第71話 虚空よりの声 『紅花』

「奥様、お見えになられました 」

初老の執事は、主人へと来客が到着した事を伝える。


『そう、お通しして 』

成熟した色気の漂う女主人は、執事へと来客を招くよう伝えた。


「畏まりました 」


程なくして、執事が来客を連れ戻ってきたようだ。

ドアがノックされ、待ち人はきたる。


「どうぞ、こちらへ 」

執事に案内され入室したのは、妙齢の女性と、男性だった。


「御祖母様、お連れ致しました 」

ラインハルトが挨拶をする


「御無沙汰しております。 お変わりない御様子、お元気でしたか? 」


『貴女も変わらないわねぇ、 孫が居る様には見えないわよ! 』

そう言いながら、女主人と紅花べにばなは、再会を喜び抱擁をした。


紅花べにばなが訪ねたのは、現ヘルヴェスト連邦首相の母であり、ニーモ王国、現国王の御祖母にあたる、ラフレシア・ファイン・Y・バッハだった。

ラフレシアはニーモ王国の賢者であり、さとる達の叔母にもあたる。

エルフの血が濃く出ており、見た目は四十代にしか見えない。


三人は、再会を喜び合い昔話を一時楽しんだ。


「さて、昔話は尽きないのだけれど…… 何か伝えたい事があると。 」

ラフレシアは紅花べにばなへと問いかける


「心配事はさっさと済まましょう 」

ラインハルトも、


『そうね、ただ…… すぐに済まないかもしれないわよ 』

紅花べにばなはそう言うと、虚空より一通の封書を取り出しラフレシアへと手渡した。


「ローベンシアから…… マリアね 」

久しく合って居ない姪の顔を思い出し、その手紙に目を通す……


「……これはっ、本当なの? ラインハルト、お読みなさい 」

手紙をラインハルトへと手渡し、紅花べにばなへと向き直ると


「これは事実なのですか? 

ここ二年ほどの不作の原因、それがエルマーの仕業だと……

対応策も、既に見つけたと書かれておりますが 」

ラインハルトが紅花べにばなへと聞き返す。


『ええ、事実よ。 特殊なワームによる作為的な不作。

恐らく、秋の収穫を待たずに動くと予想されるわね 』


「叔母様、すぐに父上へと連絡を取りましょう。

今の状況では、時間は余り残されていないと思います。

今年は、昨年に比べると、作物の収穫量が半減しておりますので……

紅花べにばな様の言われる通り、恐らく…… 一月後には動きが有ると予想して、こちらも動いた方が宜しいかと 」


「そうね、すぐにジークフリートに連絡を取りましょう 」

ラフレシアの息子である、ジークフリート・ファイン・Y・バッハとは、現在のヘルヴェスト連邦首相である。



    ◇    ◇    ◇    ◇


 その頃、紅蓮ぐれんはアロイス帝国の国境を無事に抜け、一路ヘルヴェスト連邦の紅花べにばなが居る、ニーモ王国の首都ヘキサライトを目指していた。

現在の紅蓮ぐれんの能力では、一足飛びに紅花べにばなの元へは届かない。

少なくとも中間地点でこちら側・・・・に戻ってくる必要があった。

しかし、去り際に紅鬼あかおにから放たれた一撃を、その身に受けていた事が影響していた。

アロイス帝国の国境を抜けたまでは良かったのだが、ヘルヴェスト連邦の中央府である「アルヌス」で、力が搗きかけた事で足止めをくらっていたのだ。


『はぁはぁ…… しくじったな…… あと少しなのに。

 この距離で紅花べにばなに連絡ができるかな? 』

さとるより渡されていた通信装置を虚空より取り出すと、スイッチを押した。


『た、確か…… 拓けた見通しの良い場所でと言っていたよな 』

中央府の街中には、聖凰教会の大聖堂があり、その教会の尖塔はこの都市で一番高い。

その尖塔の上で、紅蓮ぐれん紅花べにばなへとコールをする。


ミズガルズ大陸西側の人族領には二つの信仰があり、その信仰を教義とする教会は二つの勢力に分かれていた。

一つは聖凰教会と言い、ヘルヴェスト連邦・ブリタニア公国・ローベンシア王国に広く信仰され、中央大聖堂と呼ばれる総本山はヘルヴェスト連邦の中央府アルヌスにあった。


もう一つは、アロイス帝国で百年ほど前に発祥した聖櫃教会である。

エルマー王国も崇拝する新興の教会であった。

その名が示すとおり、神の現身うつしみが眠る聖櫃を奉り崇拝する。

ただ、その聖櫃が本物であり、祭られる者が神であるならば問題は無かったのだが……


    ◇    ◇    ◇    ◇


 紅花べにばなは、弾丸列車バレットラインでヘルヴェスト連邦の中央府アルヌスを目指している。

紅花べにばなの向かいにはラフレシアとラインハルトが座っていた。


ジークフリートへ連絡をした後、急遽中央府アルヌスへと向かう事になったからだ。

『ラインルト? 貴方まで留守にしても問題ないの? 』


「その辺は大丈夫です、御祖父様が居られますので。 

ただ、「年寄りをこき使うな! 」 とは言われましたが…… 」

ランフルト・ファイン・Y・バッハはジークフリートの父にあたり現役の勇者である。

百歳を越える高齢だがエルフの血が流れる故か、見た目は五十代と言ったとこでラフレシア同様に若々しさを保ていた。


『あの方もお元気みたいね…… 昔と変わらないのでしょ? 』


「ええぇ! それはもう! あの人は、殺しても死にはしませんよ。 ほほっ 」

とラフレシアが笑った。


「あら? 何かしら…… 音? 声が聞こえませんか? 」


「そう言われれば…… 紅花べにばな様、そのバックから声がしませんか? 」


『え? あらやだ…… すっかり忘れていたわぁ。 誰かしらねぇ 』

そう言いながら、紅花べにばながバックより黒い妙な物を取り出しボタンを押す


『誰かしら? 』


『よ、良かった…… 繋がった 』


紅蓮ぐれん? 』


『紅姉…… しくじったよ。 今、アルヌスの中央教会にいる。 ヤバイ、もう…… 動けない…… 』


『ぐ、紅蓮ぐれん!? ねぇ! 返事をしなさい! 』

紅花べにばなの表情が変わる。


『ラフレシア、御免なさいね。 ちょっと行って来るわね。 すぐに戻るから 』


「ええ、お待ちしておりますね 」

ラフレシアも状況を察し、頷いた。


『このまま行くわ 』

そう言うと、紅花べにばなの姿が掻き消え、その席には誰も居なかった…… 

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