ええい!)

 覚悟を決めて店内を歩く。

 ゲームでもよくありそうな、ちょっと暗い酒場で、壁にはランタンがかけられていた。木の丸テーブルとかも並んでいた。


(どうも、丸テーブルは僕は苦手なんだよな……)

 緊張なのか、体がすこしこわばった。


 元に居た世界で、昔、知人の兄ちゃんのパーティにお呼ばれしたことがある。

 「立食形式」と言って、白いテーブルクロスが引かれた丸テーブルにお酒とかが並んでいて、ゲストは立って自由に移動して、食べ物や飲みものをいただきながら、話し相手を見つけてしゃべる形式のもの。


 ……その時の僕は、壁際でポツンと、ひたすら料理を食べていたと思う。

 誰にどうやって話しかければいいのか分からなかったから。


 なるべくゆっくり食べるよう頑張った。

 だって、急いだらお腹がすぐにいっぱいになってしまう。

 すると、「ああ、食べたいから1人で居るんです」という言い訳が効かなくなって、ただの「会話に混ざれないぼっち」と映ってしまう。

 そんなに活発なコミュ力なんか持ってない。学生だから当然だろうとも思った。


 今回は、とにかく、受付の女性に話しかけろと、最初にやることが決められているから。それならなんとかなる気がした。


 受付は、活発そうで、八重歯の可愛い女性だった。

 白の上衣に、お腹あたりからくるぶしの上ぐらいまでの長さの紺のスカート。

 お酒を器に注いだり、キビキビとした動作で働いていた。


「あのう……」

「はい、ようこそ! お酒の注文かな?」

 僕の方を向いたその子は、大きめの目をパチクリパチクリさせて口の端を上げた。


「いえ、そうではなく」

「あ、ひょっとして未成年? なら、お酒はだせないぞ?」


「いえ、飲み物ではなく……仲間を……」

「お仲間さんが先に来てるのね?」


 聞くたびに、その女の子の首が左右に交互にかしげられる。


「そうでもなく……紹介、仲間を……」

「あー、なーんだ。冒険者の紹介ね? そうはっきり言えばいいのに。その不慣れな感じと、装備からして、あなたは戦士……見習い、ってとこかしら?」


「はい、たぶんそうです……」

「多分……? 新人さんで、まだよく分かってないとか?」


「はい」

「そう……。じゃあ……そうだねぇ……」


 お姉さんが店内をキョロキョロと見回したので、彼女の編んだすこし赤みがかった髪が、お団子のように名んて、後ろにまとめてあるのが分かった。左右に振られるほっぺの右上、左上……と交互に後ろから登場するんだ。おだんごが。


「ええっと……」

 カウンターに置かれた帳簿を閲覧する受付のお姉さん。

 おだんごは、今度は後頭部の上にでんと乗っかるように、鏡餅であるかのように現れた。


「あそこのパーティなんかいいんじゃない? メンバー募集してたし、レベルも高いから、新人さんが入っても安心だろうし」


 受付のお姉さんが指差す方を向くと、そこには女子が2人居た。

 僕の苦手な「丸テーブル」に肘をついて、「年の離れた姉妹か?」と思う程、背の高さに差があった。


 ……。


 ……。


 その女性2人組の方を何度かチラ見して、僕は言った。


「無理です……」



 ◆


 

 元居た世界の、高校時代。

 好きだった女の子が居たんだが。


 その女の子はエリちゃんと言って、同じバトミントン部の後輩だった。

 器量は人並みだったけど、とにかく歌声が可愛かった。鳥肌モノのレベルで。

 その目立たない感じと、彼女が歌い出した時とのギャップに当時の僕はやられた。


 そしてその子は、バスケ部キャプテンのタナベの事が好きだった。

 同じ1つの体育館をでかい網で二つに割って、バトミントン部とバスケ部はその片方ずつを使ってたりしたからだ。


 部活中、僕が視線を送った先のエリちゃんは、大抵は網のを見ていたから、彼女の鼻の形がつんとしてて、良いってことだけがいつも分かる感じだった。


 ……。


「ヨージさん。タナベ先輩と幼なじみなんですよね? 私……タナベ先輩といっしょに、写真を撮ってほしいんです……」


 そう言われた僕は、隣のクラスで談笑してたタナベを廊下まで連れ出した。

「この子、写真、撮って欲しいんだってさ」


 エリちゃんのスマホを僕が受け取る。

「ヨージさん、ありがとうございます」

 僕に向けては、今まで見せたことの無い笑顔で、エリちゃんはスマホを差し出した。


「ん、礼はタナベに言いな。クラスで喋ってるとこ、引っ張り出したんだから」


「あ、あの……すみません……」

 タナベに向かって、頬を赤らめてどもる、素直な感じの横顔が、またかわいくてね。


「いや、別にー? エリちゃんだっけ。右が良い? 左が良い? 立ち位置」


 バスケ部のキャプテンがモテるのは、常識と言っても良い。

 このシーケンスは慣れてます、って感じの、自然な質問がタナベの口から出た。


「私が左で」


(左か……)


 その意味を、なんとなく僕はこう思っていた。

 男の心臓がある左側。そちらに女性を立たせると、安心させることが出来る……らしい、という都市伝説的な情報。なんかの雑誌で見た。


 タナベはエリちゃんの右側に、背を高く、力を抜いてそびえた。

 軽く袖が触れるくらいの近距離で、緊張しながら立つエリちゃん。香水とかをつけてたら、薄くつけてても分かる距離だ。


「ふふふ」

 と、笑みをこぼしたのは、そんな2人の前でスマホを構えた僕だ。

 とても笑える心境なんかじゃないから、自然な笑い声を発生させることが、はたして出来ているかどうか? その点をずっと、内心で心配しながらも、僕は続けてこう言った。


「エリちゃん、肩があずきバーになっとるで」


 そして僕は、堅さの代名詞『あずきバー』よろしく、肩をカチーンと固めてみせたら、スマホのカメラに映る2人はふふって言った。


(よし、ウケは取れた。エリちゃんの緊張も取れた)


 ――。


「タナベ先輩、ありがとうございます! 区大会頑張って下さい! 応援してます!」

 そう言ってエリちゃんは廊下を小走りに、去っていった。

 まるで、逃げるように。


(タナベに写真お願いするの、勇気がいったろうにね……)

 と思いながら、俺は口角を上げた。


「ありがとー」

 と、エリちゃんに向かって軽く手をふるワタナベは、その手を一旦腰あたりまでおろしてから再び手を上げ、俺の肩をかるくポンとやった。


「ヨージ、相変わらずだなぁ。もっと頑張れよ」

 と言って、隣の教室に戻っていった。


「ははは」

 僕の内心を、そこまで的確に把握出来るタナベには、もう苦笑で返すしかなかった。


(お前は格が違うんだよ。僕なんかとは)


 その後、たまたま読んだ漫画に、エリちゃんに似た感じの女の子キャラが居たりとか。


 タナベが誰と付き合ったとか、付き合わなかったとか、そんな情報が学校内で匂い立つたびに、僕は1人、静かに席を立ち、学校内を散歩したりとか。


 ――。



 まぁそんな、元の世界の記憶の蓋が、またもパカッと開いたのには、理由があった。


 僕の苦手な丸テーブルが並んでいる。

 冒険者がでかい声を出し、酒を飲んでいる。

 ここは、僕が迷い込んだ異世界。


 そして、とある丸テーブルに居る2人の女子のうち、背の低い方が。


 くだんのエリちゃんに、すごく似ていたからなんだ。

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