最終回そばにいるよ
2013年9月9日(月)
岸森明日菜が学校をやめたという噂が流れた。
2年A組さすらいの一人相撲野郎流水荒太は動揺を隠しきれなかった。
B組の野々宮暮彦が「なんかもう日本にいないって話だよ……」と言うと
「拉致でもされたのか?」と荒太は気が気じゃない。
「まさか、朝鮮とかじゃないだろ、岸森は大人しそうな感じだけど、中学時代からバックパッカーだったみたいよ、中国を一回りしてきたらしい。高校生ともなるともっと凄い所に行ったんじゃないか?」
「凄い所か……」
A組桂崎哲史は漫研の部室で黄昏ていた。C組の欅坂に天津玲奈を奪われたショックは意外に尾を引いてる。
A組の女子永井里江が漫画を描いてる。初音ミクのCDが流れ、エアコンの音に紛れる。
「永井は漫画家目指してるのか?」
「まあ、遥か彼方の夢ね。あれだけ絵のうまい野々宮ですらプロにはなれないと言ってるんだから……」
そう言って永井は伸びをする。
「金持ちになる最短距離らしいじゃん、漫画家って」
「う~ん、でもあたしには向かないかも、座りっぱなしだと不健康だし、腰痛めそう」
「何おばさんみたいな事言ってんだよ?」
「でも切実な問題だと思う。あたしなんか家で徹夜で漫画描いてると、体が壊れそうな錯覚に襲われるもん」
桂崎は笑いながら、BGMを渡辺美里の「LOVIN' YOU」に変える。
「失恋にはきつい曲入ってんだよなこのアルバム」桂崎はボヤく。
校庭では野球部とサッカー部が大声をかけあいながら練習してる。
「意外、蓮ちゃんそんなこだわりあったの?」天津玲奈は口を押さえて笑ってる。
「その蓮ちゃんって呼び方やめろよ、呼び捨ての方がましだ」沈黙の貴公子”欅坂蓮次郎”も形無しだ。
「蓮次郎って呼んだ方がいいの?でも蓮ちゃんの方がいいなあ」
「どうでもいいや、でも玲奈も天然っぽいけど、実際は現実主義者なんだな」
「天然っぽく見せてるだけよ、その方が警戒されないでしょ」
「狡猾な奴だよな実際」
「天然、天然言うけど、天然キャラにだって人格の柱はあるわよ」
「まあ、俺らも始まったばかりだし……これから色々知っていくんだな……」
玲奈は蓮次郎の手に自分の手を重ねる。その眼差しは蓮次郎には切なかった。
放課後の屋上には2人しかいなかった。
英語教師希林直美はなぜか、放課後になると一人になる事が多い。あービール飲みたい……ええ、どうせ女やもめ33歳ですよ。何一人で卑屈になってるんだ……まだ女ざかりですよ。猪狩先生はごめんだけど。
大概この辺で視聴覚委員が悲しい曲流すんだよな……。やはり曲が流れ始めた。平松愛理の「ラブソングが止まらない」である。「うそー、また知ってる曲だ。女やもめには沁みるなあ」
右手で頭を押さえるが、また仕事に戻る。「今日もショット・バー行こうっと」希林は少しニヤける。
A組の哲学男陣野一……校庭のベンチで今日はニーチェの”ツァラトゥストラはこう言った”を熟読していた。
さっきから隣りにリョッシーがいることに気付いてるが、知らんぷり。
いつもだったら、お節介すぎるほど話しかけてくるのに今日は座ってるだけで何も言ってこない。
陣野はいい加減に「なんか言えよ」と口を開く。
「お別れなの」リョッシーはうつむき加減にささやく
「え!どっか行っちゃうのか?」
「クビよ、クビ、あなたが魂の咆哮をしないから、私はお役御免……」リョッシーは涙をぽろぽろこぼしてる。
「俺のせいなのか?」
「世の中も天使界もあやふやで不安定なの……あなた一人のせいじゃない……」リョッシーは涙を手で拭う。
陣野は本を投げ出し、リョッシーの肩に触れる。「俺が閉じてるのを開こうとしたのは君だけだ!」
陣野はリョッシーの両肩に手をかけ「俺の前から消えてしまうのか?」
リョッシーは陣野に抱き着き声を上げて泣く……リョッシーの体は若葉のような匂いがした。
数秒後リョッシーは「ごめんね」とささやく。
次の瞬間リョッシーは消えていた。
陣野は両手と体にリョッシーのぬくもりが残っているのを感じた。
しばし呆然としていたが、陣野は意を決した表情をして、文庫本をポケットに入れ歩き始めた。
夜8時駅前で千川武人はアコギでビートルズメドレーを歌っていた。
周りは10人くらい人だかりが出来ていた。
常連のC組の登戸源氏と雨宮季理絵のカップルは肩を寄せ合いながら聴き入ってる。
妙に静かな夜の駅前にアコースティック・ギターが響く
空に舞い続ける天使達は自分達は用無しの平和の情景に微笑みを絶やさない
その中にリョッシーがいるかどうかはご想像にお任せします。
(完)
2016(H28)8/29(月)・2019(R1)11/30(土)
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